ドミニク、冒険者を迎えに行く!
「クソ、なんでこのドミニク様がこんな依頼なんか……」
愚痴りながら川沿いを進む俺。川は下流ということもあって起伏も少なく、専用の蹄鉄さえつければ馬で疾走もできるだろう道程だ。野生生物以外の危険性は低い。
「ねーねー、おめめおめめー」
そんな不満の声をあげながら一緒に進むのはアーヤ。
危険性が低いという事は、戦闘もない。戦って相手を殺して目玉を入手したいアーヤは不満たらたらだ。出会ったのは野生の猿が数匹程度。あっさり返り討ちにはして目玉をえぐったが、不満はたまっているようだ。
「さっきの奴じゃ我慢できないのかよ」
「トーゼンじゃん。あんなちっちゃいのじゃ我慢できない!」
「おっきいのが欲しいってか? エロい娘だぜ」
「ドミドミ、目抉るよ。汚いから捨てるけど」
おおっと、マジでえぐる気だ。パーティ同士の軽いジョークだっていうのに真面目な娘だぜ。
「もー。いろんなのの目玉採れるって言ったのにー! ドミドミの嘘つき!」
「しょうがねえだろう。討伐依頼全部取られたんだし。残った依頼で戦闘が起きそうな可能性があるのはこれだけだったんだから」
ため息をついて受けた依頼の事を思い出す俺。
『冒険者捜索 精鉄級依頼の失敗通知 1名』
冒険者捜索。これが俺とアーヤが受けた依頼だ。
冒険者ギルドはその依頼内容を吟味し、ランク付けする。それは冒険者の実力に合わせた依頼を割り振るためのシステムだ。精鉄級や見習いを含んだの素人チームに青銅級依頼を割り振れば、まず成功しないし最悪全滅しかねない。
だが、ギルドの見立ても完ぺきではない。不測の事態はいつでも存在し、それにより依頼目的が達成できないこともある。それ自体は仕方のない事だ。全ての人間が俺みたいに超絶天才的ではないからな。愚民が無能を悔やむのは世の摂理よ。
依頼が果たせなかった冒険者はその報告をすべく一旦ギルドに戻る。依頼の報酬は目減りするが、それ自体は契約通りなんで問題ない。問題なのは報告に戻らない冒険者。そう言った輩を探すのがこの『冒険者捜索』依頼である。
戻らない理由は様々だ。すでに死んでいる最悪のケースから、そこにいたサキュバスにいろいろ抜かれてる嬉しいケースまで。当然その冒険者が受けた依頼の厳しさに応じて依頼難易度は増える。で、そいつが受けた依頼はというと……。
「青真珠10個の採取依頼。向かう海自体は危険性は低いし、しかもそいつは依頼失敗常習犯ときた。死亡している可能性はほぼないが、もしかしたら何か出たかもしれねぇぞ」
「何かって?」
「ああ……ギルマン? 魚の身体に手足が付いた輩だな」
海中に住んでいる好戦的な種族だ。通称は魚人。下半身魚で上半身が人間のマーマンマーメイドとは違い、本当に魚の身体がメインで、そこに手足が生えた感じである。
時折浜辺にやってきて人を襲うとか、基本的には討伐対象。ただ討伐依頼が出たという話は聞かないので、可能性は皆無だ。
「ギルマーン! ねえねえ、ギルマンのおめめってカワイイ? 大きい?」
「そいつは見てからのお楽しみだ。っていうか海と魚は知ってんのか?」
「なんかでっかい水溜りっていうのは聞いたことある! あとナンパ師っていうスケコマシがいるから、押さえ込んで(放送禁止用語)をちょん切れって!」
原始的な部族って怖い! 股間を守るように一歩引く俺。無知娘のくせに結構隙ねぇなぁ。
そう。この娘、解放的に見えて意外と隙がない。性的な話題には冷たく返すし、俺のイケメンマスクとトークも価値観の違いで効果がない。これだから未開人は。
止む無く古来からの伝統に従い、野営時で寝ているところに忍び込んで肉体言語的なコミュニケーションを図ろうとしたのだが、
「おーおー。よく寝てるぜ」
「う、うーん……」
毛布を引っぺがし、胸と腰以外は晒されたアーヤの女体を目にする。見るからにぷにぷにして健康そうだ。毛布を剥がされて寒いのか、寝返りを打つように横転する。
「そんじゃいただきま――ぐふぅ! こ、これは呪い……! まさか寝てる状態でも【
アーヤの肌に浮かんでいる 【
「となると俺が目隠ししてヤルか、こいつをその気にさせて
以上、昨夜の回想終わり。ともあれいろいろオアズケを受けているのだ。
「ねえねえ、おめめまだー?」
まあお預けを食らっているのはコイツも同じだ。敵がいればいいのだが、そうでなければ不満がたまる。不満が爆発すれば、通りすがりの人間に襲いかねない。そいつが男ならどうでもいいが、女だと問題だ。
「もう少しで海に出るからもう少し我慢してくれ。どうかいてくれよ、ギルマン。ギルマンじゃなくてもいいからなんか魔物。或いは死んでもいい男」
祈りながら歩を進める俺。神が神職者以外を助けるとは思っていないけど、なんかいてくれたらお布施ぐらいしてやるぜ。覚えてたらな。
潮の香りが鼻をくすぐり、冷たい風が頬を撫でる。ちょっと高い岩を迂回すれば目の前には砂浜とそして広がる海。
「おお……。おおおおおおお!」
初めての海を見たアーヤは、その光景に感動していた。話に聞いていたよりも大きな水に言葉を無くしたようだ。
「ドミドミ! これ、海!?」
「海だぜ。どうだい、広大だろ? ま、海の広さもすごいがこの俺の男前っぷりはもっと広いぜ。その優しさで包み込み、そして無限の愛を与えられる。どうだい、砂浜で星空の下、男と女の語り合いを――」
「あれがギルマン!」
ロマンチックな語り合いを勧める俺の言葉を聞かず、アーヤは海の方を指さす。ああん!? 邪魔すんじゃねぇよサカナ!
俺は彼女が指さす先を見た。かなり離れたところに何かがいる……いるのはわかるけど分からん。でも魚人と言われればそう見えなくもない。そんな人影だ。
「さかなのおめめー!」
言って走り出すアーヤ。おいおい勘弁してくれよ。俺もその後ろを追いかけて走り出す。砂場のダッシュとかこの年齢になるときついんだけどなぁ!
近づくにつれて状況も見えてきた。浜辺から上がってきた槍を持った魚人が数体いる。ギルマンは穂先が骨でできた槍を構え、そしてそれに相対するように一人のウサギ獣人の子供とスライムがいる。
子供……多分女か? そいつはスライムをかばうような位置に立ち、手には武器らしい何かを持っていた。それも近づくにつれてその形状がはっきりしてくる。
ハンガー。
見間違えようがない。服を吊るハンガーだ。三角形のアレ。最初は見間違えたかと思ったが、近づくにつれて間違いないと分かる。それを両手に構えている。鎧のようなものを着ている様子はない。
「くらえカポ! これがお兄ちゃん直伝のハンガーとカポエイラを組み合わせた究極の格闘技カポ! 貴様らのような
そしてハンガーを回転させながら魚人に襲い掛かる。跳び蹴りで距離を詰めて、回転するような蹴りの応酬。かかと落としに連続蹴り。ハンガー意味なくね?
俺達がたどり着くころには魚人全員地面に伏していた。ハンガーを構えてウサギの獣人少女は鼻を鳴らすように勝利宣言する。
「これがエイラちゃんとお兄ちゃんの絆カポ! 思い知ったかコモン野郎! 悔しかったら色違いのレアキャラを連れてこいカポ!」
コモンとかレアとかよくわからんことを言っているが、分かったことが一つある。
「アンタ、バラン冒険者ギルドの冒険者、エイラだな」
コイツが依頼で探す対象者だ。ウサギの獣人。キック主体の戦闘術。テイムしているスライム。聞いていた特徴と一致する。ハンガーは聞いてないが、まず間違いないだろう。
「ひぃええええええ!? あばばばばば……! 小職のような矮小なる者を知っている貴方様はどなたでございましょうかぁ……!? あああああああ、お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんどうしよう……?」
声をかけた瞬間に10センチほど飛び上がってから俺の方を振り向いてスライムを抱いて後ずさりする獣人少女。スライムの方に視線を向け、ぶつぶつ喋っている。さっきまでの強気で勝気で活発な態度とは大違いだ。
「え? うん、でもお兄ちゃんそれは。ひゃいいいいいい!? ごめんなさいお兄ちゃん。うん、頑張る……頑張る……」
どうもスライムと会話をしているらしい。【
「はぃ……何の用事……でしょうかぁ……?」
「アンタ、『青水晶を集める依頼』を受けたんだろうが期限をオーバーしているぜ。俺はギルドからお前を探すように依頼された者だ」
「依頼……ああ……はぅぅぅぅぅぅぅ! 申し訳ありませんでしたぁ! 平に、平にご容赦くださいませええ!」
依頼の事を思い出したのか、流れるような土下座である。なんだこの低姿勢。依頼失敗したんだから責任感じてるんだろうけど、ここまで謝るほどでもねえだろうに。ま、相手が弱ってるなら漬け込むのが礼儀ってもんよ。
「そうだぜ。わざわざこのドミニク様が出張ってきてやったんだから感謝しな? 詫びとしてその体で支払ってもらおうか。へっへっへ」
言いながら女のちんまりした体を見ていろいろ諦める俺。見た目は10歳の子供にしか見えない。身長131センチぐらいで、上から61・45・62ぐらいか?
「体ぁ……!? はひ、こ、この体は10歳ぐらいですけどぉ、ひぐ、て、転生前を合わせれば30歳ぐらいですからぁ……ひぐぅ……そのぉ、いたくしないでくださいぃ……お兄ちゃん以外は初めてですからぁ……あぐぅ……やさしく、お願いしましゅ……せめて、外に……えぐぅ……中だけは、中だけは許してくだしゃい……」
言いながら服を脱ぎだす獣人少女。涙を流し、ひぐひぐ言いながら謝罪するように肩を震わせる。傍目には幼女に命令してそういう行為をさせるようにしか見えない。
「ドミドミ、さいてー。おめめグログロじゃん。えぐって捨てるよ」
いかん、アーヤがナイフを手にした!? 俺の目玉が超ピンチ! ふ、モテる男はつらいね。軽い冗談がここまでの悲劇を呼ぶことになろうとは誰が想像しただろうか!?
このままでは嫉妬したアーヤの不満が爆発してイケメン俺の目玉がくりぬかれ、そしてパーティ離脱! またパーティメンバー集め直しとかめんどくせぇ! 慌てて脱ぐ手を止める俺。
「いや待て。冗談だから。体はウソだから」
「……本当、ですかぁ……? あの、小職を許してくれるん、ですかぁ……?」
「許す許す。ギルドも報酬は減らすけどそこまで怒ってないし。そもそも音沙汰がないから心配しただけだ」
「ふえええええええええん! よかったぁ、おにいちゃああああああん!」
俺の言葉に泣きながらスライムに抱き着く獣人少女。うわなにこいつ。
依頼は予想より早く完遂したが、俺の心はめんどくせぇ奴の一色に染まっていた。前世とか何なんだろうね。
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