ドミニク、魚人を追う!

 水面が揺れ、そこから巨大な魚の頭が現れる。


 魚――ギルマンは水面から周囲を警戒するように周囲を見渡し、なにもいないことを確認した後で陸に上がってきた。数は6体ほど。槍を手にした魚人達はゆっくりと歩き出す。魚の表情は読めないが、周囲を警戒ぐらいはしているのだろう。


「行ったな。追うぞ」


 その姿が茂みの中に消えた後、陰で隠れてギルマンを見ていた俺達も動き出す。


「はいぃ。足跡を追跡しますね……。小職にお任せください。こんな程度しかできませんけど、お兄ちゃんのために頑張りますぅ」


 頷き答えるエイラ。茂みの中を尾行するのは骨だ。なので先に行かせ、その足跡を追跡する。エイラは身を伏せ、草を見ながらゆっくりと進む。【野伏レンジャー】スキルがあるのか、見極めと足取りはしっかりしたものだ。


「ドミドミ、あいつらのお目目奪わないの?」


 不満の声をあげるのはアーヤだ。目玉が奪えないという事もあるが、視線大好きなコイツからすれば隠れるという行為が酷くストレスのようだ。唇を尖らせ、ギルマンの目玉を指で弄んでイライラを解消していた。


「だから待てって。あいつらが行く先にギルマンを呼んだ偉い奴がいるから。そいつはギルマンよりいい目玉してるぜ」


「マ? いい目玉ある!?」


「まー、まー。ギルマンの親玉か、それを操る魔法系の奴がいるぜ」


 アーヤに答える俺。パーティのやる気を出す最高のリーダー、ドミニクの手腕だぜ。


 一応言うと、根拠がないわけでもない。ギルマンは人為的に呼び出されている確率は高い。根拠はエイラが言ったセリフだ。


『三日ほど前からギルマンが現れるようになりましたぁ。小職はこれはチャンスとばかりにずっとギルマンを倒してたんですぅ……。倒した数は345体ですけど、未だにレアギルマン人は出なくて……』


『あうぅ、もう60時間ぐらい頑張ってるんですけど……』


 エイラの言っていることが正しいなら、ギルマンは三日前から突然現れたことになる。しかも300匹も。どんだけか。ゴブリンでも100匹とかいたら大問題になるっていうのに。


 しかも一斉に現れたのではなさそうだ。さっきの戦いみたいに数匹単位で陸に上がってくる。エイラがどれだけ強かろうが、いきなり100匹単位で上がってきたらまず勝てないだろう。超絶英雄である俺なら別だがな!


 本来海に生きる奴らが散発的に途切れることなく陸に上がってくる。どう考えても人為的な現象だ。理由は分からないが、そこにレアモンスターとやらがいるんじゃないか? 知らんけど。


 海底にいるギルマンという種族の軍事的な進攻……という案はあり得ない。だとしたら一気に陸に上がってくるはずだ。小規模に数を送る作戦だとしても、ここまでエイラにやられて策を講じないとか間抜けすぎる。


 となるとギルマンを呼んだ奴はそこまで頭は良くない。ギルマンを呼び、そのまま待っているのだろう。とりあえず呼んだとか、試しに呼んだとか。少なくとも軍事的な感じではなさそうだ。


「そうなんですねぇ……。モンスターがフィールドにずっと現れるのは常識だと思ってましたぁ。RPGだとそんな感じだってお兄ちゃんが言ってたのでぇ……」


 あーるぴーじー? よくわからないけど、このことを説明したエイラはそう言っていた。よくわからない理論で60時間寝ることなく戦いまくったんだから相当にイカれたウサギ娘だなぁ。ブラック企業で鍛えたから3徹ぐらい余裕です、とか理由もわけわかんないし。


「こっちですぅ……」


 そんなエイラだが、顔を地面に近づけてギルマンの足跡を追っていた。お尻をこちらに向けてしゃがんでいる。アーヤの尻もよかったが尻尾ロリなお尻もまたよし。俺は全ての女を愛する神のような男なのだ。


「ゆっくりでいいぜ。ギルマンが目的地に着く前に見つかって戦闘になったら手間だからな」


 フリフリしてるお尻と尻尾を見ながら言う俺。俺達の目的はギルマンを呼んだであろう奴の居場所を特定することだ。そのためにはギルマンに見つかるわけにはいかない。見つかって戦闘になれば、行き先が分からなくなるからな。決してロリお尻をずっと見ていたいわけじゃない。


「ひゃぅん。お兄ちゃん、そこ触らないでよぉ……」


 とかやってたらエイラのスライムがフリフリしているウサギしっぽにじゃれて飛びついた。ついでにお尻にタッチしてやがる。何してやがウラヤマ……ではなく、尾行中なんだからふざけてるんじゃねぇ。


「おい。スライムが暴走してるぞ。しっかりテイムしろ」


 言いながら俺はスライムを手で払う。と同時に――


「お兄ちゃんを叩くなぁ!」


 しゃがんだ状態からエイラの後ろ蹴りが飛んできた。うぉ、あぶねぇ!


「お兄ちゃんを怒らせたら怖いんだから! 前世では地震兵器を押さえ込んでいて力を発揮できなかっただけなんだから! お兄ちゃんを本気にさせたら、こんな世界指先一つでシャットダウンって言ってたの! だから乱暴に扱わないで!」


 俺はスライムを軽くたたいて払っただけでそこまで怒るエイラの方が怖い。っていうか乱暴で言えば今乱暴に蹴られそうになったんだが!? 俺でなかったら大惨事だぞ! しかしドミニク、そんな怒りを面に出さない。紳士だからな。


「ああああ、お兄ちゃん大丈夫? カホが付いているから。ごめんなさい。お兄ちゃんを怒らせてごめんなさい。ぜんぶカホが受け止めるから。うんうん……」


「カホ?」


「前世での私の名前です。永良ながら夏帆かほ。エイラは苗字から付けたんです。カホとお兄ちゃん、二人で一人という意味で……。きゃああぁ、ごめんなさい。お兄ちゃんとカホを同列に扱って……。うん、お兄ちゃんの方がずっと上だから。カホは妹だからお兄ちゃんの下だから……」

 

 スライムに体当たりされて謝るエイラ。苗字ってファミリーネームの事か? 貴族かよコイツ。獣人に爵位とかあるわけないし、また妄想なんだろう。適当に合わせとくか。


「あー、わかったわかった。エイラはカホって名前なんだな。呼び方はエイラでいいか?」


「カホって呼んでいいのはお兄ちゃんだけだから。言ったら殺す」


 刺すような瞳で睨まれた。こいつ、わけわかんねぇ。でも地雷ってわかったのは僥倖だ。二度と呼ばねぇ。エイラはエイラ。


「ねえ、ドミドミ」


 目玉を指で回転させながらアーヤが口を開く。なんだよ?


「おめめ、我慢しなくていいよね」


 は、何言ってんの? 問い返そうとするより前に、茂みを走ってくる音とギルマンの叫び声が響いた。俺達の方を見て、殺すと言わんがばかりの叫び声だ。言葉はわからないが、生かして返すつもりがないのは理解できる。


「ギガガガガッ、ガ!」


 ……あー。こんだけ騒いだんだから、ギルマンに気づかれたか。6体のギルマンが槍を構えて突撃してくる。


「しゃ―ない。やるか」


「小職のせいでごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい! お詫びに肝臓を売ってお金にしますから許してください!」


 ダガーを両手に構える俺。そんな俺にキレイに土下座するエイラ。


「肝臓は要らないからお目目ちょうだい。ウササちゃんの目、奇麗だし♡」


「え? 『オタク女子に優しい褐色ギャルなんていない!』な感じの百合マンガ……? お兄ちゃんが悦んでるぅ……じゃあお願いします」


 そしてそんなエイラにキラキラした目で要望を出すアーヤ。わけわかんない事を言い出すエイラ。


「やめろ。とりあえずギルマン先に倒してくれ」


「はーい。ああん、あーしのカラダ、ギラギラした目で見てる。もって見てぇ……♡」


「ザコはどれだけ集まっても雑魚なんだカポ! ハンガーと格闘を組み合わせたお兄ちゃん直伝のカポカホ脚! 格の違いをその身で受けるカポ!」


 横道にそれるエイラとアーヤに一言告げ、戦闘に移行する俺達。まあ、俺一人でも余裕だけど、こいつらに経験を積ませないといけないからな。パーティ戦は場数を重ねて互いの特性を知るのが大事だぜ。


「魚くせぇ匂いがするかと思ったらギルマンかよ。泳ぐしか能がないんだから海に潜ってりゃいいのに。槍なんか持って人間様のつもりか? ない脳みそ使っての無駄な努力お疲れさんだぜ」


 ハイセンスな言葉と共に【挑発プロボック】を使う俺。単純単調単細胞な魚野郎達は怒り狂って俺に槍を向ける。せまる6本の槍を【蝶の舞踏バタフライダンス】を駆使し回避する。両手のダガーが円を描いて穂先を弾き、足を半歩動かして槍をかわす。


「むぅ、ドミドミの事ばっか見てないであーしも見て! あーしをガン見しろー!」


 俺の背後で踊るアーヤ。ギルマンは俺に集中しているとはいえ、目の端に写れば【呪紋ジュモン】の効果は発揮される。まともに見れば死に至る呪いだ。効果は不十分でもデバフとしては上々。ギルマンの呼吸は荒くなり、動きも緩慢になる。


「遅いカポ遅いカポ遅いカポ! そんな動きでこのカポカホ脚伝承者に挑もうなど100年早いカポ! 死んで生まれ変わって出直すがいいカポ!」


 動きが鈍ったギルマンを次々と蹴り倒していくエイラ。ウサギ獣人の身体能力を駆使し、【蹴り格闘キックスタイル】スキルの威力が乗った蹴り技で暴れまわる。ハンガーを回転させながら蹴りを放ち、瞬く間に6匹のギルマンを打ち倒していく。相変わらずハンガー意味ねぇ。


「ま、こんなところだな」


 傷一つ負うことなくギルマン6匹を処分し終える。援軍が来る様子はない。それを確認し、ダガーをしまった。


「あんまりあーしのことみてくれなかったなぁ……これからは見てね」


 アーヤは言いながらナイフを手にしてギルマンの目玉をえぐっていた。【死霊術ネクロマンサー】を使い、そこにギルマンの魂を宿す。死んでもなお見続けるとかエグイもんだぜ。……ま、あのエロい褐色ボディならいいかもしれんが。


「しかしどうしたもんか。あいつらが向かった先が分からんぜ」


「あの、こっちにギルマンらしい足跡がありますよぉ。かなり時間が経ってますけど……」


 頭を掻く俺に身を伏せたエイラが手をあげて俺達を呼ぶ。ギルマンが向かった先に、今倒した奴らとは違うギルマンの足跡があったという。


「お、本当か?」


「はうゎ!? 疑われてましゅ……当然ですよね。小職の意見なんか聞く耳持たれないに決まってます……。ごめんなさいお兄ちゃん。役立たずの妹で……」


 問いかける俺の言葉にショックを受けて落ち込むエイラ。戦闘が終わると途端に自己評価下がるなぁ、このウサ娘。


「いや、信じてる信じてる。信じてるからソイツを追跡してくれ。その先にギルマンを呼んだ奴がいるから」


「え……? 本当に小職の事を信じてるんですかぁ……? あ、そうやって優しくした後で堕とすんですね。はい、慣れてますから大丈夫です、大丈夫です……ですけど、泣いたら御免なさぁい……」


 うわもうウザったいなぁ。


 ――この後、いろいろ宥めたり褒めたりしながらエイラのテンションをちょっぴり上向きにし、どうにかこうにか移動を始めるのであった。


 次回はラッキースケベイベントを起して俺への好感度が上がる予定だ。全年齢対象じゃなかったら、夜の営みをがっつり描写できたんだけどな。読者アンタも観たいだろ、そう言うシーン。ま、想像で楽しんでくれや。

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