第100話 再会ですよ

 俺は鼻から深く息を吸うとゆっくりと口から吐き、呼吸を整える。

 今から説明することは、彼女たちに対するこれからの俺の決意でもあり、愛情そのものでもある。

 それを理解してもらえるかはわからない!


「俺が何を言ってもヴェルラヤは帰るつもりだろ?」


「当然じゃ。魔王たる妾が帰らず安全な場所から事態が収束するのを待つなど、我慢できぬし民は納得せぬのじゃ。ゼオが行っても妾の代わりにはならぬからの」


 熱血なのはヴェルラヤの良いところでもあり悪いところでもあるな。帰還するなって言ってんのは同じ魔王のリューイだし、現況なら冷静なリューイの判断のほうが正しいんだが。


「ヴェルラヤの言うことももっともだし理解できる部分もある。だけど今はリューイが提案してきた帰還延期が最善だと俺も思う。ヴェルラヤは俺が代わりにならないって言ってるけど、俺はヴェルラヤと結婚することになるんだから、ガールダ王国は俺が守らなきゃいけない国でもある。違うか?」


「そうじゃが……」


 リーゼたちは互いに顔を見合わせると頷きあい、俺の言葉に納得しているようだ。

 あと一押しだな。


「それにだ、これは全員にも言えることだけど、好きな子が危険な目に遭うとわかってるのに行かせるだなんて俺にはできない。それならまず俺にできることをしてからだ。俺は誰一人として傷つく姿を見たくない。それを回避するためなら俺はこれからどんなことでもやってやる」


 どうだろうか、誰も反論できないだろう。顔がルーク並みならきっと全員メロメロになっているはずだ。

 まあ俺の本心でもあるし、俺にはそうするだけの理由も力もあるんだから至って普通の意見でもある。


「……おかしい……ゼオくんに異常にドキドキする……」

「わ、私に何かあった時も言ってもらえるのだろうか!」

「さすがゼオ様だニャん!」

「ヴェルラヤちゃんが羨ましいな…………って、い、い今のはなしだから! ゼオ兄も記憶から消しといて!」


 こっちがビックリするくらいメロメロになってんじゃねえか!

 あれか? 一度持ち上げてからの突き落としか? 立ち直れないからやめてくれよ!

 全員今だ体を乗り出す勢いで俺を見つめてくる。何にしても少しだけイケメンになった気分を味わえたぜ!

 ヴェルラヤは上気した頬を隠すこともなく腰に手を当て、金色の双眸が俺の心を鷲づかみにしてくる。


「そこまで言うのなら仕方ないのじゃ。我が夫ゼオリスに任せるとするのじゃ!」


 まだ夫じゃないけど、などと考えているとヴェルラヤが一瞬で俺の座っている椅子の背後に回る。


 そしてそのまま俺の首に両腕を絡め抱きしめてきた。



「よろしく……頼んだのじゃ」


「おう、任せとけ!」



 このまま良い感じで終われると思ったのも束の間。すぐにファムとリーゼが席を立ち、あるものを持って居間に戻ってきた。


「……こういう時のために用意しておいた」

「シャレにならない金額で作ってもらった超高性能魔術道具だよ!」


 渡された魔術道具をマジマジと見つめる。

 どうやら俺がムドーから渡されているモノの上位版のようだ。ムドーからのものでもかなり高価なはずなんだが、渡されたモノはそれ以上に大きく貴重な魔石が付けられ金額を知りたくなくなってくる。


「……これで情報の共有ができる」

「使ってみればどういったものかわかるって!」


 リーゼがもう片方の魔術道具を取り出し操作を始めると、俺の持っている魔術道具が震え始める。


「何だこれ!」


「……振動装置付きにしてみた」


 ブルブルと震える魔術道具を操作すると更にとんでもない現象が起きる。

 魔術道具を介してリーゼの上半身を含む半径一メドルほどが浮かび上がったのだ。


「どう! スゴいでしょ! 新たな魔術を組み込んで姿まで転送できるようにしたんだよ!」


「スゴいのニャあ!! これで離れてても大丈夫なのニャあ!」

「これならいつでも互いの姿を確認できる。画期的なものだな」

「リーゼよくやったのじゃ! 次は視覚だけでなく嗅覚、触覚もいけるか研究じゃ!」


「……これで女の影があってもわかる」


 みんながスゴいスゴいと喜んでる中、一人、俺を束縛するかの如く危ない発言をする者がいる!

 俺がファムを睨むと、ファムに取り巻いていた漆黒のオーラが四散する。


「……冗談。ゼオくん必死すぎ」


 ファムは蠱惑的な笑みを浮かべ、リーゼたちの会話に入っていった。

 そっち系に進化するのか!? 魔性の女になりそうだな。

 みんなが喋っている間に食事を済ませちまおう。


「それで、ゼ、ゼオリス、いつここを発つんだ?」


「これを食べ終わったらすぐにでも向かうよ。早いに越したことはないだろうし。特に準備していくものもないしな」


 眉尻を下げ心配そうに俺に問いかけるパティ。

 俺の返答を聞いて更に不安が増しているようだ。

 よくよく考えてみれば、今は魔族だけに症状が表れているだけで、後々他種族にも症状が出る可能性はある。パティは心配性のところがあるから気になるんだろう。


 俺はそんなパティに、皿の上に最後に残ったたっぷりソースのついた肉をフォークに刺すと、パティの口へと放り込んでやった。


「はむっ! んぐんぐ……もぐもぐ!」


「心配しなくても大丈夫だって。定期的に連絡は取るし、いつでも戻ってこられるんだから」


 ここで爽やかに終わろうかと思ってたら、これを見たナーシャが何を思ったのか目を瞑り、開けた口をこちらに向けてきた。そのあとにヴェルラヤ、ファムと続き、最後に顔を真っ赤にしたリーゼが続く。


 いや、さっきのが最後でもうないから……って四人も口開けて待ってるとかお前等雛鳥かっ!

 ちょっとだけ親鳥の気持ちがわかった気がするよ。何か・・放り込んでやりたくなったわ。

 『何か』は訊かないのがマナーだぞ。



 ◆           ◆           ◆



 食事を終えた俺は、フィアンセ五人に見送られながらガールダ王国へとやってきた。

 降り立ったのはヴェルムンド城の中庭だ。

 しっかりと手入れのされている中庭には静謐せいひつな空気が漂い、今この大陸で起こっていることなどウソのように感じてしまう。

 純白に輝くヴェルムンド城に色鮮やかに映える緑と青のコントラスト。湖から吹きつける風は肌より少し冷たく、熱くなった胸を冷ますのに丁度いい。

 想いが、感情がとめどなく溢れてくる。なぜなら――――


 ――――行きたくない、リューイに会いたくないからだ!


 パティやヴェルラヤにカッコよく決めた手前、さっさと片付けないといけないんだが……


「おおおお! これはゼオリス様ではありませんか!! いつこちらに?」


 城を出てきたところに、ジャストタイミングで俺を見つけたムドーが声を掛けてきた。

 もしかすると、中庭に不審者の反応でも出ていたのかもしれない。


「さっきこっちに来たんだよ。ヴェルラヤは帰ってこないから安心してくれ。その代わり俺が今回の騒ぎに手を貸すことになった」


「それはありがたい。こちらも調べてはいるのですが、なにぶん使える者が獣人族と亜人族だけでは数が少なく思ったほど捗らないもので」


 俺はどのくらいで帰れるのだろうか、ちょいと不安に駆られるな。


「手を貸すって言っても何ができるかわからないけどな」


「それならリューイ様から指示をいただけると思います」


 おっと、いきなりか。

 指示をもらう前に説教食らいそうなんだが……忘れててくれないかな。

 そんな俺の想いも知らず、ムドーは早く行こうと俺を急かしてくる。

 俺は更に重くなった足を無理やり動かし、爆乳お姉さんの下へ向かうことにした。


          ※

 何度か入ったことのある玉座の間の中心、そこには巨大な錫杖を右手に持ちこちらを睥睨する女性の姿がある。

 凶悪な胸がこれでもかと主張し、俺の鼓動を破裂させようと乱してくる。

 目の前のリューイはそんな俺を感情のない表情でただ見つめている。


「久しぶりですわね、ゼオリスさん。よく言いつけ通りおいでになりました。そこは褒めてさしあげましょう」


 いや、今日は叱られにきたわけじゃなくて…………って横で突っ立ってるムドーを睨みつける。

 何をすべきか思い出したのか、ムドーが慌てて間に立ってくれた。


「リューイ様。ゼオリス様はヴェルラヤ様の代わりに、我々に力をお貸しになるために来られたのです」


「だから何なのです? それとこれとは話が違いますわ。あなたもわかっているでしょう? 魔王ヴェルラヤ以外に四人も娶るというではありませんか! これを黙って見過ごすわけにはいかないでしょう!!」


 徐々に熱を帯び語気が荒くなるリューイ。

 錫杖を床に叩きつけると盛大に蜘蛛の巣状に広がる亀裂。

 これで本当に弱体化しているのだろうか。というか結局怒られるわけね!

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