第613話 炭鉱都市シロク

 道中で遭遇した猪の魔物を解体し、付近にあった香草と共に煮込んで食べる。

 群れで襲ってきたので余った分は燻製にして馬車に積みこむ。

 シロクでは何が需要があるか分からなかったので、馬車の中身は甘味や保存の利く果物を積み込んである。

 最悪売れなくてもどうにかなるだろう。


 川でラバに水を飲ませてから調理器具を洗い、残りの道程を進む。

 新しい馬車は揺れが殆どないので長い旅になってもそれほど疲れないのが助かる。


「見えてきたぞ」


 地図を頼りに進み、ようやく炭鉱都市シロクが見えてきた。

 石壁の城壁で覆われており、無骨な印象がある。

 見張りも門番もおらず、門は開けたら必ず閉めるように注意書きがあった。

 どうやら出入り自由で税金も払う必要はないようだ。


 恐らく身一つで出稼ぎにくる労働者を受け入れるためだろう。

 炭鉱で働く人間は一人でも欲しいはず。


 門の中に入ると、多くの長屋が目に入った。

 家の前で洗濯をしたり煮炊きをしたりしている。

 集団生活に近い。どうやらこれがこの都市の在り方のようだ。


「それで、シロクに着いたのはいいけどこれからどうするの?」

「誰か捕まえて情報が欲しいところだが……俺たちは部外者だからな。どうにも目立つ」


 早速ジロジロと見られているのが分かった。

 炭鉱都市だけあって男が多く、女所帯のうちは目立って仕方ない。

 あくまで目的は燃える石の調査で、商売に来たわけではない。

 変に目立つのはトラブルの元だ。


「あそこ、酒場じゃないですか?」


 アズが指さした建物を見るとビール樽の絵がでかでかと掲げられている。

 何とも分かりやすい。


「酒場のマスターなら何か知ってるかもしれないな。行ってみよう」

「分かったわ」


 酒場の前で馬車を止め、ラバを繋ぐ。

 扉を開けて中に入ると昼間にも拘らず多くの客でにぎわっていた。

 妙だな。

 客はいずれも体格がよく、作業着を着ていた。

 つまり炭鉱夫の人たちだ。


 酒を飲めば炭鉱での作業などできないはず。

 これだけの人数が非番とも思えない。


「いらっしゃい」


 布巾でコップを磨く酒場のマスターが不愛想に出迎えてくれる。

 あまり歓迎はされていないな。

 余所者が何をしに来たのか探りに入れている感じだ。


「人数分のミルクを貰えるかな」

「ここは酒場なんだが……」


 そう言いながらもすぐに用意してくれた。

 口をつける。

 癖が強い、山羊のミルクだ。


「賑わってるね。今日は炭鉱は休みなのかな」

「ここしばらくずっとだよ。おかげで大忙しだ。おたくは商売でもしにきたのか?」

「そういうわけではないんだが」


 さて、どうしたものかと考える。

 役人がこの都市にとってどう思われているのか分からない。

 もし敵視されているとしたら、身分を明かしたらまともに情報を手に入れるのも難しくなるだろう。

 一旦伏せておく方がやりやすいか。


「燃える石が手に入りにくくてね。ここに来れば仲介してくれないかと思って」

「またか。残念だがそういうことならさっさと帰った方がいい」

「どうしてだ? ここは王国一の産地だろう?」

「今鉱山は全て出入りできなくなってるんだ。だから仲介しようにも在庫がないのさ。皆頭抱えてるよ」


 鉱山の出入りができない。

 つまり燃える石の採掘が止まっている。

 産出の大部分を支えているシロクの鉱山全てが、だ。


 周囲の客もよく見ればなんというかどんよりしている。

 やることがないから仕方なく酒を飲んでいるという感じで、騒ぐ客もいない。


「他所から来たんなら何か運んできたりしてないのか?」

「猪の肉と果物ならあるよ。それとあまり多くはないが菓子類だな」

「よければうちに売ってくれないか。そうしたら色々と教えてやってもいい」

「そういうことなら」


 アレクシアとフィンに馬車の荷物を持ってきてもらう。

 途中で二人の尻を触ろうとした客がいたが蹴り飛ばされていた。

 あわや喧嘩になるかと思ったが、蹴り飛ばされた男は不貞腐れたように飲み直していた。

 どうにも覇気がない。

 荒くれ者が多いのではと思っていたのだが。


 酒場のマスターは全部買い取ってくれた。

 定期便で物資自体は不足してないらしいが、果物なんかは貴重らしい。

 猪の肉もメニューのマンネリを防げるとか。


「それで、どうしてそんなことになったんですか? ここは鉱山が主要産業でしょう?」

「そうさ。ずっとそれでやってきた。仕事に誇りを持ってる連中ばっかりだ」


 本来なら昼間から飲み潰れるような人たちではないと暗に言っている。


「鉱山が枯れたわけじゃない。ここら一帯の山は殆どが燃える石の鉱床と言われてて全部掘り出すのははるか先の話だ」

「なにか事故でも?」

「いいや。……エルフ様の怒りをかっちまったんだ」

「エルフ!?」

「声が大きい」


 エルフ。

 亜人種の中でも極めて珍しく、そして数が少ない種族だ。

 美しい外見を持ち、人間とは比べ物にならないほどの長寿と言われている。

 魔法に長けており、精霊とも意思疎通できる。

 そのため一人でも小さな軍に匹敵する力があると聞いたことがある。


「ある日エルフ様がこの都市を訪れて、一切の採掘を止めるように言ったんだ。もちろんそんなの飲めるはずがない。断ると鉱山の入口を物理的に封鎖しちまった」

「封鎖した理由は?」

「生態系の乱れを誘発したとよ。だがこの都市で採掘を始めてからもう何十年も経ってるんだ。今更な話だよ」


 エルフが鉱山を封鎖してしまい、どうにもならなくなっているようだ。

 争おうにもエルフにはとても勝てず、どうしたものかと今の状態らしい。

 都市の代表が交渉してはいるようだが、あまり芳しくないとか。

 酒場ではこれ以上の情報は得られなかった。

 詳しいことを知るには都市の代表と会う必要がある。


「あら、ダメですよ」


 酒場から出ようとした時、エルザの尻に触ろうとした男が笑顔で投げ飛ばされていた。

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