第99話 広がる暗雲ですよ

 ガールダ王国、玉座の間。

 その巨大で豪奢な椅子に座るのは魔王リューイ・シェードである。

 魔王ヴェルラヤ・ヴァルスタールの代わりに二〇〇日以上その椅子に腰をかけている彼女の下に、ムドーが眉間に深い皺を作り姿を現した。


「これはムドーさん、どうしたのですか?」


「はい、ヴェルラヤ様と連絡がつきまして、近々帰ってくるものと思われます」


「そうですか。何年もかかると思われていたのにこんなにも早く済ませるなんて、さすがとしか言いようがありませんわね」


 リューイはもうすぐ終わる魔王の兼任に、その爆発しそうな胸を撫で下ろす。

 だが、彼女の目の前にいるムドーの険しい顔は変わらない。


「ムドーさん、どうかしたのですか? そんなに厳しい顔をなさって」


「あ、はい。少し懸念すべき事案が入ってまいりまして、大陸西にディスタ病に似た症状を発症している者が多数現れました」


「ディスタ病というと、魔力マナが人族並みに落ちる病でしたわね」


 首肯するムドーの眉間に、より深い皺が刻まれていく。

 それを認識したリューイの顔にも、懐疑的な色が浮かんでくる。


「それなのですが、魔力の低下だけならばいいのですが、肉体の弱体化もあり、本来感染するはずの亜人族獣人族には影響がないようなのです」


「それはおかしいですわね――――ディスタ病の治療法は有効ですの?」


 視線を下げ首を振るムドー。

 その表情にはこの問題が解決に向かっていない悲壮感が漂っている。


「それがまったく…………治療法もなければ回復した者もおりません。このままでは大陸全土に広がるおそれが出てきております」


「それは困りましたわね。今の話では魔族以外でしたら問題なさそうですし――――今すぐ獣人族のみで編成した部隊を西に派遣なさい。それと念のために、ヴェルラヤさんの帰還は延期とします」


「はっ! ではそのように」


 ムドーが出ていった広い王の間で深い嘆息をするリューイ。他の者には見せることのない、力の抜けた顔だ。そのまま空中テラスへと出ると眼下に広がる町と湖を見渡した。


「はぁ…………面倒ごとはこの国を返してからにしてほしかったですわ……」



 ◆           ◆           ◆



 家の中にいると蛇の生殺し状態の俺は、一人で散歩をするのが日課となっている。

 美少女が目の前をウロチョロしては俺を誘惑してくる(ように感じる)。なのに触れるのは尻だけとか我慢できるはずがない! 

 まあそれ以上やったらダメなのはわかるが、おっぱいくらいはいいのではないだろうか!

 まな板のリーゼがまだ頑なに拒否するため、誰の胸も触れない事態となっている。


 つうことで散歩をして煩悩を掻き消しているわけだが、最近散歩をしていると村の女性の反応がおかしなことに気づいた。何だか避けられているというか、珍獣を見るような視線を感じる。


「……あの人が噂のアノ人よね?」

「そうよ、狙った獲物は逃さない、顔に似合わない生粋のハンターらしいわよ」

「知ってる。ロリから熟女まで全部いけるらしいよ」

「顔に似合わない生粋のハンター――――言い得て妙ですわ。近づいてはその標的になりますわね」


 聞こえてんぞ! つうかロリはわかるが熟女って誰だよっ! もしかしてヴェルラヤのことかな? なんたって四〇〇歳以上だからな。


 俺はいたたまれない気持ちを抑えきれず、この前ルークときたカフェに逃げるように入った。

 店内は人も少なく俺のことに注目する者もいない。

 今日はテラスには出ず、店の片隅で隠れるように休憩することに。


「どうして俺がコソコソしなきゃならないんだ……ここ俺の村だよな?」


 そろそろ【村長】あたりの称号が出ていないか確認すべく、“職能証”イデンティフィカードにすべての称号を表示させる。

 そこには見慣れた四つの称号、そして見慣れぬ一つの称号が目に入った。

 だがそれは期待した【村長】などではなく、既にある四つの称号同様人目をはばかれる称号だ。




【称号Ⅴ】鬼畜王

【スキル】なし


【鬼畜王】一〇歳以下の幼女|(ショタ)から一〇〇歳以上の老人、人族、獣人族、亜人族、魔族のすべての種族を手中にしたものに贈られる称号




 なんだろう、鬼畜王を目指したのに、実際にこんな称号が出た瞬間のこの得も言われぬ気持ち!

 残念なことに老人扱いされているのはヴェルラヤだろう。

 問題は幼女|(ショタ)枠だ。これは一番年下のファムですら当てはまらない。昔から好きだったみたいだから入ってるのか? それとも現在一〇歳以下で当てはまる子がいるのか?

 (ショタ)ってのが気になるが考えたくない!


 この称号をどうしようかと考えていると、それを見透かしたようにポケットの魔術道具が鳴り響き、俺の寿命を縮ませてくる。


「――――ムドーどこから見てる!」

「は? いったいなんのことでしょうか?」


 どうやら違ったようだ。

 タイミングが良すぎてどこかから盗み見して連絡をよこしたのかと思っちまったわ。

 ムドーは俺からの突然の先制パンチに少々呆れているようだ。


「私が連絡したのは先日のヴェルラヤ様の件ですが」

「そっちにヴェルラヤが帰るのは明日だぞ。俺は野暮用で行けないけどな」

「それなのですが、帰還の件をキャンセルしていただきたいのです」

「は? どういうことだ?」


 今度は俺が呆れる番のようだ。二日前に帰ってこいってキレてた奴の言う言葉とは思えない。


「まず理由を言ってくれ。そうしないとヴェルラヤは意地でもそっちに行くと思うぞ」

「それなんですが――――」



 ムドーの話によると魔族の大陸にディスタ病とかいう病に似たものが広がり、一応大事を取るということだったのだが、この病がこの二日で急激に拡大し、ムドー本人やリューイまで感染してしまったらしい。


「そういうことですので、絶対にヴェルラヤ様を帰還させないようお願いいたします」

「それはいいんだけどさ、治療法の見込みはあるのか?」

「いえ、まだ何もわからないのですが、リューイ様がおっしゃるには呪いの可能性もあると」


 何なの呪いって! 病がいいわけじゃないけどもっとイヤだ。

 こりゃ暫く近づかないほうがいいな。巻き込まれたくない!


「その件は了解した。しっかりヴェルラヤに伝えて帰らせないから」

「お願いいたします。では最後にリューイ様からゼオリス様へ伝言でございます。魔王ヴェルラヤを娶りながら、ほかに四人も娶るとはいい度胸ですわね。一度顔を見せなさい。以上でございます」


 それだけ言い残し魔術道具を切りやがった。最後に最低な土産を置いていくとは!

 爆乳お姉さんに叱られるのもある意味魅力的ではあるが、それは愛があってのものだ! 愛のない説教なんぞ受けたくもないわ! どっちかって言うとリューイは俺のことを嫌ってそうだからな。今の伝言だと軽蔑すらしてそうで怖い!


 こういうことは早く伝えたほうがいいだろうと早速店をあとにした。



 家に帰ると昼食の用意をしている五人のフィアンセがいた。

 全員で昼食を取りながらでも伝えればいいだろう。


 ――――――――――――――――

 ――――――――――――

 ――――――――


「これ誰が作ったんだ? 滅茶苦茶俺好みの味になってるわ」


「……それは私が作った。ゼオくんの好みを研究した。隠し味に愛情を入れてみた」


 この子最近、恥ずかしげもなくこういうことを言うようになりました。

 言われる身にもなってほしい。こっちが動揺しちまうんだけど――――ってそれが狙いか!

 俺は玩具にされてるのかもしれないな……


「ゼオリス、これはどうだろうか? これは私が作ったんだが」

「この巻物はわたしが作ったんだよ」

「全部ウチが教えたのニャん!」

「んぐ……もぐもぐっ……妾は明日帰るが、もぐもぐ……一〇日程はこっちに帰ってくるつもりはないのじゃ」


 これも美味い! この巻物もなかなか辛味のパンチが効いててなかなか……って違う!

 ヴェルラヤの言葉で思い出したわ!


「ヴェルラヤ! 明日帰るのは中止だ。さっきムドーから連絡があった」


「どうしてじゃ。あれだけ帰ってこいとグチグチと文句を言っておったくせに」


 やっぱり言われてたんだな。やっぱそうだろうと思ったよ。

 あの時いたリーゼも俺の心がわかるのか、俺を見て無言で頷いている。


「魔族の大陸で病か呪いかわからないけど、魔力と体が衰える現象が起きてるらしい。だからヴェルラヤの帰還は延ばしてほしいってさ。俺も帰らないほうがいいと思う」


 俺の説明に顔を赤くして立ち上がるヴェルラヤ。


「国が大事な時に帰らぬわけにはいかぬのじゃ! ただ弱体化するだけならば問題ないのじゃ!」


「そういうわけにはいかないだろ。治るかもわからないし、何かあった時に力がなかったら困るだろ? せめて治療法がわかってからでもいいだろ」


 俺の説明にリーゼたち四人は黙りながらも、目で俺の意見に賛成の意思を示してくれる。


「じゃが、ここでただ黙って待つだけの選択肢はないのじゃ。妾は魔王ヴェルラヤ・ヴァルスタール、民を見殺しにはできぬ!」


 両手をテーブルに叩き付け、今にも帰る気配を漂わせるヴェルラヤ。

 だからね、死ぬわけじゃないんだから見殺しじゃないと思うんだ。

 指示だけならここからでもできるわけだし……たぶん聞いてくれないだろうな。


「わかったわかった!!!! だったら俺が行って解決してやる。魔族以外には症状が出てる奴もいないようだしな。だから今はとりあえずここにいてくれ」


 仕方がないが俺が行くしかない。この状況でヴェルラヤを絶対行かせるわけにはいかないからな。それにヴェルラヤを帰らせない理由もこれ以上思いつかない。だったら嫌でも俺が代わりに行って解決するしかないだろう!

 そんなやる気の俺に、全員が疑いの眼差しを向けてくる。


「ゼオ兄がおかしくなったよ! こんなやる気のゼオ兄見たことない!」

「ゼオ様がカッコよくなったニャん!」

「私もこんなにすぐやる気になったゼオリスは初めてだ」

「……何かある。女の匂いがする」


 俺ってここまで信用がないのか!

 女の匂いってなんだよ! そうだよ! 行ったら爆乳お姉さんに叱られるよ!

 でもそのために行くんじゃないからな!

 しっかりと説明してやろうじゃないか。

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