第605話 色々な王がいていい
さて、この状況。どうしようかと悩んだ。
お忍びで女王が部屋に来たことを知ったらカノンが確実に怒るだろう。
だがティアニス女王の目を見ていると無下にするのも考え物だ。
信頼してここに来たことは間違いない。
その気持ちに答えてあげたいと思う。
縮こまる姿はいつもと違って少し弱々しい。
大人として手を貸さねば。
「正直に申し上げると」
「うん」
「かなり違いがあります。ティアニス女王はあの王冠の力をほとんど扱えていないと思います」
「やっぱりそうなのね。本来なら剣になるはずなのに短剣になったのもそうだし、それを振るった瞬間底知れない力を感じたわ。その表面だけをなんとか掬い取って放った感覚があったの。それだけで全身から力が抜けてしまったわ」
「私が見たイザード王の一撃は赤い空を割るほどの威力でした。ほとんど力を失っていたとはいえ神だった存在を打ち砕き、私を助けてくれたんです」
あの一撃は凄かった。
目に焼き付いて死ぬまで忘れることはないだろう。
絶望しかなかった感情に光が差し込んだようだった。
それに比べるとティアニス女王の一撃はインパクトに欠ける。
間違いなく強力な一撃だったにもかかわらず。
だがそれも仕方ない。
イザード王は凄まじい戦士でもあった。
剣を握ったことすらないティアニス女王が、あの偉大な王と同じことができるはずがないのだ。
「分かってる。私が期待されていることは国を安定させることであって、強き王であることじゃないんだって。私にはそれは不可能なんだって思い知ったわ」
「心がけは立派だと思いますよ」
「立派な心掛けだけじゃダメなのはヨハネも分かってるでしょう?」
「それはそうですが……」
実際彼女はまだ少女と言ってもいい年齢でよくやっていると思う。
アナティア嬢のサポートもあり、王都が半壊するほどの事件にも対処している。
「適材適所ですよ。全てを王が担うなら部下は必要なくなってしまいます。私も含めてね」
「そういうつもりじゃ……皆には色々と助けられてる」
「そう思えるならきっと大丈夫。もう夜も遅い。しっかり寝ないと明日が辛いですよ」
少し話してスッキリしたのだろうか。
顔色が良くなった気がする。
念のために部屋の前まで送り届け、部屋に戻ったのを確認した。
それから自室に戻る。
目が冴えてしまったな。
眠れなくてもせめて横になって少しでも体力を回復させよう。
明かりを消そうとした瞬間、フィンが姿を現した。
「驚いた。どこから出てきたんだ?」
「内緒。てっきり送り狼になると思ったのにすんなり帰ってきたんだ」
「恐ろしいことを言うな。そもそも相手は子供じゃないか」
「その子供を言いなりにできたら王国が手に入るのに?」
「お前は俺を何だと思ってるんだ? そんなことをしても全く面白そうには思えないし、興味もないな。今の立場は成り行きみたいなもんだ」
フィンは椅子に座り、背もたれに顔を乗せる。
「変わってるわねぇ。地位や名誉を欲しがる連中はたくさん見てきたけど、興味がないって言い切る人間はいないわよ」
「そもそも分不相応だよ。まあ立場を利用して商売に繋げるくらいのことはさせてもらってるが、それだって切っ掛けくらいのものだしな」
帝国との取引には肩書が間違いなく有効だった。
だが阿漕な商売は一切していないし、もしそうなら相手にもされなかっただろう。
「もしかして今までこっそり忍び込んでたりしてないよな?」
「何のことか分からないわ」
「……雇い主のプライバシーは守ってくれると助かる」
「もちろん。でも雇い主の安全を守るのも私の仕事なのよ」
フィンが灯りを消すと、暗闇に紛れて気配が消えた。
こうなってはどこにいるのか分からない。
部屋から立ち去ったのか、あるいはどこかに潜んでいるのか……。
だがフィンほど闇討ちにたいして心強い護衛がいないことも事実だ。
しかし落ち着かないな。
次の日、朝食を済ませると会議室に呼び出された。
マニとその部隊が帰還し、色々と報告があったらしい。
その共有とこれからのことを話し合うそうだ。
少なくとも各国の来賓に事態をちゃんと説明しないと不信感を持たれたままだ。
会議室には宰相の姿もある。
だが一気に年老いた様子だった。
以前見かけた時は年齢の割に背中も真っすぐで、エネルギッシュな印象だったのに今は力なく椅子に座っている。
部下もその様子に困惑している様子だった。
「朝から集まってくれたことに礼を言う。財務卿は欠席したが、それ以外の役職のものは揃ったから始めよう」
財務卿はいない。
軍務卿が離脱して以来色々と理由をつけて会議を欠席しているとのことだ。
仕事そのものは部下に指示をして遂行しているようだが……。
あの男が理由もなくそうするとは思えない。
王党派が強くなったことで何か企んでいるのかも。
「ティアニス女王陛下、お話の前によろしいでしょうか」
「どうした、宰相」
「私の宰相の任を解いて頂きたい」
「……理由を述べよ」
「先代の王に取り立てて頂き、私は宰相になりました。十分に仕えたつもりです。軍務卿の横暴を抑え、より国を良くするために」
「そなたの奮闘は私も目にしてきた。たしかに引退しても良い年頃だが、もう少し頑張ってはくれないか?」
「申し訳ありませんが、私には荷が重い。軍務卿に目を光らせていたにもかかわらず、裏切る前兆さえ見つけられなかった。未然に防げればここまで太陽神教に脅かされることもなかったでしょう。不徳の致すかぎりです」
「あれは宰相の責任ではない。裏切りは入念に準備されたものだ。たまたまユーペ姉さんのことが切っ掛けで露呈しただけで、あれがなければ誰にも分からないままクーデターをされていたかもしれない。皆の責任だ」
宰相は首を振る。
意志は固く、言葉で説得するのは難しそうだ。
「認めてあげましょう、ティアニス陛下。彼はずっと国に尽くしてきたのだから」
「アナティア姉さん……でも」
「大丈夫、宰相の仕事は私が引き継ぐわ。それで構わないわよね?」
アナティア嬢の言葉で流れが決まった。
宰相は本人の希望でその場で任を解かれ、部屋を後にする。
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