第2話 職業学校ですよ

 カダツ村を出て二五日で王都ジルスに着いた。

 少し遅れたのは途中山賊が出たとかで遠回りしたせいだ。

 旅はいいがやっぱりまだまだ物騒なようだ。来年再来年とリーゼとファムが通うことになるけど、独りで行かせるのはやめておこうかと思う。俺が付いて行くか魔術で移動するかにしよう。


 何故今回魔術で行かなかったって?

 そりゃ旅は時間かけてのんびり行くほうが楽しいからに決まってるじゃないか。

 それに長距離移動の魔術は国が管理するくらい珍しいらしいからな。使えるなんて誰にも教えてない。


 王都ジルスに着いて真っ先に目に付くのが町を囲む城壁だ。

 高さ十メドルはありそうな鉛色の壁で囲まれている。

 ジルスは直径三ギロメドルの宮殿とそれを囲むように張り巡らせた五〇〇メドルの堀、更にそれの外周部分に人口三〇万人の町で形成された直径八ギロメドルにもなる都市だ。


 町に入り、異様な雰囲気に気付く。

 それは奴隷の多さだ。

 バルティオ王国は人族の国の中で特に差別が酷く、人族以外に対する扱いがもっとも酷いことで有名なのだ。それが顕著に表れるのが、この王都ジルスだ。

 宮殿へと続く目抜き通りのあちこちで、貫頭衣に身を包んだ奴隷が荷揚げ作業を行っている。その奴隷も人族がせいぜい二割で、残りは亜人と獣人が占めている。額や腕、首と色々な箇所に奴隷紋が刻まれている。

 正直、見ていて気持ちのいいものではない。


「やっぱりカダツ村とはえらい違いだな……」


 カダツ村はバルティオ王国でも最南で、どちらかというと隣町より隣国のルーベンフィリオ帝国の帝都ルビリアのほうが近い。ルーベンフィリオ帝国は差別はあまりなく亜人国や獣人国とも上手くやっていて、カダツ村もその影響を強く受け亜人獣人に偏見はない。


「とりあえず明日に備えて宿でも探すとするか」


 北地区にある職業学校ヴェルシュルは明日の昼までに行けばいいしな。

 今いる南地区から職業学校ヴェルシュルは町の城壁に沿って作られている城壁通りからしか行けない。単純に十ギロメドル以上移動しなくてはならない計算になる。これは中心にある宮殿は当然通ることはできず、さらに町も東西南北に城壁を設け城壁通りを使ってしか他の地区には行けないようになっているからだ。他国に攻められた時に城壁通りを塞ぎ、各地区に侵入した敵兵を姦計に嵌めるためらしい。

 町の造りも糞みたいで嫌になる。


 適当に見つけた安宿に泊まって明日に備える。そこそこ早く出ないといけないからな。

 宿の店主に話を聞くと、早朝から北地区行きへの馬車が出ているらしい。この一〇日間ほどは職業学校ヴェルシュルへ行く学生が増えるからって理由らしい。でもこんな安宿に泊まる学生はいないって笑ってやがった。ほっとけ!





 ◆           ◆           ◆





 朝起きると、早朝の北地区行きの馬車は出たあとだった。

 店主曰く、早朝の便は一日一本しかないらしい。

 聞いてないと言うと『そりゃ言ってないからな!』とか言って豪快に笑いやがった。

 ひとまず一発ぶん殴ってから走って職業学校ヴェルシュルへ向かった。

 後悔はしてない。



 職業学校ヴェルシュル前にはかなりの人だかりができていた。軽く三〇〇人はいるだろうか。

 流石に差別が酷いと言っても亜人獣人もちらほらと混ざっている。

 何とか入学検査前には着いたようだ。


「あーあー、テス、テス。はい注目ぅ。私は今回の職業学校ヴェルシュル入学検査監督官のニルス・グローリーよぉ」


 職業学校ヴェルシュルの中庭に集められた学生(予定)の前に現れたのは、白衣を着崩し、いかにもやる気のなさそうな、眠そうな目をこちらに向ける女性だ。名前からして貴族なのだろう。集められた者の中にも当然貴族出身の奴はいるわけで、すんごい表情で睨んでいらっしゃる。


「まず最初に言っておくけどぉ、今お前たちはただの学生で身分の上下はないからなぁ。私は監督官であり職業学校ヴェルシュルの教師だからぁ。いくらこれから“職能証”イデンティフィカードで【貴族】やたとえ【王】が出ようと私ら教師には一切関係ないからぁ、そのつもりでねぇ」


 教師には一切逆らうなってことか。やる気なさそうな振りして首輪はつけておくんだな。


「では早速検査を始めるぞぉ。私の目の前に三つある神鉱石にそれぞれ並んでぇ。担当官が黒い“職能証”《イデンティフィカード》を配るから胸の前で両手で挟んで暫く待つんだぞぉ。熱を感じたら見てみろぉ。白くなっているはずだぁ。それでお前たち固有の“職能証”《イデンティフィカード》の出来上がりってわけぇ。あとは順番に神鉱石にカード差して、こういう風に手を添えて神鉱石が光ったら終わりだぁ」


 ニルスは人の背丈くらいの神鉱石の中ほどの位置にカードを差し、右手を神鉱石に添えるポーズを取っている。


「称号が判明したら担当官に筆頭称号にする称号のみを伝えるようにねぇ。その他の称号はカード上見えないようにしてもらって構わないわよぉ。見せたい者はいくらでも晒してくれても構わないけどね」


 ニルスは先ほどから睨んでいる貴族と思しき奴らに嘲けりの目で睨み返している。

 まぁあれだ。貴族連中なら【貴族】以外に【騎士】なり【魔術師】なり複数の自慢できるであろう称号を得易い。小さい頃から帝王学漬けだろうからな。奴らはそういう称号をこれ見よがしに晒しそうだ。


 先ほどまでは烏合の衆に過ぎなかった群衆がゾロゾロと列を作り出し綺麗な三列が出来上がる。俺は様子を窺う為にかなり後ろのほうに並ぶ。

 担当官が前から順番にカードを配っていき、受け取った者は先ほどの指示通り両手で挟んで白いカードを作り出していく。個人のマナを読み取ってんだろうな。

 俺も受け取り一〇秒ほど挟むとほんのり熱くなって白いカードに変っていた。


 列の前方では既に神鉱石での検査が始まっているらしく、いくつもの称号が聞こえてきた。

 大抵はありきたりな【料理人】【商人】【平民】【戦士】とかだけど、偶に【貴族】【魔術師】【舞踏家】なんてのも聞こえた。一人珍しく【召喚士】なんてのもいた。

 召喚か……やったことないけどできそうな気はする。

 自惚れてるわけじゃないぞ。


「次、出身と名前年齢」


「出身はカダツ村、名前はゼオリス、一五歳です」


「じゃあそこにカード差して神鉱石に手を置いて」


 言われた通りに手を置き光るのを待つ

 それにしても担当官の女性はぶっきらぼうだ。

 まだまだ若いのにそんなんじゃ男が寄り付かなくなるよ。







 ……担当官に睨まれた……








 頭の中に称号が浮かんでくる





【称号Ⅰ】勇者

【スキル】神聖魔術、天鳳剣術


【勇者】四〇〇年前の人魔大戦時に現れた人族最高峰の称号。

    未だかつてアーサー=ルーベンフィリオ以外に現れたことはない。


【神聖魔術】強化系、弱体化系、回復系、状態異常解除等を主とする光属性魔術。

      【英雄】【聖騎士】【僧侶】等の称号で一部扱える。


【天鳳剣術】アーサー=ルーベンフィリオが生み出した剣術。現在使える者は極少数に限られる。



 ………………いやいや、いやいやいやいや、これはヤバイだろ!?………………

 何だよ勇者って!!!!!!!!

 四百年ぶりとか勘弁してくれ!!

 こんなのバレたら絶対教会の連中に担ぎ上げられて自由なんてなくなっちまうよ!!

 次だ次!!!!!






【称号Ⅱ】魔帝

【スキル】六属性魔術、闇属性魔術


【魔帝】四〇〇年前の人魔大戦時に現れた魔族最強の称号。

    分裂していた魔族を纏め上げたヴァン=ヴァルスタールだけが唯一得た称号


【六属性魔術】火氷風土雷水の六属性を備えた魔術。魔族の上位者だけが扱える。


【闇属性魔術】魔族が得意とする魔術。精神系、死霊術など多岐に渡る。



 ………………はあああああああぁぁ???!!! 魔帝いいぃぃだとぉおお!?………………

 これ魔族限定の称号だよな? まだ人間やめてねえよ!

 何で人族の俺にこんな称号が出るんだよ! こんなの見られたら人族の敵になるだろうが!

 ダメだ! 次だ次!





【称号Ⅲ】大賢者

【スキル】精霊魔術、召喚魔術


【大賢者】四〇〇年前の人魔大戦時に現れたエルフの最強魔導師の称号。

     エルスディン=フリーディオが最初で最後の大賢者だと言われている。


【精霊魔術】大気のマナを使用し精霊と契約することで使える魔術。

      契約精霊の属性によって全ての属性を扱うこともできる。


【召喚魔術】異界の門を開き一定時間だけ従魔を呼び出すことができる。



 …………はいはい、今度は『エルフ』の最強魔導師ね! 俺そんなに美形じゃねえよ!!

 いくら人族にまだ友好的なエルフの称号だとしても、今度はエルフから敵視されるわ!!

 つうかさっきから何なんだよ! 人族以外の称号とか、俺絶対実験台にされるって!!!!

 もう何でもいいから人族の平凡な称号くれよ……【平民】【大工】【農夫】みたいなのがいいんだよ! 頼むよ次!!




【称号Ⅳ】奴隷商人

【スキル】奴隷術


【奴隷商人】奴隷術を使い、奴隷紋を刻むことによって対象者を奴隷にすることができる。


【奴隷術】対象者の同意を得て奴隷紋を刻むことができる。

     奴隷は主に逆らうことができない。

     奴隷紋を消すには主の血が必要になる。

     奴隷紋は奴隷が死んだ瞬間に消えてしまう。





 えっえっ? は? いやいや、これはないだろ?

 奴隷商人だよ? ちょっと珍しいってだけで人からゴミを見るような目で見られる称号だよ?

 ……はははっはっはっ……これはないわ。いくら人族の称号でも流石にないわ~。

 次行こう次!!














 ……………………………………………………ん?

















 ――――――――あれ? 何も浮かんでこないぞ?――――――――






「えーゼオリス君とやら、もういいか? 後ろも詰まってるしな。早く筆頭称号にするものを決めてくれないか」


 意識が戻ると担当者が早くしろと発破をかけてくる。

 ちょっと待って! 今ので全部だったらマジヤバイから!

 恐る恐る担当官に聞いてみる。


「い、今ので全部ですか?」


「神鉱石を見ればわかるだろう? もう光ってはいない。別に【盗賊】【海賊】が出たとしても【平民】を申請すればいい。【平民】でも別に恥ずかしいことじゃない。一割ほどは【平民】申請者だ」


 だからその肝心の【平民】すらないんだって!……

 暫く考え込んでいると、担当官がアレな人を見る目で俺を見つめてきた。

 そういうのやめてもらえます? こっちだって真剣に悩んでるんですよ?


「私は奴隷商人だ」


 隣から澄んだ声と共に耳を疑う言葉が聞こえてきた。

 隣を見ると端整な顔立ちのエルフの少女が立っている。

 少し釣り目がちのキリリとした表情は、可愛いというより美人と評したほうがしっくりくる。

 とりあえず、仲間発見?


「俺も奴隷商人で」


 担当官の顔が下衆を見る目に変わった……

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