第606話 豚もおだてりゃ木に登る

 突然の宰相の辞任に部屋の空気はどこか暗かった。

 部下も慌てて元宰相についていく。

 アナティア嬢が宰相になるのだから残るかと思ったが、派閥を優先するらしい。


「私も市井の人から人材募集しようかな。アーサルムから人を引っ張ってくるわけにもいかないし……。協力してくださいね、ヨハネさん」

「分かりました。ティアニス陛下の時にやったのでスムーズにいくと思います。人が集まるかは保証できませんが」

「それで十分です」


 アナティア嬢の花のような笑顔にこっちも明るくなる。


「それで、私たちが集められたのは何のためなの?」

「ユーペ姉さん、私は一応女王になったのですが」

「どうせ身内の場にしか私は出てこないんだからいいでしょ? それとも敬語で話した方がよろしいかしら? ティアニス女王陛下」


 ティアニス陛下は身震いして顔を横に振った。

 体が受け付けなかったらしい。鳥肌が立つほど気持ち悪かったようだ。

 ふふんとなぜかユーペ王女は勝ち誇る。

 ふてぶてしい。


「はぁ……。まぁ近辺を私の影響力が及ぶ人間で固められたと思えばいいかな。人材は市井からの募集と今まで割を食っていた王党派を取り込めばなんとかなるでしょう。これまでよりずっと早く判断ができるし、施行までの期間が短くなるわ。民にとっても国にとっても大きな変化よ」

「財務卿は?」

「判を預かってるわ。どうせ予算も女王陛下の提案通りになるのだから私は不要でしょうだって。一体何を考えているのか分からないから不気味ね」

「まあお父様もいるから今は大人しくした方が良いと思っているのかも」


 結果的に見れば現状王国はほぼティアニス陛下の独裁状態だ。

 少し前までは反対派の方が数が多かったというのに、一気に情勢が変わった。

 だがアナティア嬢とバロバ公爵がいなければ早々に崩壊していたかもしれない。


 バロバ公爵は太陽神教との戦いがどうなるにしろ、いずれ一度アーサルムに戻るので、それまでにある程度体制を整える必要がある。

 だが国家運営も規模は違うが店の運営と似ている気がするな。

 一緒にしたら怒られそうだが。


「話が逸れてしまったわね……。皆を集めたのは他でもない。他国の来賓にどう伝えるかをここで決めるために集まってもらったわ。一人一人違ったことを言っていたら相手に変な印象を与える恐れがあるし、考えを整理しておきたいのもある」

「マニ千騎長たちは戻られたんですか?」

「ええ。報告書も提出してもらったわ。これよ」


 今回のことを見やすく整理した報告書が机に置かれた。

 ボンファムと名乗った男以外の敵兵士たちも運び出そうとしたら炭化して崩れてしまったらしい。

 それを不気味がった兵士も何人かいたようだ。

 マニが箝口令を敷いて宥めたとの記述がある。


 まともな相手じゃないからな……。

 普通の兵士から見れば魔物より恐ろしいかもしれない。


「太陽神教と戦争状態にあることは明確にしていいと思う。何をされたかも公開すれば非難は起きないはず」

「そもそも帝国と王国が太陽神教から抜けた時点でそれほど大規模とはいえなくなっているわ。大陸中に広まったと言っても、スパルティアのように拒絶した国も多いし。民衆の中には入信したままの人もいるから少し混乱はあるかもしれないけど」

「その辺は周知していくしかないですよ。元々施しや治療を無償でやって布教していたのでそれらがなくなったことで影響力も無くなってきてますから」


 太陽神教のやり方は狡猾だった。

 人々の暮らしの中に溶け込むようにして浸透し、見えないところで悪事を働いていたのだ。

 もしかしたら太陽神教を拒否した国はそれを分かっていたのかもしれない。


「あの時私が魔道具を使用した理由もこれで併せて説明できるかな」

「理解は得られると思う。その後どう思われるかは……難しいところね。悪感情だけは持って欲しくないけど。貿易に影響すると物価が上がってしまうわ」

「物価の安定は最優先にして。国庫からどれだけお金を使ってもいいわ。ただでさえ民衆は色々と不安に思っているのだから、物価が安定しないと拍車がかかるわ。暴動が起きたら太陽神教の思う壺よ。今回の襲撃だってそれを狙ったのかもしれない」


 考えすぎだ、とは言えなかった。

 指導者はあらゆる不安を想定し手を打つ必要がある。

 一つ見逃せばそれが命取りになるかもれない。

 店だってそうだ。


「心配性ね。辛気臭くてやだわ」


 ユーペ王女は話には加わらず、爪を磨きながら話を聞いていた。

 彼女の仕事はティアニス陛下の実務作業の手伝いだ。

 正直会議の中身なんてどうでもいいのだろう。

 もしティアニス陛下がピンチになったらどこかへ逃げるかもしれない。

 今素直に言うことを聞いているのはアナティア嬢と共に睨みを利かせているからだ。


「言っておくけど、説明の場には姉さんも出てもらうわ。なんせ王国で最も美しい姫君だものね。他国の使者にも人気だから」

「あらそう? そう言われちゃ出ないわけにはいかないわね」


 ユーペ王女は機嫌をよくして立ち上がる。


「アナティアさん、あれ本当なんですか?」

「……本当よ。ユーペは他国の使者に結構人気があるの。ああ見えて猫をかぶるのは上手いし、愛想良くしてたら本当に見た目だけはいいから来賓の相手をすることも多かった。ほら、ティアニスはまだ年齢的に子供だから社交界にも出ていなかったのもあって、こういう時にユーペが表に立つのは悪くないの手なの」

「なるほど」


 即物的な女性だと思ったが、猫の手以上に役に立つこともあるんだな。


「ちょっと貴方。今馬鹿にするような目で私を見たでしょう!? ちょっと優秀な部下を持ってるからって舐めないでちょうだい。私の人気を見せてやるんだから」

「優秀な部下だなんて……えへへ。良い人ですね」

「アズ、多分そういう意味で言ったんじゃないと思うわよ」


 アレクシアはやや疲れた様子でアズに突っ込んだ。

 ユーペ王女はアレクシアからすれば苦手な相手だろうな。



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