第601話 どう倒す?
火達磨の大男ボンファム。
普通なら大火傷になってもおかしくない状態だが、とくにダメージを受けている様子はない。
なんらかの力で保護されているのだろう。
溶岩の肉体を持つ魔物は聞いたことがあるが、生きたまま燃え盛るなど生命の論理に反している。火は生命を焼くものだ。
だが実際目の前には存在している。
「臆するな、矢を放て!」
マニの合図で弓を手にした兵士たちがボンファムへと矢を放つ。
風切り音を鳴らしながら弧を描いて矢が降りそそいだ。
「なんだ、鬱陶しいな!」
ボンファムは右腕を掲げて矢を防ぐ。
何本かの矢が突き刺さり、血が飛び散る。
落ちた血は瞬く間に燃えて焦げつき地面のシミになる。
体の中身まで燃えているのか!
「あいつの血を浴びないで。多分火傷じゃすまないわ」
アレクシアの声が響く。
火の魔法を扱うからか、ボンファムの火がただの火ではないことを悟ったのだろう。
「ちっ」
ボンファムは刺さった矢先を掴んで引き抜く。
鉄でできた矢先以外はあっという間に燃え尽きて灰になってしまった。
矢先も加熱されて真っ赤になっている。
「返すぜ」
ボンファムは引き抜いた矢先を右手で握りつぶし、大きく振りかぶって投げた。
「伏せて下さい!」
アズがすぐさま頭を抑えて守ってくれる。
何事かと思ったら、矢先の鉄が溶けて液体となって振りまかれているのだ。
空気に触れて細かな粒となった高温の鉄がこっちに向かってくる。
「盾を!」
マニたちは盾を掲げて防いでいたが、間に合わなかった兵士の悲鳴が聞こえる。
命に支障はないかもしれないが、あれを食らっては戦闘に復帰はできないだろう。
フィンやアレクシアは見事に回避している。
エルザは手頃な岩をひっくり返して即席の盾にしていた。
矢で倒せるならかなり安全に戦えたのだが、これでは逆効果だな……。
「ちょっと頭を冷やしてあげようかしら!」
アレクシアはボンファムに向けて水の魔法を放つ。
大質量の水をそのままぶつける豪快な魔法だ。
これなら大火事でも消火できるだろう。
水の魔法がボンファムに衝突し、火に触れて水が蒸発して水蒸気が発生する。
霧のように周囲の視界が悪化していく。
……霧は濃くなっていくばかりだ。
周囲の気温も上がっている。
まるでサウナだ。
つまりボンファムの火を消せていないということだ。
アレクシアが魔法を切り上げ、視界が悪いことを利用して風の魔法を放つ。
「いてぇ!」
声が聞こえる。
霧が晴れていくと、先程より少しだけ火の勢いが衰えたボンファムの姿があった。
「水遊びは終わったか? その程度じゃ俺の火は消せねぇんだよ」
ふん、という掛け声と共にボンファムが力を込めると筋肉と共に火の勢いが戻る。
……いや、より強くなっている。
胸に風の魔法を受けた傷もあったのだが、火に飲まれるように傷が消えていった。
「当たり前のように再生するわね……あの王女みたいに」
「とはいえ即座に回復するわけではないみたいです。首を落とせば繋がったりはしないでしょう」
あの王女とはユーペ王女のことか。
今でこそ普通の人になっているが、使徒の力を宿していた時は圧倒的な身体能力と共に凄まじい再生能力を持っていた。
首を斬って頭と胴体が一度離れたにもかかわらず、すぐに自らくっつけて復活したというおどろきのことをやってのけたのだ。
あれを見た時は驚いた。
人間は首を斬られたら死ぬという当たり前の概念が、音を立てて崩れてしまった瞬間だ。
エルザの見立てではあのボンファムにはそれほどの力はないらしい。
「どうしようかしら。鉄を熔かすほどの温度じゃ魔法で凍らせるのは難しいわよ」
「返り血を浴びちゃだめとなると、斬撃も具合が悪いわね。そもそも私の短剣じゃ深手は負わせられないわ」
アレクシアとフィンは少し考えこんでいる。
とにかくあの火は厄介だ。
そのせいでかなり行動に制限が掛かる。
エルザの守りとアレクシアの補助で火の耐性はかなり高められるが、それでも危険なほどの高温。
足元の土すら少し熔けかかっている。
「いざとなったら私が飛び込んで首を落とします」
「それは悪くないけど、大火傷しちゃうわよ」
「……それはちょっと嫌ですけど、ご主人様に危害が及ぶくらいなら平気です」
「意気込みは分かったわ。でもそれは最後の手段。アレクシアちゃん、ちょっとこっちに来て。フィンちゃんはちょっとあいつの気を引いててくれる?」
「簡単に言ってくれるわね」
フィンは懐から爆薬を取り出すと、ボンファムへと投げる。
だが火の影響で触れる前に爆発し、音と衝撃が響きわたった。
「うるせぇ! あれこれとぶつけやがって」
「あんたがとろいからよ、でくの坊!」
フィンは相手を挑発すると、素早く動いて注意を引く。
フィンならしばらくは大丈夫だろう。
「エルザ。何か思いついた?」
「ちょっとね。相手の戦法は力任せみたいだから上手くいくと思う」
「攻防一体の火だし、下手な小細工は必要ないでしょうね。それで?」
「ああいう手合いは正面から倒す必要はないよねってこと。知恵が回る相手だったらともかくね。深めの落とし穴つくれる?」
「土魔法は散々ご主人様にこき使われたからできるわよ。ただ十分な深さがないとダメだからすぐには無理ね」
「うんうん。アズちゃんと時間を稼ぐから、合図をお願いね。行こ、アズちゃん」
「分かりました。ご主人様はマニさんの後ろから動かないでください」
「気を付けろよ!」
そう激励するのがやっとだった。
アレクシアが集中すると、地面がひとりでに穴が空く。
魔法で地面の土を移動させているのだ。
それがばれないようにエルザたちが相手の意識をそらしにいく。
フィンが一度下がってきた。
ダメージは負ってないが、少し呼吸が荒い。
火が近いせいで呼吸がままならないのだろう。
「話はまとまった?」
「うん。私たち三人でもうちょっと時間を稼ぐよ」
「信用していいんでしょうね?」
「アレクシアさんなら大丈夫です」
「あっそう」
フィンが一度深く息を吸うと、呼吸が元に戻った。
エルザたちと共に三人で前に出る。
ボンファムはフラストレーションがたまっているようだった。
それに合わせて火もより強くなっている。
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