【幕間】勇者フォルカー、ドミニクが抜けて苦戦する(勇者side)

「はあああ!」


 フォルカーの手にした炎の魔法剣が振るわれ、同時にルカの放った雷撃魔法と風の妖精が加速させたバーバラの弓が飛来する。


「オオオオオオオ、ガアアアアアアッ!?」


 三連撃を受けた八腕巨人オクタトロルは6m近くの巨体を震わせる。鋭い一撃を受けて吠えるが、高いタフネスでそのダメージをこらえた。


 巨人は膝をつくようなポーズで地上に上半身を近づけ、腕一本で自分を支えながら後衛にいるルカとバーバラを狙う。勇者の頭を超えた巨人の攻撃。勇者はそれを止める術はない。巨人の怪力を受ければ、ルカもバーバラも致命的な打撃を受けるだろう。


「そうはさせませぬ!」


 しかし巨大な拳の前に立ちはだかったのは、白銀の盾を持つ男。その名をアーチボルト・ホイストン。ホイストン家の6男坊で【盾持ちシールダー】【庇うカバーリング】【頑強タフネス】のスキルを持っている。


 アーチボルトは家を継ぐことができないゆえに、冒険者になって糊口をしのいでいた。その際に彼が選んだのはガチガチの防御タンクだ。貴族のコネを駆使して必要な技種スキルシードを購入したという。


「重い……ですがこの程度ならなんとか! どうですか、私の実力! 勇者殿の盾として十分な――」


「気を抜かないで!? 複数の腕で連続で殴ってくるから!」


「――働きを……は!?」


 ルカの警告通り八腕巨人オクタトロルは残りの腕を振り上げ、交互にアーチボルトに向けて振り下ろす。ルカとバーバラを【庇うカバーリング】で守っている以上、アーチボルトがその攻撃を受けることになる。


「ここここここここんな攻撃、耐えられるはずがありません……うわあああああああ!」


 十数回目の攻撃でアーチボルトの盾は弾き跳び、追撃の拳で吹き飛ばされる。


「アートボルトさん!?」


「大丈夫、保護魔法は間にあったわ。巨人に集中砲火よ」


 アーチボルトは吹き飛んだが、その間にルカは十分に魔力を生成していた。アーチボルトを守る魔力の盾を形成し、同時に貫くような純粋な魔力の槍を練り上げる。黒い槍は八腕巨人オクタトロルの肩に突き刺さり、動きを止めるほどの深手を負わせる。


「ゴオオオオオオオッ! オ、ノレェ!」


 攻撃と防御の魔法を同時に使用する【多重詠唱マルチチャネリング】。そして魔法学園において最高成績者にのみ与えられる【賢者ウィズダム】。ルカはこのスキルを用い、多くの困難を乗り越えてきた。


「凍れ」


 続いて穿たれたバーバラの氷の矢が降り注ぎ、巨人の皮膚表面が霜で覆われる。矢じりに乗せられた氷妖精の力は【妖精使役フェアリーテイマー】のスキル効果。そしてそれを的確に巨人に命中させる【弓使いアーチャー】スキル。スキルよりも冷静かつ的確な射撃を行える平常心こそがバーバラの真価だ。


「ッ!?」


 極端な体力低下に震える巨人。それを好機と見て、フォルカーは剣を構えて力を込める。


「これで、終わりだぁ!」


 動きが止まった八腕巨人オクタトロルに向けてフォルカーが跳躍する。【練胆レンタン】による身体能力増加、【光の加護ライト】により剣に光の魔力を付与し、そして大陸三大流派ともいえる【雷牙剣シデン】免許皆伝の剣技。


 フォルカーは光に包まれたかと思うと宙を舞う。その動き、まさに稲妻。瞬きさえも隙になる刹那の動き。光は一瞬で通り過ぎ、そして轟音と共に大地に下る。わずか1秒で巨人の八本の腕を切り、そして脳天から真っ直ぐ真下まで切り落としたのだ。


「オ……ガ、ァ」


 八腕巨人オクタトロルは何が起きたかさえも理解できず、その命を散らした。フォルカーはその最後を確認し、剣を納める。この状態でも動くのが、魔物の生命力。最後の最後まで勇者に油断はなかった。


「ふう……。アーチボルトさんは?」


「お疲れさま。彼も無事よ」


 相手が完全に動かなくなったのを確認し、気を抜くフォルカー。吹き飛んだアーチボルトの事を尋ねれば、ルカが癒しの術を使っていた。ルカが大丈夫と言ったのだから、そんなに心配はしていなかったが。


「なんと……勇者殿はいつもあんな魔物を相手しているのですか? 黄金級依頼というのは恐ろしいものです……」


 回復したアーチボルトは倒れた巨人の骸を見て冷や汗をかく。


 勇者パーティが防御役を求めている。その噂を聞いて参入したアーチボルト。


 面接して人格などに問題がないことを確認し(なぜかここは重視された。特に金の使い方など)、先ずは試しにという事で八腕巨人オクタトロル討伐依頼に向かったのだ。その結果が、これである。


「残念。これは白銀級よ。私達が通常戦う相手よりも少し格下」


「貴方が入って初めての依頼。だから何かあってもフォローできる依頼にしたの」


 しかしそれでも通常の勇者が受ける依頼よりも簡単なのだという。これでも防御タンクとしてかなりの依頼をこなし、冒険者ランクもようやく白銀級まで上がったのだ。勇者パーティは黄金級と自分よりも格上なのは理解していたが、ここまで差があるとは……。


「面目ない。足手まといになったようだ」


「いいや、そうでもない。今回は八腕巨人オクタトロルの攻撃に足がすくんでいたから、スキルも十全に発揮できなかったんだよ。怖いのはわかるけど、場数を踏んでいけばもっと強くなれるさ」


 頭を下げるアーチボルトに優しく告げるフォルカー。ウソではない。アーチボルトの経歴を鑑みて、これなら大丈夫だろうと判断しての依頼受理だ。サポートもうまく回ったし、あとは彼自身の問題だ。敵に臆して機を逃せば、持っているスキルも装備も十分に発揮できない。


「お恥ずかしい。しばらくはご指導ご鞭撻お願いします」


 確かに何度も振り下ろされる拳に恐怖を感じたのは事実だ。スキル以前に心構えで相手に負けていた。守るという立場を再認識し、頭を下げるアートボルト。


「そうね。ビシビシ行くから覚悟しなさい。フォローはしっかりするから」


「うん。真面目なのは、大事」


 非力を知り、そこから逃げずに立ち向かう。時間はかかりそうだが、前任者の抜けた穴はどうにかなりそうだ。勇者達は安堵のため息をついた。


「しかしたいしたものです。察するに前にいたタンク役ならあの巨人を相手にしても、私のように無様に吹き飛ぶことはなかったのでしょうな。


 さぞ素晴らしいお方だったのですね。ぜひお話を聞かせてほしいです」


 前向きになったアーチボルトが自分が抜ける前にいた人の事を聞く。勇者フォルカー達の強さについて行けるのだから、さぞ強い人だったのだろう。そう思って聞いたのだが、


「…………」


 沈黙が場を支配する。もしかしたら亡くなったのでは? タンク役ならありうることだ。地雷を踏みぬいてしまったかと慌てて取り繕おうとするアーチボルトだが、


「最低野郎ね」「くず」「まあその、私生活にいろいろ問題はあったかな」


 ルカ、バーバラ、フォルカーはほぼ同時にそう言った。そして爆発するように言葉が放たれる。


「品がない事を言うわ、セクハラ発言をするわ、つまらない冗談をべらべらいうわ、何度舌を引き抜いてやろうと思ったことか! 沈黙魔法使ったら無言でムカつく踊りするし! 挙句に報酬は全部飲む打つ買うで使い切るどころか、借金までこさえてくるし! しかもパーティのツケにするし!」


「女性や借金取りに追われるなんて日常茶飯事。酔って他の冒険者と暴れて依頼がふいになるし、ギャンブル場で大負けした腹いせに闘技場に乗り込んでめちゃくちゃにするし、娼婦のトラブルに顔を突っ込んでマフィアがらみの大抗争になるし。控えめに言ってクズ。素直に言っていいなら死ねばいいのに」


「その……一応女性を大事にしようとするいい奴なんだよ。ただその感覚が先行して他の所がおろそかになっているというか。もう少し自制してくれればよかったんだけど」


 こぶしを振り上げて叫ぶ賢者ルカ。淡々と愚痴を告げる妖精弓使いバーバラ。何とか弁護しようとするけど弁護にならない勇者フォルカー


「は、はあ……」


 何とも言えない相槌を打つアーチボルト。付き合いは短いが、怒るルカもここまで言葉多いバーバラも失笑しているフォルカーも初めて見た。


「酷い人……だったんですね」


 まだ会ってもいない相手だが、アーチボルトがこう評価するのも止む無い事だっただ。そして本人を見たら納得しただろう。ああ、コイツはだめだ。


(面接のときに人柄や金回りなどを聞かれたのはそういう事なのか……)


 ギルドの紹介員や勇者達にそこを何度も深堀された理由がようやくわかった。


「とにかく、別れて正解だったという事ですね。何故そんな人とパーティを組んでいたんですか?」


 当然と言えば当然の疑問に、三人は深くため息をついた。額に手を当てて、ルカが口を開く。


「簡単よ。あの最低野郎以上のタンクが見つからなかったから」


「さっきの八腕巨人オクタトロルの攻撃。あのクズなら余裕で全部避け切った。そもそも後衛に攻撃すら通さなかった」


「……は?」


 あの巨人の猛攻を全部避ける? しかも後衛に攻撃を向けさせない?


 実際に攻撃を受けたアーチボルトからすれば信じられないことだ。あんなの、空から巨大な岩が自分めがけて降ってくるようなものなのに。


 鍛えぬいた【盾持ちシールダー】と【頑強タフネス】でも受け止めきれない攻撃を、全部避けてやりすごすなんて――


「うん。彼は最高の回避タンクだ。スキルもそうだけど、その戦術眼も立案する作戦もね。退くべき時は退いて、追い込まれてもすぐに盛り返す。何度その機転に助けられたか」


 巨人すら葬る勇者をもってしてここまで言わしめる存在。その評価にアーチボルトは二の句を告げなかった。なんという前任者。その穴を埋めることの難しさ。それを改めて思い知る。


「機転ていうか卑怯なだけよ」


「ウザイ、クズ、トラブルメイカー」


「あははは……いなくなって平和になったのは確かかな。うん」


 ――そしてこの人達をもってしてここまで言わしめる性格の悪さに、自分は誠実に生きようと深く心に誓うアーチボルトであった。

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