第607話 スパルティアの戦士長
ユーペ王女は身嗜みを整えるために一度退室していく。
それを待つ間に各国の来賓に会議室に集まって貰うことにした。
説明のためにわざわざ帰国を遅らせてもらっているので、ここできちんとした対応ができなければ対外関係に影響してしまう。
「皆様お集りになりました」
「ご苦労さま。ユーペ姉さんは?」
「準備は終わっております。すぐにこっちにお越しになられるかと」
メイドがティアニス陛下に報告する。
「お待たせ」
その言葉と共にユーペ王女が入ってきた。
素材を活かすようにナチュラルメイクを施し、ドレスアップした姿はたしかに王国を象徴する美しさといってもいいほどの輝きを放っている。
白いドレスに金細工のヘアアクセサリー。
ルビーのイヤリング。
傷を隠すための首の黒いチョーカーですらワンポイントになっていた。
正装しているティアニス陛下やアナティア嬢だって十分奇麗に着飾っているのに、主役はまるで彼女のようだ。
カツンとヒールの踵で床を叩き音を鳴らす。
まるで主役のようだ。
「さ、行きましょうか」
「なんでユーペ姉さんが仕切ってるのよ……」
会議室へと移動し、扉を開けると椅子に座った各国の使者が一斉にこっちを見る。
思わず唾を飲み込んでしまうほどの重圧を感じた。
見定めようという視線を感じる。
チラリと隣を見ると、ティアニス陛下はやや緊張していたもののアナティア嬢とユーペ王女は普段通りだった。
こういう場に慣れているのだろう。
「お待たせした。御足労頂き感謝する」
ティアニス陛下の声と共に各国の使者も椅子から立ち上がり、一礼する。
どれほど若く、即位したてでもティアニス陛下はデイアンクルの王だ。
使者である彼らよりも立場は上である。
それを認めているということだ。
再び全員が着席し、会議が始まる。
「できれば早く終わらせて帰していただきたいところですがね。何分忙しい身ですので」
帝国の使者として再び訪れていたイーデリーの言葉だった。
「こっちもそのつもりです。この話を終えたらこれ以上引き留めるつもりはありません」
「それはなによりです。陛下」
ティアニス陛下、アナティア嬢、ユーペ王女の三人が席に座る。
……一部はたしかにユーペ王女へと視線を送っているな。
それほど人気があるのか。
当の本人は微笑んでいるだけだが、それだけでも効果はあるらしい。
「宰相が昨日代わりましたので皆様にお知らせしておきます。以後宰相として進行はこのアナティア・デイアンクルが務めますのでよろしくお願いします」
アナティア嬢の口から先日の太陽神教の襲撃について説明する。
それと併せて魔道具の使用についても適切だったことを述べた。
「王都にやつらが来れば皆様の安全にも関わるので使用させてもらった。これは我が国の安全保障上必要だったことであり皆さんにも理解をして頂きたい」
「あれが王国の至宝ですか。噂には聞いていたものの長年使用されていなかったようですが、なにか理由でも?」
「単に今まで王家の判断で使用されてこなかっただけのこと。国を守るためならば使用に制限はありません」
「襲撃者が太陽神教である証拠はありますか?」
「彼らの鎧や持ち物から判断しました」
「捕虜は? わが国では太陽神教の影響は未だ大きい。できれば直接聞きたいものですが」
「……捕虜はいません。報告によれば投降には応じず、文字通り死ぬまで襲ってきましたので」
会議室内でどよめきが広がる。
太陽神教の影響が強い国では未だに協力関係にある。
にわかには信じられないといったところか。
「太陽神教に対して色々な見解があるのは存じております。ですが彼らは王国内で貧困層を中心に巡礼と偽って拉致や誘拐をしていたことが明らかになっており、その数は相当なものになります。皆様の国でももしかしたら覚えがあるのでは?」
「スラム街や貧困層の支援に対して熱心だったのは確かだが……」
「むぅ」
太陽神教は長年無償で炊き出しや治療を行ってきた。
それで最も恩恵を受けるのは貧しい人たちだ。
多くの国では自分たちの手間が省けるからとこれ幸いと押し付けてきた部分でもある。
王国も同じだ。正体を現すまでは大きく依存していた。
「国に戻ったら調べることをお勧めします。太陽神教は我が国にとって敵となりました。恐らく皆様にとっても」
「だがしかし……」
「協力しろとまでは申しません。ですが、理解していただきたいのです」
どこかの国が太陽神教と手を結び、もし後ろから攻められたら王国は終わりだ。
それは防がなければならない。
「帝国は王国を支援しますよ。なんせ太陽神教は皇帝陛下の暗殺まで目論んでいましたからね。もし国境が接していたら我々が滅ぼしていたでしょう。とても残念です。矢面をお任せする代わりに支援と後ろは任せてもらいましょう」
「ご理解いただきイーデリー大使には感謝します」
以前話した通り帝国が協力を表明すると再びどめよきがひろがる。
大陸最大最強の国家である帝国がそうするならば、と考える国も多い。
少なくとも敵対したいとは思わないだろう。
今の言葉で太陽神教を調べようと思った人も多いはずだ。
上手く共同戦線を張れればいいのだが。
「少しよろしいかな?」
ずっと黙っていた奥の人物が手を上げる。
「どうぞ。スパルティアの戦士長ダーズ・アラーニー殿」
以前コロシアムに行くため、スパルティアへ赴いた際に出会ったスパルティアの戦士長がそこにいた。
あの時とは服装が違うので気が付かなかったが、間違いない。
立ち上がると分かる。他の使者と比べて体格が明らかに大きい。
スパルティアでは強い戦士ほど偉いという考え方がある。
なので戦士長は国の重鎮も兼ねているのか。
「知っているかもしれないが、我々スパルティアは太陽神教には迎合していない。それは我らが神であるバルバロイ神の存在があるからだ。バルバロイ神はかつて盟友であるオスカー神と共に太陽神と戦ったことがある。その時の戦いで生まれた魔物の穴を抑えるためにスパルティアの地にて眠りについている」
「スパルティアの神話ですね。聞いたことはあります。こうなる前はおとぎ話の類かと思っていましたが……」
「事実だ。デイアンクル王家はイザード王以降は腑抜けた王が続いていたので正直興味はなかったのだが、ティアニス陛下のあの一撃は素晴らしかった。自らの身を顧みず行ったあの行動は称賛に値する」
「それは……どうも」
嘘偽りない賞賛にティアニス陛下は少し照れたように返事をした。
「我々は自ら戦う者にこそ敬意を払う。もし我が国の力が必要ならばその時は必ず協力しよう。これはスパルティア王の言葉と思って貰って構わない」
「もっとも優れた戦士の国にそう言ってもらえるのは心強い。その申し出に心から感謝します」
「以上だ」
ダーズ戦士長は椅子に座る。
その際に視線が合った。
フッと笑ったので会ったことを覚えているようだ。
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