第610話 土の加護
久しぶりに我が家に帰ってきた。
せっかく改装が終わったのに全然過ごせていなかったな。
店の方は問題なく運営されていた。
宿を任せているカズサも元気にやっているようだ。
「わ、埃が積もってる……まず掃除しますね」
「アズ様、私も手伝います」
「皆でやった方が早いわよ」
王城に滞在する期間が長くて、たまに戻って家が傷まないように風通しをするのが精一杯だった。
なので少しばかり掃除が必要になっている。
帰ってきて早々だが大掃除をすることにした。
まず役割分担をして、エルザとフィンにはシーツや毛布を干してもらう。
アズとオルレアンは雑巾を絞って拭き掃除。
残ったアレクシアと共にはたきを使って埃をとる。
六人で分担すると思ったより早く終わった。
体も動かせて、むしろ気分がいいくらいだ。
掃除が終わって休憩している皆に甘いものでも振る舞うか。
「アズ、ちょっと手伝ってくれ」
「分かりました」
アズと共に台所に移動する。
ちょうどフィンが食べ物を探しに来ていた。
箱に入った林檎を一つ手に取り、齧っている。
「これちょっと酸っぱいわね」
「そういう品種だ。甘いのはもうちょっと待たないと。だがアップルパイにするには酸っぱい方がいいんだよ」
「そうなの? そんなに食べたことないからなぁ」
フィンの言葉で何を作るのか決めた。
酸っぱい林檎が美味しくなることを教えてやろう。
「じゃあアップルパイを作ろう。どうせなら手伝っていくか?」
「別にいいけど」
「フィンさん、一緒にやりましょう」
三人でアップルパイを作ることにした。
リンゴの皮むきとスライスはナイフの扱いに長けているフィンに任せる。
生地をアズと一緒に作り、三人で飾り付けてオーブンに入れた。
「アレクシア、ちょっと火をつけてくれ。魔石の魔力が空なんだ」
「そういえば魔力の補充もしてなかったわね」
アレクシアの魔法でオーブンに火が入る。
すると香ばしい匂いが漂い始めた。
オルレアンとエルザも気になったのかこっちまで様子を見に来る。
「甘い匂いがする。本当にこれってあの酸っぱい林檎で作ったの?」
「火を通すと酸味が変わるんだよ。ジャムにしても美味しいぞ」
「不思議ね」
興味深そうにアップルパイが焼き上がるのをフィンが眺めていた。
出来上がったのでオーブンから取り出して六等分にカットする。
大きめに作ったので一切れでも十分なサイズだ。
そこにホイップクリームを添えたら完成。
まぁ、うちの連中からすると全然足りないので追加をオーブンに入れたのだが。
コーヒーを用意して全員で食べる。
見事に気に入ってくれたようでお代わりが連発し、四回も追加で焼くことになった。
「それで、これからどうするの? またあのお姫様の手伝いでもするのかしら」
一息ついたタイミングでアレクシアから質問される。
「いや、あっちはあっちでしばらく頑張るってさ。あんまり頼りっきりになるのもどうかって話だ。まあいざとなったらすぐに呼ばれるだろうが」
「今更だと思いますけど……」
「私はお役に立てて楽しかったです」
「まあいい勉強にはなったよ。それでこれからだが、ひとまず現状把握からだな」
帝国との商売は確認したかぎり特にトラブルなく動いていた。
まあ原料の一部輸送とライセンス契約が主なので心配するほどではなかったか。
向こうでの再現も上手くいっているらしい。
石鹸も香水も庶民にも人気が出始めているらしく、しばらくはブームになるだろうとのことだ。
鉄鉱石の輸入も続いている。
現状王国では鉄はいくらあっても足りない。
むしろ鉄を加工するための燃える石が足りてないくらいだ。
燃える石に関しては王国にも鉱山があるのでそっちから仕入れているはずだが……。
気にしておこう。
「ルーイドで土の精霊石の確認をしておくか。あそこの食料生産は当てにしてるんだ。なにかあったら計画に影響が出る」
「いいですね。私も気になってました。ルーイドほどの穀倉地帯で力を蓄えていたならそろそろ変化があるかもしれません。それと……」
エルザが恥ずかしそうに皿を持つ。
「お代わり、お願いします」
次の日、早速ルーイドに移動してきた。
ここはいつ見ても変わらない。働いている人たちものどかなものだ。
色々な改革や販路の拡大でかなり収入も増えたはずだが、贅沢している様子もない。
挨拶を交わしながら土の精霊石を安置している場所へ移動する。
結界で隠された小さな神殿を進むと土の精霊石があった。
前は小石ほどの大きさだったのに、今は拳大のサイズになっている。
「やっぱり。ここは土も良いし作物の豊穣の影響があると思ってました」
エルザは台座から土の精霊石を持ち上げる。
「精霊の息吹を感じます。完全な精霊に戻るにはまだ時間がかかりますが、加護を借りるくらいはできそうですよ。アズちゃん、こっちに」
「なんですか?」
アズを呼び寄せたエルザは、アズの額に土の精霊石を引っ付けてなにやら呟く。
土の精霊石が反応し、そこから小さな土の人形が現れた。
しばらくアズを見つめた後、そっとアズの右目に移動する。
「三体目の精霊の加護がアズちゃんに宿りました。扱うのはまだ難しいと思いますが、アズちゃんの使徒としての力が増していけばいずれ使えますよ」
「確かに、何かが宿ったような満たされたような感じがします」
アズは両手をじっと眺める。
見た目には特に変化はない。
「ねぇ、それって私にも加護が付いたりしないの?」
フィンがエルザに尋ねる。
「うーん、アズちゃんみたいに使徒の器を継承していない場合は精霊の加護は属性の相性に左右されます。フィンちゃんの場合は……風の属性が強いので難しいかも」
「試しにやってみてよ」
「いいですよ」
土の精霊石から再び小さな人形が現れる。
フィンが近づく。小さな人形はフィンを一度見たが、無視してエルザのメイスに移動した。
「あら、私の方に来たみたいですね。一応私は土の属性と相性が良いので」
「ならいいわ。風の精霊なら相性が良いのよね?」
あらあら、という感じでエルザがフィンに伝えた。
フィンは面白くないという顔をしたものの、受け入れる。
「かなり相性が良いですよ。アレクシアちゃんが火の精霊から貰っているような、強い加護を受けれると思います」
「あっそ」
風の精霊か。
精霊石はあるものの、土の精霊石とは違い魔力の補充が課題となっており目処が立っていない。
フィンはより力を求めているのだろう。
焦るなと伝えたいが、性格からして聞き入れないだろうな。
土の精霊石は元の台座に戻す。
豊穣のためにもここに置いておいた方が良い。
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