ひと口のガスコンロ。

ヲトブソラ

ひと口のガスコンロ。

ひと口のガスコンロ。


 こんな狭い部屋に、こんなにも物が入っていたのかと感動をしてしまった。五畳半、部屋の半分はベッドだ。そこに二人掛けのソファとテーブル。わたしにしては頑張ったレイアウトだと思う。現在、ベッドとソファの半分以外には段ボール箱が積んであり、これが感動の原因である。さて、懸案はこれもまた狭いキッチンに置いた“ひと口のガスコンロ”だ。このコンロは備え付けの物ではなくて、引っ越してきたその日にホームセンターから背負って帰ってきた。謂わば、最初の友人だ。そして、彼なのか、彼女なのかは定かでは無いが、仮に彼とする君と共に過ごした時間はかけがえの無いものなのだ。しかし………、


「グリルがふた口付いたガスコンロがあるんだよなあ」


 わたしが引っ越す先には君より使い勝手の良い奴がいる。さて、困ったな。普通なら、さっさと複雑ゴミ等の回収券を買ってきているのだろう。しかし、思えば、君のお陰で料理をするようになったし、大学の友人を集めて飲み会をした時にも大活躍をした。恋人を部屋に招待した時には、君の火力に助けられて感動をさせたし、別れた時には泣きながらチャーハンを何度も作り、泣きながら食べたものである。就活、卒論、就職……目紛しく駆け回る日々の中で、状況の変化に追い付けなくても時間は待ってくれずに、追い詰められていく心を温かいお味噌汁やお粥でほかほかにしてくれたのも君だ。


「あー…、でも………君では満足出来なかった時もあったなあ」


 仕事が落ち着き始め、その時に出会った恋人の胃袋を掴んでやろうと計画した食事会は、計画が空回りしてしまって、結局、恋人の家からホットプレートを持ってきてもらった。君とホットプレートの両方を使い出来上がった料理を笑いながら二人で食べたのは、甘酸っぱくも恥ずかしく良い想い出だ。


 もし、君が言葉を話せるとして、これから先をどうしたいのか聞いてみたい。わたしとの関係をここで想い出として精算するのか、まだわたしと歩みたいと言うのか。


「君にはたくさん美味しい料理を作ってもらったのに、わたしは薄情者だなあ」


 ふた口のグリルが付いたガスコンロを持つ恋人は、まだホットプレートを持っているのだろうか。それを聞いてから決めようかな。あのホットプレートの性別を仮に彼女とする。もし、まだ彼女がいるなら、きっと、君と共同作業をした夜を忘れていないだろう。君は魅力的な火力を持つ、やさしくも熱い奴だからな。


 彼女と再会し、一緒に住めるのかもしれないね。



ひと口のガスコンロ。

おわり。

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