第96話 リーゼとデートですよ!

 ヴェルラヤとのデートから四日後、リーゼとのデートの日がやってきた。ヴェルラヤとのデート直後から予想通り、三日はアレで頭がいっぱいになり延期してもらっていたのだ。

 今日はなんでもルーゼスフィリア帝国のナレンカに行きたいってことで、そっちでデートをすることになっている。俺もナレンカには初めてでテンションは高めだ。アレを引きずってテンションが高いわけでは決してない!


 今日は事務所前で待ち合わせだ。天気も申し分なく陽が燦燦と降り注いでいる。

 事務所前で通り過ぎる人々を見ていると、遠くのほうに見慣れたショートパンツ姿のリーゼが見える。普段通りの格好に、少し大きめの鞄を肩から提げているくらいで、気負ってる様子は全く見受けられない。


「ゼオにぃ早いね。まだ時間余裕あるよ」


「これでも男だからな。女の子を待たすなんてことはできない」


「ふーん――――三日もデート延期したのにね」


 俺の胸にグリグリと人差し指を押し付けてくるリーゼ。下から見上げてくるその顔は、俺をからかうのが楽しいのか口元が緩んでいる。


「それとこれとは話が違う! あれはあれ、これはこれ。今アレの話をするのはフェアじゃない!」


 自分で何を言っているのかわからなくなる。

 かなり動揺しているようだ……


「ヴェルラヤちゃんと何かあったみたい」


「そりゃ何かはあるだろう。妬いてるならキスしてやろう!」


 腕を掴んで引き寄せる。リーゼの顔がみるみる赤くなり湯気でも昇りそうだ。


「いい! いいってもう言わないから! 道の真ん中で何やってんのよ!」


「大丈夫だ。今は人が一瞬途切れてて誰も見てないから」


 俺の顔を必死に押し返してくるリーゼ。

 そんなのお構いなしにドンドン顔を近づける。


「そういう問題じゃないから! ごめんなさいごめんなさい! わたしが悪かったから!」


 どうやらわかってくれたようだ。あまりプライベートに踏み込むのはよくないからな!

 手を離すと、リーゼは深い嘆息をもらし、腰に手を当てると俺を見つめてきた。


「ゼオ兄変わりすぎ! どうしてそこまで女性慣れしてるのよ…………どど、どどうていのくせに……」


 自分で言って赤くなるのはやめてくれ、こっちが反応できないわ。どうせファムにでも仕込まれたんだろうけど。


「こんな所で本気でするわけないだろ。それに相手がリーゼなら軽口叩けるからな、女性慣れしてるってわけじゃないぞ」


「褒めてないし!」


 やっぱりリーゼとだけは調子がいつも通りっつうか、恋人になったりフィアンセになったりって雰囲気が微塵も出てこない。心配になってくるわ。


「じゃあナレンカに行くか。こんなところで立ち話しててもなんだしな」


 リーゼの肩を寄せると、屈んで膝裏に腕を伸ばし一気に横抱きにする。所謂お姫様抱っこというやつだ。


「えっ? ちょっと恥ずかしいって!」


 俺はそのまま有無を言わさず転移魔術で一旦空へ出ることに。

 空高くに転移した俺は、そのままナレンカ手前の国境付近を目指し転移を繰り返した。その間リーゼの顔がだらしなく緩んでいたのは内緒だ。

 さすがに国境を越えて転移していくのは、後で何かあった場合言い訳できないからしょうがない。国境を徒歩で通った俺たちを若干怪しい目で見る奴もいたが問題はなかった。


 昼前にナレンカに着いた俺たちが見たのは、カダツ村以上に発展している町だった。

 何でもナレンカはルーベンフィリオ帝国の中でも、かなり上位の商業都市らしい。バルティオ王国とは違って奴隷は奴隷でもしっかり権利が存在し、虐待なども禁止だそうだ。

 それゆえ、奴隷も奴隷として生きていくのを甘受し、それなりに働いてくれるらしい。

 カダツ村とはまた違った奴隷のあり方だろう。カダツ村はもっと奴隷を受け入れ、必死に働き自分で運命を変えられる国にしていきたい。

 もう国にするしかないしな。村の改名じゃなく国名を真剣に考えよう。


「全然制度が違うんだね」


「そうだな。これはカダツ村じゃ採用しないけど」


「ニューゼオツシティは今の方針でいくほうがいいと思うよ」


 俺はリーゼに睨みを利かせる。


「はいはい、カダツ村ですよぉ」


「近いうちに国名考えるぞ。もっと発展させなきゃ受け入れることもできないしな」


「へ~~やる気になったんだ? ゼオ兄にしては珍しいね」


 やる気の問題じゃねえだろうに。バルティオ王国とは大渓谷で分断してるし、そもそも王国軍とやりあった形なんだからもう引き返せないっつうの。


「それより今日はデートだろ? ここで何がしたいんだ?」


「ちょっと調べたいものがあるんだよね。ここの商人はバルティオ王国と違って独立する人がほとんどいないって聞いたんだよね」


「ああそれなら俺も聞いたことがあるな」


 バルティオ王国では商人の道へ進むと、商人ギルドに登録してから個人の下や中小規模の商会で勉強して独立するのが一般的だ。元々親がそっち関係でいきなり行商人から始めるって奴もいるくらいだ。

 対してこのルーベンフィリオ帝国では、ほぼ全員が何らかの商会に属していると聞く。独立するより一つの駒となって働き、安定を得るほうを選んでいるようだ。そのため個人でやっているところはほぼ他所からやってきた商人というのがわかる。


「話だけじゃ実際どんなのかわからないから見てみたいなって。それからちょっとヒントでも得られればいいでしょ」


「いったい何をする気なんだ?」


「奴隷の人たちにもっと権限を与えて、自分たちで考えてやってもらおうかと思って。最初はルーベンフィリオ方式で、解放されてからはバルティオ方式みたいな? 残るのも独立するのも自由でいこうなんて」


 リーゼはこの後も、はにかみながらも自分の考えを披露してくれた。

 奴隷制度にかなり寛大なルーベンフィリオでも、奴隷に権限を与えて仕事をさせるなんてことはない。所詮決められた仕事を淡々とこなすだけで末端の仕事だ。リーゼは更にそれを超える改革をしようとしているらしい。

 リーゼはいったいどんな称号を手に入れるんだろうか。今から楽しみではあるな。


「どうしたの? やっぱりちょっと無理があるかな?」


「いいんじゃないか? 何だかんだで短期間でカダツ村をあそこまでにしたんだしな。リーゼはスゴいわ」


「ちょ、ちょちょちょ、ちょっといきなり何で褒めるのよ! ゼオ兄また何か企んでるでしょ!」


 滅多に褒めない俺が褒めると、リーゼは挙動不審ぎみに赤面した顔を隠すように横を向く。

 滅多に褒めることがないんだから仕方ないだろうに。あっても褒めない俺も悪いけどな。

 何にしても、リーゼがここまで成長していくのは嬉しくもあり、何か寂しくも感じてしまう。何だろうこの気持ち……親心? それとも兄心?


「ほれ、さっさと回るぞ。時間は有限だ。今のうちに見ておきたいものは全部回るぞ」


「待ってよ! 今から回るところ決めるから!」


 遅っそ! 今から決めるのかよ!

 こういうところはまだ昔のリーゼのままのようで安心するわ。



 ◆           ◆           ◆



 昼飯は屋台の出来合いで済ませ、夕方まではリーゼがピックアップした商会や取引のある店を回ることに専念した。

 俺にはわからないが、メモを取っていたからリーゼなりに何か得るものがあったのだろう。これだけの結果を残してるし、そっちの才能があるのかもしれない。もうすぐリーゼは職業学校ヴェルシュルに通うことになるし楽しみだな。


「そういや職業学校ヴェルシュルはどうなるんだ? もうジルスには通えないからなぁ」


「大丈夫だよ。もうすぐカダツ村の東地区に職業学校ヴェルシュルが完成するから。わたしもそこに通う予定! 一緒にいられて嬉しいでしょ!?」


「そんなものまで作ってたのかよ……計画的すぎて引くわ」


 今までが片道二〇日のジルスに通わないとダメなのが異常だって言えば異常だけど。職業学校ヴェルシュルってそんな簡単に作れるものだったのか? 国名を考えるまでもなくカダツ村改め、ニューリーゼ王国とかになってそうだ。


 ナレンカの町の中央には一際高くそびえる塔が一つだけあり、そこの屋上部分は食事ができるようになっているらしい。そしてリーゼには内緒でそこを貸切にしてもらっている。

 なぜそんなことができたかというと、ルークにお願いしたからだ。ルーベンフィリオ帝国で有名なルークなら顔も利くし、多少融通も利くと思ったがそのとおりだった。


「陽が傾いてきたね。そろそろ、その夕食の時間かなぁなんて……」


「それならあそこに見える塔の屋上を貸しきったぞ」


 俺が指差した塔を見ると、リーゼの顔に少しだけ憂愁の影が差す。

 その手は肩から提げた鞄の淵を握り締めている。


「その、場所は予約してあるが、今日は料理人がいなくて食事は自分で用意しなくちゃならない。悪いな中途半端で」


「えっ? そうなの?」


 そんなわけはない。かなり苦しい言い訳だがしょうがないだろう。

 リーゼの持ってる鞄は十中八九食べ物が入っているとみた! あれを食わずしてデートとは言えない! 味が心配だが、そこはガツンと頭部を殴られたような衝撃さえなければ美味いと言ってやる。

 リーゼと塔へ向かう途中、リーゼの目を盗み塔へ転移、そこの料理人に帰ってもらうのには苦労させられた。出来上がった食事も持って帰ってもらい、入り口の開閉のために一人残ってもらっただけだ。無理な要求にそこそこの出費を強いられた。


 リーゼと共に塔に着いたのは空が黄色に染まり、もうすぐ陽が沈み始める合図をしている頃だった。魔踏陣で店の入り口まで行くと、広い店内には店番が一人だけで当たりは静けさだけが佇んでいる。


「ホントに貸切なんだね。でもなんだかいい香りがするような…………」


 リーゼが鼻をクンクンと動かし、さっきまで作られていた香辛料の効いた食事の香りに反応しだす。短時間では匂いが殆ど抜けなかったようだ。


「いつも料理してるから匂いが染み付いてるだけだろ」


「そうなのかな? それはそうと、その、メインはどうするの?」


「何もないなら、俺が買ってくるしかないな」


 俺は目で『どうするんだ』と訴えかける。

 その鞄の中には何かあるんだろうと、鞄に視線を移してみた。


「え、えっと、少しくらいなら食べるもの、ああるけど! ゼオ兄なら足らないかもしれないけど」


 鞄の大きさを見る限りそんなことはなさそうなんだけど……問題は味じゃないのか……

 思ってても口にはしない!


「大丈夫だ。それだけあれば足りるだろ」


 店の中を通り、外が一望できる屋上テラスへと出る。

 夕焼けに染まるナレンカを一望、とかそんな次元ではなく、西にはルーベンフィリオ帝国の首都ルビリアすら微かに見える。


「スゴいね! あんなに遠くまで見えるよ。遠くから見てても大きい塔だとは思ったけど、実際上から見るとその高さがよくわかるね」


「まあそれがウリになってるらしいからな。戦時は違う意味で役に立ちそうだ」


「もう……こういう時にそういうのは言わないほうがいいと思うんだけど」


 わざと俺と視線を合わせず、遠くを眺めたまま答えるリーゼ。

 少し空気が重たくなる。言葉選びは大事だな……


「あ、ああ悪い――――それより腹が減ってきたから食べようぜ」


 俺の要求に鞄から箱型の魔術道具を取り出すリーゼ。取り出した魔術道具はナーシャが使っていたものと同タイプの保温できる入れ物のようだ。それが計四つも出てきた。

 それをテーブルに並べ夕食の準備が終わる。

 肉の旨みが溶け、野菜と肉がゴロゴロと入っている、赤くトロみのあるスープが一つずつ。残りの入れ物には肉を揚げ表面に香辛料をまぶしたものや、海鮮と香草を半透明の薄皮で包んだ一口サイズの食べ物など、かなり手の込んだものとなっている。


「一応ナーシャさんに見てもらいながら作ったから……変な味にはなってないと……思う」


 不安と恥ずかしさの混じった、少し弄ってやりたくなる表情で食べられるアピールをするリーゼ。

 目の前にいるのはいつもの憎たらしい妹的立場でワガママ放題のリーゼじゃなく、どこにでもいるごく普通の女の子のリーゼだ。この心の声を聞かれたら殴られそうだ!

 スープを口にする――――ん? 美味い。

 肉の揚げ物を食べても美味い!

 海鮮の薄皮包みも口に放り込み味わう。海鮮の旨味と香草の爽やかな刺激が脳天を直撃し言葉を失ってしまう。その他の食べ物も驚く程の美味さだ。


「メチャメチャ美味いぞ……これ」


「ホントに!?!?」


 微妙な返事だなおい。実は自信なかったとか言うなよ。

 俺の返事を聞いてから食べ始めるリーゼ。可愛いところもあるじゃないか。俺が毒味役じゃなかたことを祈ろう。

 それにしてもリーゼの食べる姿を見てると、食べ方が何だか綺麗になっている。元々汚いってわけじゃないぞ。


「リーゼ、食べ方変えたか?」


「ヴェルラヤちゃんに教わってるんだよ。ヴェルラヤちゃんスゴく優雅に食べるでしょ」


 そう言いながらスープを口に運ぶリーゼ。

 色々な面で女性に近づいていることを実感できる。

 体のほうは全く成長していない部分もあるが。悲しいかな、努力じゃどうにもならない。


「どうしたの? そんなにジロジロ見られると、その、気になるんだけど」


「ああ、かわいいところも出てきたなと思ってな」


「なッ!」


 顔を真っ赤にして俯き、リーゼの手が完全に止まる。

 あれ? いつもならここでなじってきそうなもんなんだが……

 このままよくわからない雰囲気のまま食事は続き、そのまま終わってしまった。

 先にこの空気に耐えられなくなったのはリーゼだ。席を立つと屋上テラスの柵のほうへ行ってしまう。空は東の地平線から闇夜が迫り、世界は緋色に包まれている。


「ねえ、ゼオ兄はこれからどうするの? 何か考えてる?」


「これからって? このデートか?」


「そ、それもあるけど、違うって。今カダツ村は独立もできてないけど、バルティオ王国とも遮断されてる中途半端な状態じゃん」


 そういうことか、そりゃ近いうちに独立を周辺国に認めさせないと。それにカダツ村自体をどういう国にするかも考えないといけない。

 俺も席を立つとリーゼの横に並ぶ。もうすぐ沈む夕日を浴びながらリーゼに目を向ける。

 夕焼けに染まるリーゼは遠くを眺めたままだ。その表情から今の感情はうかがい知れない。


「カダツ村は独立させる。目指す国は、そうだな……奴隷解放国家ってところか」


 リーゼが息を呑み、俺を見みつめてくる。


「スゴいこと考えてるんだね。ゼオ兄なら一夫多妻制を謳う国を造るとか言うんじゃないかと思ったんだけどなぁ」


 冗談を言っているようで、リーゼの顔は真剣そのものだ。


「現状それもしっかり作っていかないといけないけどな――――そう考えると何か条件は必要だな」


「――――例えば?」


「全員平等に愛するとか?」


「そんな曖昧なものどうやって証明するの?」


 あまりにふざけた回答だと怒るかと思いきや、そんなこともなく熱い視線が俺を射抜いてくる。

 俺も男だ。ここまでされて何もしないわけにはいかない。

 リーゼの肩を抱き寄せ、額と額をあわせる。

 本当に目と鼻の先にリーゼの顔がある。夕日のせいか、紅色に染まる顔はとても魅力的で心が奪われる。


「……ゼオ兄……」


「こうやって証明すればいい」


 より近くに感じるために、深く知るために触れ合う唇。互いの想いが体温を通じ交錯する。これでようやく自然な形で二人の関係が始まったのだと、言葉はなくともこの日を互いの心に刻んだのだ。



 ………………………………




「ゼオ兄……カッコつけすぎ。似合わないって」


「やっぱりそうか? じゃあリーゼにだけはこれからも兄的立場で……」


「そ、それは困る! ごめん、ちょっとカッコよかったから!」


 慌てるリーゼの額に軽くデコピンを食らわせると、リーゼが拗ねたような顔になる。

 夕日が地平線に姿を隠すその時まで、お互い肩を寄せ合い、移ろう世界と心に身を委ねた。

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