第614話 都市の代表

 炭鉱都市シロクの代表を探すのは難しくなかった。

 その辺の人に話を聞いたらすぐに分かったからだ。


 都市で一番大きな建物に住んでいるという情報を得てそっちへ移動する。

 移動中にアズが質問してきた。


「ここには領主様はいないんですか?」

「ああ。事前に軽く調べた限りそうみたいだ。王国に組み入れられる前から炭鉱をしていたらしくてな。安定供給することを条件に都市の代表が領主の代わりを務めることを許可されたと聞いてる」

「なるほど。ありがとうございます」


 次にアレクシアが口を開いた。


「珍しいわね。あ、そうか。下手に領主が重税を課して燃える石を掘る人間がいなくなったら王国が困るからね。税金をとるよりも燃える石を安定して供給してもらった方がよほど利益があると」

「そういうことだ」

「……今の状況はシロクにとってあんまりよくないのでは?」

「代表は頭を抱えているだろうな」


 エルザの意見に頷く。

 この取り決めは昔決まったこととはいえ、今も有効だ。

 もしこのまま鉱山の封鎖が続くなら炭鉱都市シロクの独立性は維持できない。

 まあそれは王国にとっても痛手なのだが……。


 誰にとっても一番いいのは以前と同じく燃える石を炭鉱から採掘し、売りに出すことだろう。

 都市の奥にある屋敷に到着した。


「ここか。王国の炭鉱王の家は」

「わぁ……大きな屋敷ですね」

「ご主人様の店より大きいかも」

「まぁ、それはそうだろう。相当な量の燃える石の取引を取りまとめをしているんだ。その元締めともなれば並の商人よりもはるかに金を持ってる」


 利権といってしまえばそれまでだが、本来は鉱脈が尽きるまで左団扇だったはず。

 羨ましい限りだ。昔金を出して権利の一部を買えないか考えたことがある。

 残念ながら手持ちの金では話にならなかった。


 呼び鈴を鳴らすと、使用人の女性が出てきた。

 ティアニス陛下の政務官であることを告げると真っ青な顔で通してくれる。

 気の毒なほどの様子だ。

 ビクビクとこっちの顔色を見ながら案内してくれた。


 扉をノックし、返事を待って開ける。


「どうした」

「王国の政務官がいらっしゃいました」

「むっ、お通ししろ」


 許可は得られたようで、部屋の中に案内された。

 部屋の中にいたのは中年の男性だった。

 頭は禿げているが身体は鍛えられており、つるはしを持たせたらよく似合う印象を持った。

 ただ心労が見え隠れしている。


「どうぞお掛けください。私はシロクの代表をしているキタンと申します。それで貴方はどなたでしょうか? 王都からは何も聞いておりませんが」

「私はヨハネと言います。貴族ではないのでそう畏まる必要はありませんよ。ティアニス女王陛下に政務官の役職を頂いておりますが、まあ雑用係だと思って貰えれば」


 用意された椅子に座る。アズたちにはいつものように立ってもらうことになるが仕方ない。

 そして身分を示すためにティアニス陛下から貰った政務官のバッヂを見せる。

 これは身分を明らかにするために用意してくれたものだ。

 貴族ではないと聞いて少しだけキタンがホッとしたのが見えた。


「ティアニス陛下の……それで政務官殿がわざわざ来られたのはやはり、燃える石の鉱山のことですか」

「まぁそうですね。王都はともかく地方都市では供給がほぼ滞っています。今はまだそれほど影響はありませんが、このままでは寒波が来た時どうなるかは分かりますよね?」

「それはもちろん。燃える石が最も重宝される理由は、安価で利便のいい暖房の燃料に使われることですから」


 少しの量で一夜の寒さをしのげる。

 魔法の恩恵がない庶民にとって、冬になくてはならない存在だ。

 最優先で備蓄される資材の一つといえる。

 手に入らなかったり、輸入によって高騰すればどうなるか。

 それが分からない相手ではないだろう。


「ここに来るまでに少し話は聞いてきましたが、詳しい話をお聞かせ願えますか」

「それは構いませんが……王都に協力して頂けると思っていいのですか?」


 暗にシロクのことをどうにかしようとしているのか? と聞かれているのが分かった。

 ティアニス陛下には手紙でなるべく穏便に解決しろと伝えられている。

 あっちはあっちでやることが山積みなのでシロクに割く余力はない。


「あくまで我々のみになりますが、全力でお手伝いできればと思います。冒険者の部下もいますし、多少のことならできますよ」

「そうですか……ではお話しします」


 声のトーンが少し下がった。

 苦々しい顔をしている。


「事の始まりは数ヵ月前になります。いつものように炭鉱夫たちが炭鉱に向かって燃える石の採掘を始めようとしたところ、入り口が岩で封鎖されたのです。幸い中に取り残された者はいないのですが、この岩のせいで炭鉱に入れなくなりました」

「取り除こうと思わなかったのですか?」

「何をしても歯が立ちません。恐らく魔法か何かで強化してあるんでしょう。不思議に思っていると、一人の女性が現れたんです」


 ガタガタとキタンの身体が震えている。

 顔が真っ青だ。


「薄着の女性で、どこかから迷い込んだのかと思いましたが、しかしそうではないことはすぐ分かりました。恐ろしい魔力を身に纏っていて、見られただけで寿命が縮むかと思いましたよ。敵意がなかったのにです」

「それがエルフと」

「はい。エルフなんて初めて見ました。炭鉱のある鉱山のずっと奥には大きな未開拓の森が広がっています。多少森林を切り開くことはありますがほぼ手つかずで、どうやらエルフはその森の奥地に住んでいたようで……彼女からの通告は一方的なものでした」

「なんて言われたのですか?」

「森の様子がおかしいと。炭鉱のせいだと言われました。ですが、我々だって採掘で自然に影響が出るのは分かっています。なので様々な対策はしていて、森に影響が出るようなことはしていません」

「だが聞き入れてはもらえなかった」


 キタンが頷き、大きく息を吐く。


「そうです。彼女曰く少し前まで影響はなかった。おかしくなったのは採掘を始めてからだと言われました。どうにもエルフにとっては我々の数十年はまるで昨日のことのような、その程度の認識の様で」

「影響と言うと具体的には?」

「森に膨大な量の蚊が出現したみたいです。ただの蚊ではなく、魔物化していてかなり危険だと。エルフは魔法でそれを抑えているようです。その原因となった炭鉱を封鎖すればいずれいなくなると言っていました」

「……それは本当に炭鉱が原因なのですか?」

「分からないとしか言いようがないです。確かなのはエルフはそう思っているということです」


 キタンは話し終わると力なく椅子にもたれかかった。

 心労で疲れきっている。




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