第611話 燃える石の枯渇

 結界の外に出ると神殿は再び不可視の状態に戻る。

 周囲には畑が広がり、ヨハネたち以外は畑仕事をしている人の姿があるくらいだ。

 こんなところに精霊石があるとは誰も思うまい。

 仮に盗もうとした者がいたとしてもエルザとアレクシアが用意した結界はそう簡単には解除できないし、なにかあればすぐに分かるようになっている。


 アズはさきほど土の精霊の加護を得たようだが、特に変化はない。

 いつも通り元気そうだ。

 じっと見つめるとアズが気付いてこっちを向く。


「ご主人様、どうかしましたか?」

「いや、今更だが使徒の力や精霊の加護に負担とかはないのか? 今アズには三つの精霊の加護があるんだろう?」

「特に何か変わったような気はしないですね。力が湧きだすような感じはありますけど」

「普通に過ごす分には問題ありません。精霊が力をセーブしてますから。使徒の力はアズちゃん次第ですが……経験と魔物狩りで鍛えた今のアズちゃんなら耐えられますよ。土の加護が使えるほど馴染むには少し時間がかかりますし」

「ならいいんだが」


 美味しい話には多くの場合裏がある。

 精霊の加護はいいことばかりあるようだが、何らかのリスクだって考えられる。

 だが詳しいエルザがそう言うのだから、問題はないのだろう。


 これで後は風の精霊の加護があればコンプリートだな。

 もしそうなったらどうなるのだろうか?

 アレクシア曰く、四大精霊の加護を受けた人間は超常の力を得ると言われているらしい。

 だが実例がない。実際にそうなってみないと何も分からないということだ。


 ルーイドは現状維持で問題なさそうだ。

 改革の効果もあってきちんと運営されている。

 土の精霊石のお陰で豊作は約束されたようなものだ。


 ルーイドからカソッドへ戻り、ラミザさんの店に顔を出す。

 するとラミザさんは実験室で床に突っ伏していた。

 何事かと思い慌てて近寄って抱き上げると、腹の虫の音が聞こえてくる。


「お腹空いた……ひもじい」

「何をやってるんですか貴女は」


 どうやら実験に熱中するあまり食事を抜いて作業していたらしい。

 そして空腹で動けなくなって床の上で転がっていた。

 錬金術師として研究熱心なのはいいことだがこれはやりすぎだ。

 貧乏で食べ物がないわけではない。それどころかこの人はカソッドでも有数の金持ちだ。つまりただのものぐさの結果である。

 ホムンクルスや使役している妖精がラミザさんの様子にオロオロとしていた。


 とにかくこのまま放置しておけない。

 店の中には食料がなかったので外に連れ出すことにした。

 家に戻っても買い物もしていないし……、猫の手亭に行って外食するか。


 ラミザさんを背負って猫の手亭へ移動する。

 スタイルはいいのに思ったよりも軽い。

 普段からちゃんと食べているのだろうか。


 猫の手亭はピークの時間が過ぎてゆったりとした時間が流れていた。

 これなら長居しても問題なさそうだ。

 カズサが厨房からこっちに気付くとすぐに近寄ってきた。


「オーナー、いらっしゃい」

「相変わらず繁盛してるみたいだな」

「うん。ありがたいことにずっとお客さんが絶えないよ」

「そりゃいい。奥の席を使わせてもらうよ」

「はーい。注文決まったら呼んでね」


 カズサに奥のテーブルに案内される。

 ここなら他の客の話し声も聞こえにくい。

 とりあえず色々と注文を済ませてまず食事をしよう。


 テーブルの上に溢れんばかりの料理が並べられた。

 ここはもう軽食どころかちゃんとしたレストランになってきたな。

 ラミザさんはナイフとフォーク片手にひたすら食べ続けた。

 まるで食いだめでもするかのようだ。

 もしかしてこの人、食事の時間を研究に充てるために食べれるときに食べているのか?


 しばらく食事に集中し、一服する。

 ラミザさんの顔にも生気が戻っていた。

 本当にただの空腹だったようだ。


「はぁ、お腹いっぱい。最近は時間の節約でパンだけ齧ってたから油が沁みるね」

「そんなことばかりしてたら体を壊しますよ。もう若くないんだからちゃんと食べないと」

「君もいうようになったわね。美容には気を使ってるから外見には自信があるんだけど」

「確かに見た目はずっと前から変わってませんが……。それで何を研究してたんですか?」

「うーん、燃える石の代用品を作れないかなと思って」

「燃える石の代用品を? ラミザさんなら買った方が早いでしょう」

「そうもいかないんだよ。なんせ燃える石がどこにも売ってないんだよね」

「高いのではなく手に入らない? 妙だな。最近製鉄の影響で値上がりはしてたけど流通してないほどでは」


 燃える石は生活必需品だ。

 特に冬は暖房に使われる。なので王国の政策で国民に行き渡る様に燃える石の割り振りは決まっている。

 戦争の準備で値上がりはするだろうが、手に入らないのはおかしいのだ。

 もし何かあったとすれば、それは恐らく供給元の鉱山だろう。


「うちもあまり手に入らないですよ。オーナーのお店から少量卸してもらってますけど、手に入りにくいみたいです」

「色々手広く仕入れてるからな」


 カズサの方も苦慮していたようだ。


「私にも回せない? 実験で使うから欲しくてねぇ」

「カイモルに言っておきますよ」

「やった」


 ラミザさんは喜んだ。

 燃える石といえば以前アズに掘らせに行ったことがあるな。

 懐かしい。

 いくら燃える石が値上がっているとはいっても、今同じことをしてもそれほど稼げないからやらないが。

 そう考えるとアズたちと一緒にかなり稼げるようになったんだな。


 しかしティアニス陛下のところで働いていた時はそういう話は聞かなかったのだが……。

 地方は後回しにして王都に優先して供給していたのかもしれない。

 だとしたら燃える石は地方では枯渇している可能性がある。

 冬はまだ先の話だが、この状態で冬を迎えたら暖をとる手段が減って大きな問題になる。

 下手したら寒さで死人が出るぞ。


 ちょっと調べる必要があるな。


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