第5話 奴隷オークションですよ

 授業初日の朝を迎えた。カーテン越しにやわらかな朝陽がベッドに降り注ぎ、俺の安眠を妨害する。

 ベッドをここに設置した奴計算して置きやがったな。動かせないようになってるし。


 早速外出用の服に着替えて朝食のパンとサラダを食べる。昨日冒険者ギルドからの帰りに買っておいたものだ。水は炊事場にある蛇口ってのを回せば出てくるから楽だ。普通は井戸で汲むか水魔術を使って自分で創らないとダメだからな。

 ここの水は学寮の屋上に貯めていて、そこから供給されている。何でも毎日寮長が魔術で交換してるらしい。これはメリナ談だ。あいつホントどうでもいいことまで知ってたわ。


 部屋を出て隣の部屋、パティの部屋の前で足を止めた。

 授業に誘うのは何も不自然じゃないし問題ないだろ?

 というわけで、軽く三回ノックをしてみた。

 中からパジャマ姿で眠い目をこするパティが出てくる…………ってシチュエーションのはずなんだが………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………何も起こらない。静かなもんだ。何回か試したが結局時間だけが空しく過ぎていった。




 学寮を出て正門前へと向かって歩いていると、中庭でα組の【騎士】の連中が一対一の試合形式の訓練をしていた。使っている武器は刃引きしていないようで血だらけだ。

 これ実戦すぎるだろ…………


 貴族が気になって厩舎へと足を伸ばしてみた。馬車に乗り込んでいる途中だったが、よく見ると【貴族】を誘導していたのも馬車を操るのも学生のようだ。きっとあれも【執事】【御者】の称号持ちで実践勉強なんだろう。それはそうと【貴族】はいったい何を学んでんだ?? 乗り方? 横柄さ?


「やあ、おはようゼオリス、遅かったな」


 正門近くまで来るとパティに声を掛けられた。

 やっぱり先に来てたんだな…………さっきの自分を消してしまいたい!


「パティおはよう。朝早くから来てたんだな」


「ああ。緊張からか、かなり早く起きてしまってね。ゼオリスも誘おうかと思ったんだが、早いのは迷惑かと思い直してやめたんだ」


 こんなに色々考えてくれてたのに、俺って奴は……やっぱりさっきの自分を猛烈に消してしまいたい!




「ふわあぁぁああ――――ん~~~~しょ、っと、二人とも仲良くやってるみたいで結構だねぇ」


 俺が猛省してる時に教師とは思えない欠伸と伸びをしながらニルス先生がやってきた。

 よく教師クビにならないな。


「先生、私たちの授業はどういったものなのでしょうか?」


「それは簡単だよぉ。一番大事なのは倫理なんだけど、それは私が説明してあげるわぁ。実践については今から奴隷オークションに行くから実際に体験してもらうつもり」


 パティの問いかけにニルス先生はとんでもないことを言い出した。

 奴隷オークションは各地から集められた奴隷を各奴隷商人が競りにかけるところだ。一般人は話に聞いたことはあっても、実際どこでどんな規模で行われているかも知らない、秘匿性の高い市場だ。

 そこにいきなり連れていくとか本気なのか。


「えっとぉ、一つだけ注意あるからねぇ。絶対にオークションの場所をバラしちゃダメよぉ? バラしちゃったら犯罪者として全国手配されるから生きていけないわよぉ」


 サラッと怖いこと言うなよ…………






 ◆           ◆           ◆





 奴隷オークション会場とやらに向かいながら俺たち二人はニルス先生の話しを聞いていた。その内容は奴隷商人の歴史や重用される組織、倫理に関するものだ。

 俺は記憶することには自信があるから平気だが、パティは大丈夫なのだろうか? さっきから真剣に聞いているというよりは聞き流しているような感じを受ける。


「どうしたんだゼオリス。 も、もしかして私のことを心配してくれているのか? 私は奴隷商人に関することは故郷で一通り勉強してきているから問題ないんだ。それよりゼオリスはこのペースの授業は平気なのか? 先生のペースはかなり早いように感じるが」


 心なしか声が弾んでいるように見える。


「自分で言うのも何だが、記憶力はいいほうだから平気だ。それより移動しながらの話が授業というのが酷いと思うけどね」


「ゼオリス君それは聞き捨てならないねぇ。時間は有限なんだよぉ? 若いうちは時間なんて有り余ってるかもしれないけどぉ、時間を有効に使うことは何よりも大事だと先生は思うんだけどなぁ。時間は増えることはないただ一方的に減るだけのものなんだよぉ。一度過ぎた時間はたとえ魔術でも戻ってこないからねぇ」


 などと話をしていたら目的地へと着いたようだ。見た目はただの一軒家。それも周りに何もない辺鄙な土地というわけでもなく、普通に民家が連なっているうちの一つだ。


「会場に繋がっている入り口はかなりあるからねぇ。ここもその内の一つにすぎないんだよぉ」


 説明しながら扉をノックするニルス先生。扉が鈍い音と立てて開くと、中から出てきたのは白髪交じりの顎鬚を蓄えた眼光の鋭い初老の男だ。

 男は先生と俺たちを一瞥すると固く閉じられた口を開いた。


「やあニルスちゃん久しぶりだね。四年ぶりくらいかな。その子達が今年の学生ってことだね」


「久しぶりだねぇダッツさん。今年は二人もいるからねぇ宜しく頼むよぉ」


「任せときなって。さあ早く中に入りな」


 見た目に反し、意外と軽い人物のようだ。

 挨拶を交わし中に入ると部屋は普通でしかなかったが、ダッツさんが奥の壁を触ると隠し通路が姿を現した。それも隣家数軒に繋がる通路だ。そこから何軒か隣に移動し、また壁を開く。そこは空家でその空家の隠された地下室から会場への入り口になっていた。かなりの念の入れようだ。

 ダッツさんはここまでで、会場へはニルス先生とパティの三人だけで行くようだ。


「ダッツさんは見張りだからぁ。いざとなったら入り口爆破もあるからねぇ」


 何という念の入れようだ…………捕まったら口割らないために自決でもするんじゃないだろうな。


 会場に着くと係員から身分証の提出を求められ、確認が終わると冊子を渡された。

 冊子には今日出品される奴隷の一人一人の詳細データが載っている資料だ。

 

「今日は四十人くらいの出品だなぁ。二人ともそこの席に座ってどう進行するか見とけばいいよぉ。私も進行に合わせて説明するけど、わからないことがあったらいくらでも聞いてねぇ」


 奴隷商人と思しき者たちが三〇人ほど離れて座っている。俺たちも入り口から一番近い席に座り暫くすると鐘の音が響き渡りオークションが開始された。


 まず壇上に連れて来られたのは人族の青年だ。程よく筋肉もついて顔も悪くない。資料によると西の商都サラティナで雇い主を殺したらしい。まず一〇万Gからスタートしたが全然入札されない。このまま未入札ならどうなるんだろうか?


「このまま入札がなければ死ぬ迄鉱山での仕事が待っているだろうな」


「そうだねぇ。あの年であの容姿なら普通は一〇万Gは安いんだけどねぇ。如何せん雇い主殺しはよくないなぁ。買い手がつかなくなるわぁ」


 俺の疑問に答えるかのようにパティが答え、未入札の理由をニルス先生が述べてくれた。

 案の定、最後まで入札はされず舞台両サイドに吊るされている袖幕へと消えていった。

 次に出てきたのは小さい獣人族の女の子だ。フサフサの白い尻尾と耳が可愛らしい。だけどビクビクと震えているのが痛ましい。資料によると借金の形に親に売られたらしい。

 どこかで聞いたような話だな。


 開始は五〇万Gからだったがあっという間に一三〇万Gまで上がっていった。落札したのはまだ品のよさそうな女奴隷商人。いい主人に巡り合うのを祈ろう。


「ああいう女の子は需要があるからすぐ一〇〇万Gは超えるねぇ。落札したのは貴族御用達のマダム・マリーか、あのお嬢ちゃんはラッキーだったねぇ。マダム・マリーは教育をしっかりして奉公人として売るから、性奴隷で売るなんてのはしない商人って話だよぉ」


 俺は胸を撫で下ろす。流石にあんな小さい子がそういう対象で買われるのは惨すぎる。

 その後も子供から初老まで色々な経歴の奴隷が出品され、安いものは三〇万Gから高いものは一七〇万Gで落札されていく。今回は比較的安めで落札されているらしい。

 次に出てきたのはエルフの少女だ。資料によると盗みを繰り返して捕まったとある。それでもスタートが一二〇万Gからだ。あっという間に二〇〇万Gを超えて三一〇万Gになり停滞する。

 競り人も気分がいいのか声が大きくなっているようだ。


「もう入れる方はいませんか~~? エルフの出品は数が少ないですよ! いなければ締め切らせてもらいますよ」


「「「「「四〇〇万Gが入ったぞ!!」」」」」


 仲買人である奴隷商人たちから複数の声があがる。

 誰かが入札したようだが、基本入札時点では誰が入れたかはわからないようになっている。


「おっと、いきなり四〇〇万Gまで上がりました。もう他にはいませんか? いませんか? いないなら四〇〇万Gで落札となります! おめでとうございますパラスティス・ムルディ様が落札となります!」


 ん? 俺の聞き間違いか?

 横に座っているパティを見ると丁度鞄から大量の金貨を出しているところだった。


「学生でも落札する権利はあると先生に聞いていたからな」


 その返答にニルス先生も頷いている。

 それにしてもそんな大金払えるもんなんだな。まだ学生だぞ? 今日初めて来たんだぞ?


「私は故郷の長老から託されているからな。無実の罪で嵌められた同族を救い出してほしいと」


 パティはそう説明しながら会場で貰った資料とは別の冊子を俺に見せる。そこには今さっき競りに掛けられていた少女が載っていた。そこには隣国ルーベンフィリオ帝国留学中に賊に攫われた旨の詳細が書かれている。


「武力で奪還するのはリスクが高いからな。仕方なく正規の方法で買い戻す、という手段を選ぶことにしたんだ。でも本当に罪を犯した同族まで買い戻すことはないぞ」


 これで合点がいった。パティは同族を救う為に奴隷商人という道を選択したんだな。それも奴隷売買が活発なこの国の職業学校ヴェルシュルに入学することでより早く、より確実に助けることができるから自分の国ではなく、ここバルティオ王国にやってきたんだな。

 結局パティはこのオークションが終わるまでに三人の同族であるエルフを競り落としていた。

 競り落とされたエルフはパティに涙ながらに感謝の言葉を述べ、のちに旅に必要な金と手紙を託され故郷へと帰って行った。

 

 この件がきっかけで俺にも一応奴隷商人としてやりたいことが一つできた。それは奴隷を買ってカダツ村に送り、村の発展に貢献してもらおうという計画だ。

 計画は村に貢献できそうなスキルなり称号を持ってる男女を村に送り、五年を目安に村に貢献してもらい。それ以降は奴隷から解放してカダツ村に住むなり出て行くなり自由にしてもらうつもりだ。カダツ村も人が減ってそのうちなくなるんじゃないかという危機感があるからな。これで少しでも村の人口が増えて発展できればそれでいいと思う。

 問題になるのが金だ。圧倒的に金が足らない、というかない。冒険者ギルドで稼ぐにしても多くても報酬の半分だからBランク以上、できればAランク以上の仕事はしないとな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る