第3話 奴隷商人も一応レア称号なんですよ
「俺も奴隷商人で」
俺の言葉に、担当官と周りの連中の俺に対する評価が最底辺まで落ちたような音がした。
例えるなら、周りのえも言われぬ空気が凍えて砕け散るような感じだ。
これって称号が奴隷商人だからか?
それとも美少女エルフに続いて言ったから何か下心があると邪推されたとか?
――――――――きっと両方だな、うん。
「では、奴隷商人の子はあっちの金獅子棟の方へ行ってね」
担当官が手差しした方へと歩いていく。美少女エルフはもういないようだ。
塔は全部で三つ見える。明らかに向かっている金獅子棟が一番立派だ。
周りの学生を観察しながら金獅子棟に向かっていると、金獅子棟に向かっている奴らは何だか横柄な奴らが多いように見える。
「クウェス様はさすがですね! もう伯爵の称号まで手に入れるなんて!」
「まあ当然だ。俺はヒーディング家を継ぐことが決まっているのだからな。お前たちも貴族と魔術師、騎士の称号と手に入れるとはなかなかやるではないか」
「それもこれも、全てヒーディング家に仕えさせて頂き、日頃より教育していただいている賜物でございます」
記憶に残らなさそうな女が褒めると、それに豪奢な衣服に身を包んだ茶髪のいけ好かない男が横柄に答える。見るからにオークにしか見えない豚が更に持ち上げる。
ペコペコと取り巻き連中が次期伯爵様とやらにゴマを摺ってるよ。
こういう連中と同じクラスになるのは勘弁してほしいな……
でも、奴隷商人て称号自体少なくて、更に成り手も少ないから待遇はいいんだよなぁ。
金獅子棟まで来ると、入り口で門兵が学生の確認作業をしていた。
俺は
背中から小さく『がんばれよ』の一言が聞こえてくる。
門兵のおっさん……不安になってくるからやめてくれよ……
中に入るといきなり絵画や壷といった、いかにも高そうな調度品が目に飛び込んでくる。
学生とおぼしき奴も派手な装飾を施した服を着ていたり、俺みたいな地方の田舎出身者は場違い感がハンパない。
検査の時にいた奴らいったいどこへ行ったんだよ……
「もう少し着るものにも気を遣ったほうがよかったか」
壁に埋め込まれた巨大な鏡を前に、自分の格好を見てふと口から漏れた。
俺は普段とあまり変わらない至って普通の服装で来たことを今更後悔していた。
だってこんなことになるとは思ってなかったんだよ!
当然【平民】や【農夫】とか、ありきたりな称号も出ると思うのが普通だろ?
「おやぁ、どうしたのかねぇ? ここで道に迷ったなんてことはないと思うんだけどねぇ」
テンションがた落ちの俺に声を掛けてきたのは、さっきの入学検査で監査官をやっていたニルスって人だ。
「え~と、ニルス……先生?」
「ニルちゃんでいいぞぉ」
いやいや、そんなわけにはいかないだろ。
初対面で年上、更に先生をいきなり愛称呼びとか何の苦行だよ!
「冗談だ冗談。普通にニルス先生と呼ぶがいいぞぉ、奴隷商人君」
どうして知ってんだ!? つうかこんな所で称号で呼ぶなよ!
ほら見ろ……周りの連中がこっちに注目し始めてるじゃねえか。
「何をビックリしてるのかねぇ? 奴隷商人なんてなる奴は滅多にいないのに、二人も出たんだから注目されてて当然だろう? 奴隷商人は一応レアな称号で人気がないから成り手が少なくて困ってるんだよねぇ。それが君みたいな平民から出るなんてのは今まで記憶にないからねぇ」
「あの……ここでその、奴隷商人の話やめてもらえませんか?」
いきなりベラベラと話し始めるニルス先生に小声でやめるように懇願する。
「ああ、まだこういうことを気にする年頃なんだねぇ。初心だねぇ悪かったよぉ、え~~と……」
「ゼオリスです」
「ああ、ゼオリス君。そういえば君はα組だねぇ」
ニルス先生はそう告げると、少し離れた所に集まっている学生の方を指差す。
そこには掲示板が掲げられていて、クラス別に称号が書かれている。
α組【貴族】【騎士】【魔術師】【奴隷商人】
β組【結界師】【魔術研究者】【魔獣調教師】【錬金術師】【英雄】
金獅子棟はこれだけしかないんだな。
ていうかβ組英雄なんているんだ…………ご愁傷さま。
俺が掲示板を眺めていると、ニルス先生がそんな俺に向かって言葉を続けてきた。
「何だか意外そうだねぇ。今の時期に細かく称号がわかれることは稀なんだよぉ。これでも例年に比べてレアな称号は多いほうなんだよねぇ。気後れするかもしれないけど頑張ってねぇ」
俺の肩を『ポンッ』と一叩きすると、ニルス先生は背を向け左手をプラプラとさせながら去っていった。
◆ ◆ ◆
α組の教室の前までやって来ると、学生がゾロゾロと教室へと入っていく。その中に当然さっきのいけ好かない次期伯爵様とやらもいた。
俺は全員入るのを待って最後に入ることにした。
だってあの中に入るの結構勇気いるよ?
教室に入ると全員着席していて、列ごとにどの称号が座るか決まっているようだ。
当たり前だが、全員座ってるってことは空いてるのは俺の奴隷商人の椅子だけということ。
そしてそこに座るのが何の変哲もない、地味な服を着てる平民にしか見えない俺なんだから下卑た視線を浴びることになる。
廊下側から【貴族】一〇席、【騎士】九席、【魔術師】六席、【奴隷商人】二席のようだ。既にあのエルフの娘も座っている。
席に着くと目と鼻の先にさっきのエルフの娘だ。銀髪に近い金髪と呼べばいいのだろうか、窓から降り注ぐ光を浴びてキラキラと輝いてとても綺麗だ。腰まで伸びた髪は綺麗なストレートで何だか良い香りが漂ってくる。
これはご飯三杯はいけそうだぞ!
「おい貴様! 市井の者がここに来るとは、教室を間違えたのではないか?」
「そうですな。ここは選ばれた者だけが入れる金獅子棟ですよ」
ズカズカと俺の前までやって来て喧嘩を売ってきたのは、関わり合いたくなかった次期伯爵様の取り巻きの、記憶に残りそうもない女(以後ゴマすり女と呼ぼう)とオークモドキだ。流石に次期伯爵様とやらは直接来なかったようだ。その代わり席に座ったままこちらを見てニヤニヤしてやがる。
「ここは高貴な身分の御方や、才能あふれる方のための教室です! あなたのような一庶民が居て良い場所ではないのですよ! ああ、あなたは奴隷商人でしたね! あれですか!? 偶々レアな称号である奴隷商人が出たから、この際恥もプライドもかなぐり捨てて高待遇の奴隷商人を目指そうというわけですね? 成り上がりには丁度良い称号かもしれませんね! あはははっはっはは!」
言いたい放題である。
「貴様、自分の身なりを見てここに居て相応しいと思えるのか? 何だそのみすぼらしい服は。ここにいる方々を見てみろ。どれも一点もののフルオーダーメイドばかりだろう」
周りからドッと笑いが起きる。貴族だけでなく騎士も魔術師もそれなりの身分の奴らだってことだな。
そりゃそうか。騎士も魔術師も小さい時からそれなりの教育を受けないと現れない称号だからな。貧乏な平民に現れることなんて滅多にないはずだ。現れて筆頭称号にしようものなら今の俺みたいに笑われ罵られるだろう。平民出身者からなる奴が少ないはずだ。
――――などと考えていると、『バンッ』と机を叩く音が教室に響き渡る。
その音の大きさに今まで笑っていた連中の顔は引き攣り、音のした方へ首を傾ける。
「いい加減にしないかお前たち。自分たちのしている行為が恥ずべきものだとわからないのか? 高貴な身分? それが何だ! ここではそんなものは関係なく、皆等しく一学生でしかないんだ」
声を挙げたのはエルフの娘だ。彼女は席を立ち、俺と取り巻き連中の間に立つと俺に背を向け、その立派なお尻を俺の眼前へと持ってきた。着ている服は普通のものかと思ってたが、近くで見るとかなりいい生地を使ってるようだ。やっぱりこの中で俺だけが平民らしい。こう眼前にお尻があると突っつきたくなってくるな――――って違う! 今はそんなことを考えてる場合じゃない!
「あんたは何! エルフの分際でしゃしゃり出てくるなんて何考えてるの? 同じ奴隷商人の庶民を助けてあげようと偽善者ぶってるの? エルフの奴隷商人と庶民の奴隷商人の友情ごっこかしら、これはいい見世物になるわ!」
「お前は何の権利があって彼を辱めているんだ? 【貴族】? 【騎士】? 【魔術師】? それがどうしたというんだ。そんなもので人の価値は変わらないだろう」
熱くなるエルフの娘に冷たい視線を向ける取り巻き連中。何か頭にきたのか、ゴマすり女は冷たい中にも怒りにも似た感情を宿しエルフの娘の鼻先まで顔を近づけて口を開いた。
「あんた【貴族】【騎士】【魔術師】の称号が【奴隷商人】と同等だと本気で思ってるの? ただ珍しいだけの下賤な称号が同じなわけないでしょ! あんたも【奴隷商人】を選ぶくらいだから碌な称号が出なかったんでしょう! 【山賊】や【暗殺者】でも出たのかしら!? これしか選択しようがないなんてなんて哀れなんでしょう!」
勝ち誇ったようにゴマすり女が笑い、オークモドキがそれを見るや、噛み殺していた笑いを解いて大声で笑い出した。周りもそれに釣られて笑いが起きる。
それを確認したエルフの娘はため息をつくと、物憂そうにポケットから
「お前たちの中で【奴隷商人】が格下でその他が格上だと言いたいんだな?」
「そうよ!」
「お前は【騎士】以外に何を持っているんだ?」
「大したものはないわよ! それにそんなこと今はどうでもいいでしょ!」
「では私はお前よりも同格以上ということになるな」
エルフの娘は
称号を確認したゴマすり女の顔色が先ほどまでの赤から青へ、そして白へと変わっていく。
因みに
「【奴隷商人】以外に【貴族】【騎士】【魔術師】も持っているなんて…………そんなわけないわ! それなら何故【奴隷商人】を筆頭称号にするのよ! おかしいじゃない! 意味わかんないわよ!」
「どれを筆頭称号にしようが私の勝手だ。と、その前に口の利き方を改めてもらおうか」
ゴマすり女の顔がまた真っ赤になりだし、『ぐぬぬぬぬっ』とか『ギギギギギッ』とか聞こえてきそうなくらい渋面になってきた。すぐ後ろにいるオークモドキにチラチラと救援を求める目配せをしてやがる。
だがその肝心のオークモドキはオロオロするばかりで木偶と化している。
「おーい、全員席につけよぉ。こんなところでトラブル起こしても同じ称号以外顔合わせることなんて滅多にないんだからなぁ。全く無意味だぞぉ」
教室に入ってきたのはニルス先生だ。こちらのいざこざを一瞥しただけで無意味だと切り捨てる。
実際問題、称号別の勉強になるから他の称号持ちとはこれっきり会わないなんてのもザラらしい。
ニルス先生の言葉で取り巻きもエルフの娘も自分の席に戻っていく。
因みにゴマすり女は『助かった』ってより、『あとで憶えておきなさいよ』って表情をしてやがる。
それを見届けたニルス先生は軽く溜息をつくと改めて自己紹介をして、今後の授業について話し始めた。
「――――――――――――というわけで、一応α組を受け持つことにはなったけどぉ、これは建前であって実際はそれぞれの称号に個別の担当教官が就くことになってるからぁ。因みに私は【奴隷商人】を受け持つから、そこの二人よろしくねぇ」
やる気のなさそうな手をプラプラとこちらに向けて振るニルス先生。
何だか彼女の思惑に踊らされてる気がしないでもないな……
「で、早速なんだけどぉ、明日からはもう称号別の授業になるからぁ、今から配る用紙に記載された場所に集合してくれるかなぁ?」
各列に配られていく用紙。それを見た者は少なからず顔をしかめている。
俺もその用紙に目をやると、案の定顔が若干引き攣るのがわかる。
「何で集合場所が学校の正門なんだ?」
他の称号もおかしな場所が指定されている。【貴族】は厩舎前、【騎士】は中庭、【魔術師】なんて王都の北門前だ。
意味わかんないね、これ。
「何か不満そうな顔してるけどぉ、授業は基本実践だから。机に噛り付いてお勉強なんてのは基本ないからねぇ。それと授業は一日の内午前中だけで午後は自由に使っていいわよぉ」
ニルス先生の話を聞きながら用紙に目を通す。休みは五日に一回、寮はあると。食事はなく奴隷商人の勉強期間は半年。金を多少工面する必要があるな。
「寮に入りたい子はその窓から見える白い建物に行って話通してねぇ」
窓から見えるその建物は幾分年季が入って蔦で半分は覆われているが、結構大きく今回入学した生徒の半分くらいなら入れそうだ。
「あの寮に入れるのは金獅子棟の学生だけだからぁ。急がなくても入れるからねぇ」
無駄にデカイな!
暫くすると、ニルス先生の声で解散となった。ゾロゾロと教室から出て行く学生。
俺はというと、今から寮に行って手続きをしに行く予定だ。
称号も決まって、住むところもほぼ決まった。
だが、問題が一つだけ残っている。
リーゼとファムをどうするかだ!!
手紙書くって言ったけど、これ書けないだろ…………
嘘を書くわけにもいかないしなぁ………………いっその事このまま放置するかな!!
問題は先送りするのが常識ってな!!!!
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