迷子の風船

西野ゆう

第1話

 遺失物。

 所有者の手を離れ、置き去りにされた物。

 打ちつける雨にも、駆け巡る雷光にも怯むことなく曇天の空をひとつ飛ぶ風船は、世の常識の中で異質な物でもある。

 稲妻が風船を襲う。

 薄い風船の膜の中で、電子がプラズマを生み光を放つ。

 完全に迷子になってしまった風船が、助けを求めているようだ。

「もう、ひとり立ちの時なのだよ」

 助けなどそうそうない。暗い窓にぼんやり映って見える者を諭すようにそう私が呟くと、異質であるはずの風船が、風景の一部になった。

 雨粒と風船がその数を競っている。

 ついには空が青くなり、多くの風船たちが当然のように舞いだした。

「迷子ではないのか」

 私はそう思ったが、最初に目にした風船は姿を消していた。それに気づくと、次々に他の風船も消えてゆく。

 迷子でも独りでもない。ましてや異質などでもない。

 空は風船の居場所なのだ。そして、私の所有者は私自身だ。

 遅れて落ちてきた稲妻に、私は貫かれた思いがした。

 片手でなんとか持てる重さのトランクに目を落とす。

 これを手にして飛び発つ私は、あの迷子の風船のように淡くとも輝けるのだろうか。

 私を形作るトランクを手に、雨で輝く道に踏み出した。

「異質でも構わないではないか。私は私なのだから」

 トランクは答えない。だが、少しだけ空色に輝いていた。

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迷子の風船 西野ゆう @ukizm

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