第615話 廃水処理

 それからエルフのいる場所を聞くと、キタンは話の終了を申し出てきた。

 エルフのことを思い出すだけで酷く消耗してしまうようだ。


「とにかく彼女に会うのなら気を付けて下さい。人間に敵意があるわけではなさそうでしたが、機嫌を損ねたら何をされるか。ああ恐ろしい」

「とにかく一度会って話をしてみます。その前に一度炭鉱周辺を確認してもいいですか?」

「ええ、もちろんです」


 話し合いは終了した。

 キタンはホッとした様子で汗をぬぐう。

 館の外に出て少し離れたところまで移動し、皆の意見を聞くことにした。


「どう思う?」

「あのキタンって代表が嘘をついてるんじゃないかって?」

「そこまでは言ってない。だが都合の悪いことは隠している可能性もある。なんせ利権の塊であるこの炭鉱都市を掌握してる大物なんだ。駆け引きなんてお手の物だろう」

「エルフねぇ。ある意味精霊よりも珍しいわ。姿を見たことのある人なんて殆どいないんじゃないかしら」

「北の大森林は天然のダンジョンみたいなものだからな。冒険者でも奥地に行くやつなんていない。そんなところにいたとは……」


 土竜や翼竜といった知能のない竜が徘徊しているような場所だ。

 命がいくつあっても足りないだろう。

 ダンジョンのように宝が手に入るわけでもない。

 そんなところにも集落があるが、あれは竜殺しのような規格外の人物がいるからだ。


「旦那様、話を聞いただけでは分かることも限られているのではないでしょうか。実際に確認しに行った方がいいかもしれません」

「そうだな。炭鉱夫が暇しているのは事実だし、罠という可能性も少ないか」


 オルレアンの言うことはもっともだ。

 自分の目で見たほうが早いだろう。


「こんな所にいるとは思いませんでした。ああでも隠棲するにはいい場所ですか」

「エルザはエルフに会ったことがあるのか?」

「はい何度か。小さいときに少し旅をしていて、その時に出会いました。ただ同じ人物かどうかは分かりませんが……」

「エルフが何人もいるとは思えないが、会えば分かるだろう。ただその前に炭鉱の確認をしておくか。本当に炭鉱が北の大森林に悪影響を及ぼしている原因だったのなら、それこそ説得なんて不可能だ」


 裏付けくらいはしておかないと、騙したなとこっちが悪者になるリスクがある。

 エルフと対立するのは避けたい。

 どれも伝承や噂だが、恐ろしい強さであるのは間違いないはず。


 封鎖されている炭鉱に移動する。

 聞いた通り、入り口は全て巨大な岩で封鎖されていた。

 軽く叩いてみると、まるで金属のような音がした。明らかに石の硬さではない。

 フィンが足で何度か蹴る。


「頑丈そうだけど壊れるか試してみる?」

「……やめておこう。それだけで敵対行為ととられるかもしれない」

「私の剣ならなんとかなる気はします」


 アズの頭を撫でる。

 隣でアレクシアが念入りに見ているのに気付いた。


「どうした?」

「エルフの魔法に感心してるのよ。この岩は土の魔法で作り出した土を固めたものなんだけど、密度が凄いの。それを魔法で圧縮することで普通の道具じゃ削ることもできないようになってるわ。素晴らしい技術と魔力よ。もし攻撃魔法だったなら……都市ごと無くなっていたかもしれない」

「それは……」


 アレクシアの言葉が本気なのがすぐに分かった。

 炭鉱都市シロクはそれほど大きな都市ではないし、防備も貧弱だ。

 魔物の被害もほとんどないのだろう。

 だがそれでも町ではなく都市なのだ。

 それを丸ごと吹き飛ばすなど、まさにあの火竜のような力を持っていることになる。


「ごめんなさい、ちょっと言い過ぎたかも」

「いや、魔導士からの視点は助かるよ。どうなるにせよ穏便に済ませた方がいいな。後は自然に配慮していると言っていたが……」

「あれのことじゃない?」


 フィンが指さしたのは巨大なため池だった。

 土を四角錐の形にくり抜いており、青く濁った水が溜まっている。

 ため池の周りの壁は土ではなく、石で出来ていた。これで地下や周囲に漏れ出すのを防止しているのだろう。

 魔法陣も設置してあり、思ったよりもしっかりしていた。

 ここに炭鉱からの坑廃水が集まるように設計されているようだ。

 アズは興味深そうに近寄ろうとしたが、悪臭のためすぐに後ろへと引っ込んだ。

 ハンカチで口を塞ぐように指示する。

 エルザがいるとはいえ……悪臭だけならいいが、危険なガスがあったら大変だ。


「酷い匂いです。どう処理しているんでしょうか?」

「中央に火の魔石が設置してあるわ。あれで温めて水だけ蒸発させてるようね」

「その水蒸気が魔法陣を抜ける時に余分なものを浄化してる感じですねー。底に不純物が沈殿してるのが見えます」


 実際に様子を見ていると、中央は常に水が蒸発しており蒸気は魔法陣で無害化されている。

 これはアレクシアの魔法で実際に調べてもらったので確実だ。

 有害なものは混じっていない。

 代表の言葉は本当だったようだ。坑廃水処理はしっかりしておりため池から溢れる様子はない。

 きっと流れる量を調整しているのだろう。


「でもこれ雨が降ったらどうなるの? 溢れるんじゃない?」

「魔法陣が雨を弾くようになってるわ。坑廃水も雨が混じらないようにパイプを通してあるし」

「ふぅん。適当な仕事をしてるわけじゃないのか」

「あの代表の言葉は本当だったようだな。少なくともこれが原因で悪影響を出すとは考えにくい」


 都市シロクの疑いは晴れた。

 次はエルフの言い分を聞きに行く番だ。

 ただの勘違いでしたで済んでくれればいいのだが……。


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