第608話 会議の終わりに
短めの会談を終えると、少し時間をとって各国の情報交換の場となった。
その中で最も多くの人を集めているのはユーペ王女だ。
あっという間に囲まれていた。
話の内容は事前に決めた当たり障りのないものばかりになっている。
愛想笑いと中身のない話だけでこうも人気があるのか。
もし中身が伴っていたらと思うと少し恐ろしい。
時間が経つ毎に使者は帰国のため退室していく。
その中でダーズ戦士長がこっちにきた。
「久しいな」
「お久しぶりです。その節はありがとうございました」
「気にするな。あの程度のことはたいしたことではない。しかし見ないうちに随分と……」
ダーズ戦士長はアズたちを見る。
真剣な眼差しだった。
「司祭殿以外は素晴らしい成長を遂げたようだな。以前とは比べ物にならない覇気を感じる」
「分かるんですか?」
「無論だ。私は日々スパルティアの戦士たちを見ている。成長した戦士は見違えるものだよ。良い経験をしたのだな」
どうやら彼にはアズたちがしてきた経験が分かるらしい。
さすがというべきか。
「今戦えばもしかしたら後れを取るかもしれんな」
「そんな。戦士長様には勝てませんよ」
「私はパス。前衛は本職じゃないもの」
「私も。スパルティアの戦士との相性の悪さはコロシアムで嫌というほど味わったから」
アレクシアとフィンはダーズ戦士長の言葉にそう返す。
アレクシアならもしかしたらと思うのだが、無理強いはできないか。
「ふふ。まあ難しいだろうな。なんせ、特にアズ君とは本気で戦えば命のやりとりになってしまいそうだ。あの頃にはなかった圧倒的な気配が君に宿っているのを感じるぞ」
圧倒的な気配とは精霊のことだろう。
アズ自身の成長も著しいのだが、精霊の力によって更に上乗せされている。
本気を出せば凄まじい力を発揮できるのだ。
ダーズ戦士長と話していると、ティアニス陛下にツンツンと肘で腹をつつかれる。
「いつまでも話してないで私たちに紹介しなさいよ、気が利かないわね!」
小声で怒られてしまった。
王という立場だから気軽に動けないのか。
この辺の塩梅が難しいな。
「ダーズ戦士長。改めて、こちらがティアニス女王陛下とアナティア宰相です」
「王位継承後に会うのは初めてですな。即位おめでとうございます。ティアニス陛下」
「ありがとう、ダーズ戦士長。スパルティアでの活躍はここまで届いております。協力の申し出に感謝しますわ」
ティアニス陛下は両手でスカートを持ち上げ、カーテシーを披露する。
堂に入ったものだ。
隣のアナティア嬢も挨拶をする。
あの時助けてもらった人と主君が挨拶をしているというのは不思議な感覚だ。
「感謝するのはこっちですよ、ティアニス陛下。我々が太陽神教の危険性を訴えても長年無視されていましたからね。まあ彼らは灰の国を滅ぼしてからは瞬く間に大陸全土に勢力を広げたので無理からぬことではありますが」
「王国も最近までは同じだったので何とも言い難いですが……太陽神教はあえて体よく使われることで内側に入り込む方法に長じていました。灰の国が亡ぶ以前の記録は彼らの手で葬られていましたし」
太陽神教の活動は非常に長い。
だというのに灰の国という巨大な国家が滅びる以前の記録は全くないのだ。
太陽神教が記録を抹消したのだという憶測はずっと言われ続けていた。
だが太陽神教は慈善事業を大々的に掲げていたためその声は無視され、結果的に膨大な信者を獲得することになる。
そして信者たちの一部によって宗教国家である太陽神連合国を興し、難民を吸収しながら大きくなった。
太陽神連合国は信者たちが木材や食料を生産し、それを安く売ることで外貨を稼いでいたので依存する国も多かった。
太陽神教を今の形に育てたのはまさにこの大陸そのものなのだ。
「自ら馬脚を露わしたからこそこうして対処できていますが、もしそうでなかったらと思うと恐ろしいですね」
「気付いた時にはもう遅いというやつですな。もしそうなっても我々スパルティアだけで立ち向かったでしょうが、そうならなくてよかった。彼らは必ずまた動く。決戦の時には必ず駆けつけましょう」
握手を交わし、去っていった。
いざという時にスパルティアが力を貸してくれるのは心強い。
「決戦の時以外は手を貸さないとも聞こえるわね。結局王国がどうにかしないといけないんじゃない?」
「それは当然でしょう。魔物の大穴を食い止める役割があり、位置的にもスパルティアは遠い。普段から協力する余力はないはずです」
アレクシアの言葉にアナティア嬢が答えた。
助けて欲しい時は言えば来そうな気もする。
やがて帝国の使者もいなくなり、会議室は身内だけになった。
ようやく戴冠式とそれに連なる行事も終了したわけだ。
「はぁ。おじさんたちの相手は楽じゃないわ。ジロジロ胸とお尻ばっかり見て、肩を触ろうとするんだから。ちょっと足と肩揉んで」
多くの使者の相手をしていたユーペ王女は履いていたヒールを脱ぎ捨てると椅子に座り、呼びつけられた。
経験上こういう時は逆らうと余計に我儘になるので素直に従う。
それにユーペ王女が相手をした使者たちは好意的な感じで帰っていったので仕事は間違いなくした。
肩をエルザに任せ、足を揉む。
「そうそう。結構上手いじゃない」
「それはどうも」
アズたちにマッサージしていたら自然と覚えた。
少しずつ上へと揉むうちに危うく下着が見えそうになったので目を背ける。
紳士としてのマナーだ。
「なに? 別に見られても気にしないけど」
ユーペ王女はふふんと何やら得意げな、あるいは嬉しそうな顔をした。
こういう時に男の立場は弱い。
「ユーペ王女様。無闇にからかったりしたらだめですよぉ?」
「なによ、別にいいじゃ……いたた!」
エルザが肩を強く掴むのが見えた。
しかも親指は背中を押している。
思わぬ痛みに彼女は身を捩っていた。
「分かった、分かったってば。もういいわよ放して」
エルザのお陰で解放された。
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