第98話 悩みですよ

 俺は実家を出て、高級住宅街の一角に新居を設けた。そこにナーシャとパティ、それにヴェルラヤの四人で暮らし、リーゼとファムが通い妻状態となっている。

 そんな俺の豪邸を、村の連中はハーレム邸なんて呼んでいるのを俺は知っている。


 ハーレム? これがハーレム? はははははっ笑わせてくれる。俺の知ってるハーレムはこういうものじゃない! 断じて違う!


 俺の創造魔術の件が解決してからお触りが解禁された。だが、一人を触ると瞬く間にその情報が共有され、今日中に全員触らなければというプレッシャーが生まれる。それに近づくたびに、いつ俺の手が伸びてくるのだろうかという警戒心にも似た心構えができてしまっているのだ。


 俺が求めてるのはそんなもんじゃない! 突然触られた時の驚きと、羞恥心からくる反応がないお触りなんて楽しみ半減だ! ヴェルラヤに至っては尻を突き出すからな!


 それに一番の問題は軽いお触り以上のことができないということだ。当然いやらしい手つきなんて厳禁だ。そんなことをすれば溜まりに溜まる欲望、それを解放できないストレスを抱えることになる。欲求不満で倒れるかもしれない!


「ゼオ兄どうしたの?」


 ソファに横になっていた俺の頭上からリーゼに声をかけられる。

 今日はみんな買い物や用事で出かけていて、家にいるのは俺だけだ。


「あれ? 職業学校ヴェルシュル今日からじゃなかったか?」


「そうだよ! 初日はもう終わったの」


 カダツ村の独立はリーゼが卒業するくらいを目安に、ということになっている。

 すべてはリーゼの称号次第ってことだ。

 結局帰ってきてからもリーゼたちに一任している。

 適材適所だ! やはり俺には向いてない。称号が証明している!


「それで称号は何が出たんだ? 魔術師か?」


「魔術師も出たけど、筆頭称号には選んでないよ」


 魔術を使える者はそう多くなく、魔術師の地位は高い。よっぽどの理由がない限り普通は魔術師を選ぶのが慣習となっている。今のリーゼにその理由があるとは思えない。


「魔術はゼオ兄に教えてもらえばいいだけだし、それよりやりたいことに繋がる称号が出たからそっちを優先したの」


 そう言って向かいのソファに腰を下ろすリーゼ。

 俺はソファに横になっている分視線が低い。この体勢から見えるリーゼの眺めはいいんだが――――ショートパンツじゃなくてミニスカートを履いてはくれないだろうか!


「今日行ったらさ、ゼオ兄と同じ【奴隷商人】の子が二人もいたよ! ゼオ兄の考え方に共感したんだって! 何だかゼオ兄のこと尊敬してたみたいだったよ!」


「ふ~ん、尊敬ねえ」


 カダツ村でさえまだ【奴隷商人】に対する見方が従来から変わってない奴らもいるし、これから苦労するのが目に見えてるのによく選ぶな。逆にすげえと思うわ。


「それも女の子なんだよ」


「今すぐ援助だ! 高待遇で勉強させるぞ!」


 リーゼから背筋が凍りそうな視線を向けられるが関係ない! 女の子の【奴隷商人】は貴重だ。奴隷として買われ連れて来られるほうも、強面の親父より絶対いいに決まってる。人々の印象も変わるはずだ! これをリーゼに長々と説明する。説明というよりも洗脳に近い!


「ま、まあそういうことなら、わからないわけでもないけどさ。でも心配しなくてもいいよ。わたしが奴隷商人商会を作って管理していくから大丈夫!」


「奴隷商人商会? 聞いたこともないけど、何だそれ?」


 リーゼがいそいそと鞄を開け、一枚の紙をテーブルに広げる。

 そこには走り書きされた、何かの組織図的なものが書かれている。いくつかは埋まっており、名前が読み取れる部分もある。

 組織のナンバーツーにあたる部分にリーゼの名前と空白がある。たぶんここにはファムが入るんだろう。そしてその上の組織トップにはよく知っている名前が…………


「おい! どうしてトップに俺の名前があるんだよっ!」


「ああこれ? そりゃみんなゼオ兄を慕ってくるんだから広告塔にはなってもらわないと。何もしなくていいから大丈夫だって」


 本当だろうな…………俺のモットーは適材適所だぞ!


「それでね、今まで通りのやり方じゃ奴隷商人が食べていけなくなるでしょ? だから自分を自分で買い取ってもらう。当然利子付きでね。三年は奴隷のままで返済期間は五年以内を考えてる」


「それ大丈夫か? こっちが破産しそうだけど」


「だからわたしが作るんだって。最初の資金が莫大だからね」


 得意顔で俺に“職能証”イデンティフィカードを見せてくる。

 そこには筆頭称号のみが表示されている。そしてそこには、




 【大豪商】の文字が!



「この【大豪商】ってマジか?」


「そうに決まってんじゃん! ミスリル鉱床の採掘権持ってるのわたしだし、新しく入ってきた住人から徴収した税もわたしのところにくるし」


 いったいいくら貯めこんでんだよ。それにしても、一番金遣いが荒かったリーゼにこんな称号が出るなんて……いや、一番金の価値を理解してなかったっていうべきか。だから思い切り無茶苦茶なことをして才能を開花できたのかもしれない。


 暫くリーゼと話していると玄関の扉が開く。


「今帰ったのじゃ」


 聞こえたきたのはヴェルラヤの声だけだ。

 ナーシャやパティは一緒ではないようだ。


「なんじゃ、リーゼが来ておるのか」


 居間に入ってくるヴェルラヤはリーゼの持っている“職能証”イデンティフィカードをのぞき込む。


「ほう、【大豪商】の称号とは珍しいのぉ。我も持っておるのじゃ」


 何だ? 【大豪商】ってのは金遣いが荒い奴に出るのか?

 ヴェルラヤはリーゼに【大豪商】についてのイロハを教えているようだ。

 この二人が組むとろくなことになりそうにない。


 二人のお喋りを遮るように、俺のポケットに入っている魔術道具が音を発する。

 すっかり忘れていたムドーから連絡のようだ。


「こちらゼオリス何か――――」

「何かじゃありませんよ! 例の双子を倒したそうじゃありませんか! どうしてヴェルラヤ様は帰って来られないのですか!」


 ムドーがカンカンになっていらっしゃる。

 あの件からもう数十日と経ってしまっていた。

 帰ることをすっかり忘れていたなんて言える雰囲気じゃない。


「ああそのことだけど、こっちも何かと忙しくて――――」

「言い訳は聞きませんよ! こちらはリューイ様にご迷惑をおかけしているというのに! ヴェルラヤ様がいるのなら代わってください!!」


 俺は黙ってヴェルラヤに魔術道具を手渡した。

 ヴェルラヤならどうにか説明できるだろう。なんたってムドーの主人だからな。


「なんじゃムドー、我になに用じゃ?――――うむ、それはこちらもやることがあってじゃの――――――――むぅ、だからやることが――――わかっておる、すまぬのじゃ! じゃから、そこまで怒らなくても――――」




 ――――――プツンッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ――――――




 切りやがった! どう見ても話の途中だったのに切りやがったぞ!

 以前より素直になってるし、謝れてるみたいで偉いと思ったのに! やっぱり変わってないな!


「ゼオ、近々戻ったほうがよさそうじゃ」


「内容はそれだけか?」


「そうじゃが?」


 おお、あれだけ謝って、その上あんな形で会話を終わらせておいて平然としてやがる。

 隣に座ってるリーゼの呆れた顔を見てみろ。フィアンセ同士仲良くしてくれよ!


「で、いつ帰るつもりだ?」


「三日後で十分じゃ。他人ごとのように言っておるが、ゼオも来るのじゃぞ?」


「いや、俺は遠慮しときたいんだけど……」


 あの国に行ったら何されるかわからないんだよね……魔族っておかしいし。

 いきなり挙式とか挙げられそうで、行くのがかなり躊躇われる。


「ヴェルラヤちゃん、それはダメ。ヴェルラヤちゃんが向こうで何をするかわかんないから」


「我は何もしないのじゃ! ただの里帰りじゃ!」


「国の人はどうかわかんないじゃん。だからダメ! ファムたちに聞いても同じ答えだと思うよ」


「ぐぬぬぬぅ…………わかったのじゃ」


 俺に助け舟を出してくれたのか、リーゼがヴェルラヤを上手く丸め込む。

 助かった…………あの国に行ったら暫く帰って来られない空気になりそうなんだよな。

 俯きへこんでいるヴェルラヤは見ていて少し可愛らしい。リーゼが帰ったら頭でも撫でて慰めてやるとするか。

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