第4話 男女共同学寮ですよ

 ニルス先生の話によると寮を利用する学生はあまりいないらしい。何でも、金獅子棟に入れる学生は裕福な者か貴族が多いらしく、入学前に住居は確保してる場合が殆どだからだそうだ。

 というわけで、学生寮の前には俺だけかと思いきや、さっきのもう一人の奴隷商人であるエルフの娘も来ていた。

 ニルス先生曰く『あまり利用されない寮だし男女分けるのは経費の無駄ということで分けてませんよぉ』とのことで男女共同学寮になっているらしい。

 理由があまりに適当すぎる。


「遅くなったけど、さっきはありがとう。俺はゼオリス、キミは?」


 貴族の取り巻き連中を追っ払ってくれたお礼を遅蒔きながらエルフの娘に言ってみた。

 こちらに振り向いた彼女はやはり美少女だ。少し大人びて澄ました感じもするが、それはエルフ特有の高貴さやそういう類のためだろう。さっきの取り巻き連中とのやりとりから華冑家世による可能性も高いけど。


「私はパラスティス・ムルディ。あの程度で礼には及ばない」


 ごく自然な微笑で答えるエルフの娘。

 家名があるってことはやっぱり貴族なんだな。

 名前はパラ、パラス……ス……ティス? パラスス…………やべ!


「私のことはパティと呼んでくれ。故郷では皆そう呼んでいた」


「じゃあそう呼ばせてもらよ。パティ」


 こちらの空気を読んでくれたのか、はたまた愛称で呼ばれたかったのかは謎だが危機は脱したようだ。


「それと、誤解されたくはないのだが、私は人族で言う貴族というものではない。だから普通に接してくれて構わない」


「そうなのか? てっきり家名もあるしどこかのお偉いさんかと」


「エルフ族では徳と精霊による力があるものが慕われ、時に長老より家名を承ることはあるが、人族の貴族のように権力というものがあるわけではない」


 パティの話によると、権力があるのは各部族の長老のみで、それに補佐役などがいるが基本的に権力は持っていないらしい。一応派閥はあるそうだが。人族とは違い六長老会議で方針を決め国を治めているとのこと。

 ではなぜパティの“職能証”イデンティフィカードに【貴族】があったかというと、人族との共通認識で統一すると立場的には貴族に相当するかららしい。



 えっ? えっ? それってやっぱりお偉いさんじゃないの?






 蔦で半分覆われた学寮の中に入り、寮長室と書かれた部屋の前までやってきた。ドアをノックし中へ入ってみる。

 目の前に現れたのはふっくらとした気前の良さそうなおばちゃんだ。

 いや、正しく表現したほうがいいか。丸々と太ったブタのおばちゃんがニコニコして座っていた。


「やああんた達が今年のここ学寮の利用者だね。さっきニルス先生から連絡があったよ」


 ニルス先生やる気なさそうなのに仕事は早いんだな。


「あんたがゼオリスで、そっちの別嬪さんがえーと、パラスティスだね。部屋はもうアタシが決めてあるから文句は言うんじゃないよ」


 軽く返事をし、部屋の鍵を受け取った。

 俺が七〇三号室、パティが七〇四号室、まさかの隣同士だ。

 何でこんなに部屋余ってんのに隣なんだよ! プライバシーとか男の隣は危険だとかそういうのはないのか? 俺とパティはさっき知り合ったばかりの仲なんだぞ。


「何か不満そうな顔だね。役得とかそういうのはないのかい? 女の子一人じゃ危ないんだからあんたが何かあった時に対処してやるんだよ」


「…………そ、その、宜しく頼む」


 パティ何ちょっと頬染めちゃってんの? そんな理由でいいの?

 さっき【騎士】と【魔術師】の称号もあるってゴマすり女は言ってたよね?

 それはつまり現状でもそれなりの強さがあるってことだろ?

 小声で『女の子、私は女の子……』などとパティは呟いて頬に手を当てている。


「了解了解! わかりましたよ。万が一何かあれば俺が責任を持って対処します。これでも男ですからね。――――で、俺たちだけがここを使うのはわかったんですけど、何でわざわざ七階最上階なんです?」


 階段で7階とか拷問に近い。俺だけならまだしも女の子のパティにそれはない。

 この質問を待ってましたとばかりに寮長は胸を張って鼻息が荒くなる。


「そりゃあアタシのサービスさね。王都が一望できる特等室だよ。心配しなくても大丈夫、ちゃんと魔踏陣があるから一瞬で最上階まで行けるさね」


 魔踏陣はある程度の距離までなら自分の少量の魔力を犠牲に移動できる常時運搬型の魔術回路だ。

 ある程度ってのはせいぜい一〇〇メドル。それ以上は急激に魔力の消費が上がって実用的じゃなくなる代物だ。そこらじゅうにあれば便利だと思うけど、これも国が管理している一部の魔導師しか組めないらしいから絶対数が少ない。当然と言えば当然だろう。連続して配置すれば長距離も移動できるようになるし、誰でも利用できるから敵の侵入も容易に許すことになる。

 俺も組もうと思えば組めるんだけどね。


 寮長に教えてもらった部屋に入ると、各階へと繋がる魔踏陣が六つ並べて設置されていた。

 左から順番に上の階に繋がっているようだ。魔踏陣に数字が書かれてあるから間違いないだろう。

 一番右端の魔踏陣に乗って意識を預けると一瞬で七階へと移動する。

 目の前に広がるのは王都の全てだ。

 職業学校ヴェルシュルは元々高台に位置する所に建てられてたから、七階でもかなりの高さみたいでこれは特等室だと納得できる。パティも同感のようで目をキラキラと輝かせてるよ。


 部屋の前まで来ると、何故かパティは少し緊張した様子で、また『こ、これから宜しく頼む』と言い残しイソイソと自分の部屋へと入ってしまった。


 いや、さっきも頼まれたからさ……そんな改まって言うことでもないと思うんだけど。こっちも男だし美少女から言われると変な妄想しちゃったりするよ?



 馬鹿なことはさておき、俺も部屋へと入ることにする。

 中は特等室なだけあって広々としている。調度品まで飾ってあるし、これらには触れない方が賢明だろう。必要なものは最低限というか結構揃っている。足らないものはまずなさそうだ。

 背負っていたリュックをベッド脇に置き、まずやらなければいけないアレ・・をすることにする。


 七〇四号室とこの部屋を隔てている壁に耳を当てジッと待つ。











 ――――――――――――ただひたすら待つ――――――――――――











 ……………………何も聞こえないな! これはざんね……いや安心だ!!

 プライバシーの観点から少し心配だったが、これなら大丈夫だろう。


「はははははっはっははっはっはっ…………はぁ……………………」


 乾いた笑いしか出てこなかった……





 ◆           ◆           ◆





 窓から入ってくる陽の光はまだまだ高い。今日中に仕事を探すとするか。

 とりあえず本棚にあった地図を広げ、目的の場所を探す。一応カダツ村を出る前に働くならここしかないってことで目星はつけておいた。それは冒険者ギルドだ。

 冒険者ギルドで登録する時は称号は関係ない。腕に覚えがあるなら手っ取り早く稼げる優良職だ。善は急げと俺は冒険者ギルドへと向かうことにした。



 冒険者ギルドは二階建てのかなり年季の入った建物だった。壁のあちこちに剣でつけられたような跡があったり、人の形のような何か焦げたような跡もクッキリと付いていた。建物の周りには強面の物騒な連中が、俺をチラチラと値踏みするような目で観察してきやがる。

 建物の中に入っても同じだ。無骨なテーブルと椅子に座った連中が完全に格下を見る蔑みの視線を向けてくる。


「本日はどういったご用件でしょうか?」


 ギルドの受付に行くと、人形のように冷たい表情のお姉さんが出てきた。

 ここはガキの来るところじゃないってか? まさかこれが普通なんだろうか?


「今日はギルド登録をしたいと思って来たんですけど」


「登録には一〇〇〇ガルド必要です。ランク等に関する説明はいりますか?」


「お願いします」


  話によると、ランクはSからFランクまでで最初はFランクからスタートということ。受けられるのは自分のランクから上下一ランクまで。別にランク維持等のノルマはない。その代わりCランク以上になると緊急時強制召集があり断ると追放もあり得るらしい。

 当然この話の間、お姉さんの態度は一貫して冷たいものだった。


「一つ質問があるんですが」


「何でしょうか?」


「例えばBランクで登録されてる依頼を、Fランクが勝手に達成してきたりしたら報酬はどうなるんですか?」


「……………………」


 うわぁ……人を馬鹿にしてる目だわ。メッチャ怖ええ。


「達成してギルドに報告に来た時点で依頼がそのままなら報酬の半分を受け取ることができます。ただし、Bランクの方が依頼を受けていた場合はその方に七割の報酬を渡し、Cランクの方は三割の報酬を受け取ることができます」


 話を聞きながら貼り出されていた依頼を確認していく。一番多いのはCランクで全体の半分くらいはCランクだ。当然一番少ないのはSランクで全体の一%もない。

 冒険者で一人前と認められるのはCランクからで、一日がかりの依頼をこなせば、それだけで小さいパーティなら五日は食っていけるって話だ。だから必然的にDランクまではかなり安い。


「それから、そのような場合の評価ですが、ランク昇格には一切プラスされませんので注意してください」


 この情報は俺には好都合だ。昇格なんてしてCランクになっちまったら大変だからな。でも報酬の半分しか得られないし、基本半日で済ませられるようなものとなると、最低Cランク以上且つそれなりの危険が伴うようなものがいいだろうな。報酬は時間より危険度優先で出されているものを優先することにしよう


「それでは“職能証”イデンティフィカードの提出と採血をしますので、どちらの手でもいいので出してください」


「え? “職能証”イデンティフィカードが必要なんですか? 冒険者になるのに称号は関係ないって聞いてるんですけど」


 動揺する俺に、お姉さんは面倒くさくてやってられないとばかりに深い溜息をついた。


「関係ないのと、必要ないのとは別です。子供と犯罪者は弾かないとダメでしょう? きっと冒険者になるためには特定の称号を必要としないのを勘違いされたんですね。他人に見られるのが嫌でしたら、ギルドカードには非表示設定もついてますよ。ですが大抵の冒険者は表示させてますけどね。【料理人】や【鑑定士】があればそれだけで自分を売り込めますから」


 わかったらさっさと出せとばかりに手を差し出してくる。俺はおずおずとポケットから“職能証”イデンティフィカードを取り出し、お姉さんに手渡した。たぶん今俺の顔は引き攣っているのではないだろうか。


「…………奴隷商人ですか……珍しいですね。これは非表示にしときますか?」


「……お願いします」


 お姉さんは淡々と作業を続けるだけだ。特に奴隷商人に偏見はないのだろうか?

 俺は黙って手を出し、お姉さんが指先にナイフを刺して採血をし始める。

 それと同時にお姉さんの口が開いた。


「私もこの仕事に就いて五年になりますけど、奴隷商人に会ったのは今回が初めてです……私の実家は貧しくて…………私が一〇歳の時に妹は奴隷商人に売られたんです。妹はその時まだ五歳でまだ自分がどういう目に遭うかわかってない様子でした……こちらの窮状を見てあいつら端金で私の妹を!!」


 かなり重い身の上話をするお姉さん。

 採血する手に、け、結構な力が入ってるんですけど!!

 い、痛い、いてて、「いででででっっ!!!!!!」


「もも、申し訳ありません!! 私としたことが、少々力が入ってしまいました」


 すぐにさっきの冷たい表情に戻すと、そのまま何事も無かったかのように進めるお姉さん。

 奴隷商人に偏見より恨みがあったんだね!


「その子新人っすか? それならウチが冒険者のイロハを教えてあげるっすよ」


 背後から声を掛けられた。それも女の人の声だ。

 振り向くと……美人じゃないとか可愛いくないとかのレベルじゃない、百人すれ違ったら百人とも振り向かない、というか半分以上目を背けるんじゃないかというくらいの不細工な女だ。

 一瞬美人なら美人局の可能性もあるんじゃないかって心配したがその心配は無用だったようだ。


「あっ、今ウチのこと不細工とか気持ち悪いとか思ったっすね? これでも以前は普通の顔だったんすよ。ちょっと魔獣に酸をかけられて治療が遅れたんすよ」


 さらっと重い過去を話してヘラヘラと笑う女。アホなのか超ポジティブ思考なのかどっちだろ?

 皮膚が再生した部分については後から魔術で治療ってのはできないからな。流石の俺でもどうしようもない。


「メリナさん、あなたは最近Eランクに昇格したばかりでしょう。まだあなたも新人扱いですよ」


「でも今日登録した子くらいなら大丈夫っすよ。それにウチ知識だけは自信ありますから。エレーナさんも知ってるっすよね」


知識だけ・・・・なのを自慢されても困るのですが、まあ本当に知識だけはそこそこありますから新人教育としてはいいかもしれませんね。どれいし……いえ、ゼオリスさんはどうしますか?」


 受付のお姉さんはエレーナさんて言うのか。

 奴隷商人でも普通に接してくれるようになるんだろうか……かなり心配だ。


「あー俺はいいです。独りの方が気楽にできるんで」


「別にお金とかいらないっすよ。それにランクの低い冒険者の単独行動は厳禁す」


「私も単独はお勧めしません。彼女なら知識だけ・・・・ならばCランク以上のものもありますし、ギルドでの評価も悪くないので保証してあげられます」


 二人の目が怖い。凄く断りづらい状況だわ。

 俺が腕を組みどうやって断ろうかと思案していると、二人は受け付け台で何やら書き始めた。


「――――――――これでいいでしょう。ここにサインを」


「わかったっす――――――――これでいいっすね」


 目の前に差し出された紙にはギルドからの依頼とそれを受諾したというメリナのサイン。


「ギルドからゼオリスさんの教育係を募集させていただきました。そしてそれを受けたのはメリナさんです」


「ヨロシクっす!」


 もう俺の教育係として決定? 俺に決定権ないの?


「ギルドからの依頼ですので、ゼオリスさんには拒否権はありません。拒否した場合冒険者ギルドからの追放もありえますので」


 凄まじい強権だ! 横暴だ! どうしてこうなった!?

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