第612話 肩書を使い分ける

「それじゃあごちそうさまー」

「ちゃんとご飯を食べて下さいよ。ラミザさんを色々と頼りにしてるんですから、また倒れられたら困るので」

「分かってるってば。心配性なんだから」


 食事を終えて元気を取り戻したラミザさんを見送る。

 あの様子ならもう大丈夫だろう。

 アズたちがデザートのプリンを食べている間に猫の手亭の帳簿を確認する。


 飲食部門は右肩上がりだ。食券制度や様々な工夫が功を奏している。

 意外なのは宿泊部門も緩やかに数字が上がっていたことだ。

 宿の方は冒険者や旅人向けに安く提供しており、経費を差し引いて少し黒字になれば十分だと思っていたのだが……。

 ここ最近は個室まで常に埋まっているので十分な利益をあげていた。


「そんなに客が来てるのか? 宿のサービスは並だよな?」

「だと思います。特別なことはしていませんが、弟が掃除が好きなので清潔さには自信がありますし、食事付きが人気ですね。ただ最近はそもそも満室で断るほどお客さんが来てて」

「意外だな」

「宿泊客と話をすると王都から移動してきた人が目立ちますね。大きな事件があったとかで」


 どうやら王都から一時的に避難してきた人が宿を利用しているらしい。

 宿代が安いから長期滞在の需要を満たしているようだ。

 その発想はなかったな。


「燃える石の需要が多いのはそういうことか」

「はい。肌寒い日には燃える石を使った保温具をレンタルしたいって人もいるので地味に消費します。夏になればそれほどだと思いますが、その後の冬は結構必要です」

「冬は毛布じゃ冷えるからな……」


 安価な暖房として砕いた燃える石は昔から使われてきた。

 冬の風物詩ともいえる。


 帳簿をカズサに返し、猫の手亭を出た。

 宿をカズサに任せておけば繁盛し続けるだろう。

 彼女には商売の才能がある。

 数字に強く、工夫をする熱意があった。

 運び屋と違って頑張った分が稼ぎになるというのも大きいのだろう。

 アズの友人ということもあって信頼して任せたが正解だったな。


 店に戻り、早速カイモルと話す。

 だが事態は思ったより深刻だった。


「ちょっと前から国内の供給は半分以下になってます。その上国が大部分を確保するので、残った分の奪い合いですね。だから冒険者組合の依頼も燃える石の買取が複数出てるほどです」

「今の時期にか。うちの仕入れはどうなってる?」

「他国から仕入れてるルートに燃える石も追加してもらってます。高く売れるので仕入れ値は問題ないんですが、嵩張るし重いのであまり沢山は仕入れられないですね」

「多少は手に入ると。付き合いはしておくもんだな」

「ですね。優先的に回してくれてます」


 どうやら王国内でだけ燃える石が極端に手に入りにくくなっているようだ。

 ピッケル片手に冒険者が炭鉱夫になっているなんて笑い話もあるらしい。

 ラミザさんに少しだけ融通するように指示する。


 そこに工房のおっさんが尋ねてきた。

 どうやら燃える石を受け取りに来たようだ。


「どうぞ」

「悪いな、取り置きしてもらって」

「いえいえ。昔からの付き合いなので」

「助かるぜ。お、ヨハネの坊主がいるなんて珍しいな」

「ここは俺の店ですよ」

「そんなこと言って最近全然いないじゃないか。あの嬢ちゃんの武器、手入れにまた持って来いよ」

「伝えておきますよ」


 ガハハと笑いながらおっさんは立ち去っていった。


「早く燃える石の供給が復活したらいいんですけど……」

「どこかが買い占めてるのか、あるいは出し渋ってるのか?」

「買い占めって感じじゃないですね。取次に在庫が全然ないんですよ。だからもっと大元の鉱山が原因だと思いますよ」

「鉱山か……商人は取り決めで干渉できないんだよな」


 燃える石の鉱山から直接買い入れすることは許可されていない。

 生活必需品であり、軍事産業の要でもあるため不当な買い叩きを防ぐ目的で王国に導入されたものだ。

 だから本来ならどうすることもできないのだが、国王の秘書官という立場なら話は別だ。

 王国に不利益があるという建前があれば原因を調査するくらいは可能なはず。

 せっかく貰った肩書だ。少しくらい使わせてもらおう。

 私利私欲に使うわけではないので問題ないはず。

 早速ティアニス陛下向けにその旨を手紙にして送る。


 ポータル経由で数日後に戻ってきた手紙には許可するとあった。

 どうやら王城でも議題に上がったらしく、ちょうどよかったらしい。


 王国内で燃える石の最大の産地はたしか……都市シロクの鉱山地帯か。

 ここから北へ移動した場所にある。

 以前竜殺しに世話になった集落に近い。

 あの時は冬真っ盛りで凍える思いをしたのを覚えている。

 今の時期ならそれほどではないだろう。


「というわけでこれから都市シロクに移動する。十分休養はできたか?」

「はい、元気いっぱいです!」

「都市シロクってどういうところなの?」

「典型的な炭鉱夫の都市だ。昔は集落程度の規模だったが、燃える石の巨大な鉱脈が発見されてからは瞬く間に大きくなったらしい。王国の炭鉱王と呼ばれる男が仕切ってる」

「ああ、そういう場所ね」

「燃える石の調査に行くんですね?」

「そうだ。商人としてもこの事態は見逃せない。供給が滞ったままじゃ冬を越せない人が出てくるぞ」

「ふふ。優しいんですね」

「機会損失だと言ってるんだ。そういうんじゃない」


 慈善事業をするつもりはない。

 売れる相手に売れる物を、だ。


「あんまり面白くなさそうだけど、家にいるよりはいいか」

「私もついていっていいですか? 鉱山を見てみたいです」

「勿論だ」


 都市シロクにはポータルはない。途中までポータルを経由しても数日かかるので馬車を利用して移動することにした。



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