第602話 水責め
「ムカついてきたぜぇ!」
左右の拳を叩きつけ、ボンファムが吼える。
兵士に犠牲は出たものの、アズたち相手には殆ど攻撃が当たっておらず振り回されているのだから当然だろう。
まるで猪のような男だ。
「回復役から潰してやるか。定石だよなぁ」
吹き出す火を使って加速したボンファムがエルザへと襲い掛かる。
避けられないと判断したエルザは咄嗟に両手で握ったメイスを突き出す。
「良い女だなぁ。……だがお前を見ると無性に気に食わねぇ。他の女はともかくお前はとにかく燃やしちまった方がよさそうだ」
「聖職者を火炙りにするのはどうかと思いますよ」
エルザが徐々に押し込まれていく。
大型の魔物相手でも引かないエルザでも対抗できないほどの力があるのだろう。
同時に肉の焦げる音がする。
ボンファムが握っているメイスに熱が伝わり、それがエルザの手を焼いているのだ。
金属で造られたメイスが徐々に赤く変色していく。
エルザの顔が苦痛に歪んでいった。
「エルザさんから離れて下さい!」
アズが横から跳んできて背後を取る。
すでに剣を振りかぶった状態だったが、エルザのサポートをするためにわざと声をかけた。
ボンファムは背後に意識を割く必要が生まれ、その隙にエルザが後ろへと下がる。
それと同時に振り返り、アズへと燃える息を吹いた。
アズは咄嗟に精霊の力を借りて水のシールドを張り、それを防ぐ。
だが勢いが殺されて攻撃は失敗に終わった。
「チッ、逃がしたか」
エルザは既に距離を取って手の火傷を治療している。
だがメイスは手放していた。
溶鉱炉から取り出された金属のように熱されており、とても持てない。
次に同じように襲われたら今度は直接身体を掴まれて大火傷を負ってしまうだろう。
ボンファムはアズを無視して再びエルザへと走る。
それと同時にフィンが小さな球をボンファムへと投げつける。
火に触れた瞬間に球が破裂し、粉末がばら撒かれた。
それはボンファムの火で引火し、連鎖して爆発していく。
ボンファムは視界を塞がれ、その手は空を切ってたたらを踏んだ。
エルザは側面に回り、右手をボンファムへと向けて小さく奇跡を引き起こす言葉を唱える。
白い光がボンファムに降り注ぐ。
「ぐわっ、なんだこの光!」
ボンファムは光を嫌がるように両手を前に出す。
白い光がボンファムに衝突すると、何歩か相手を後退させた。
「……この程度の威力しか出ませんか」
「嫌な感じの光だったがたいしたことねぇな! こけおどしか」
「そんなつもりじゃありませんでしたけどね!」
司祭服の一部を千切り、両手に巻いてメイスを再び握る。
白い太ももがあらわになった。
外見にこだわっている余裕はないということか。
注意は逸らせているが、相手の特性のせいで長期戦はこっちの方が不利だ。
疲れている様子もない。
魔力切れを狙うのも難しそうだ。
あれだけの力がどこから湧いてくるのだろうか。
信仰心とでも? あり得ない。
……神の使徒という存在は本当に規格外だと思う。
候補ですら人間を明らかに超えている強さを持っている。
だが不死身ではない。
アレクシアが魔法を中断する。
十分な深さの落とし穴を用意できたのだろう。
アレクシアの前にある穴はどこまで深いのか伺えないほどだった。
「こっちよ!」
アレクシアは全員に聞こえるように大きな声でボンファムを挑発した。
アズたちもそれを聞いて後ろへと下がる。
「お前ら纏めて消し飛ばしてやるよぉ! この力でなぁ!」
ボンファムは大きく息を吸い込む。
すると元々大きかった体が更に一回り大きくなり、火が強まった。
全力を出したということか。
「お前らを倒せば俺は使徒に近づく。楽園に行くのは俺だ!」
右肩を突き出し、走り出した。
火を推進に使うことでみるみる加速していく。
あの大きさと速度で衝突すれば人間はひとたまりもないだろう。
城壁ですら打ち破れるかもしれない。
あっちもただではすまないはずだが、そこは再生能力があるからお構いなしか。
アレクシアへと一目散に走ってきたボンファムは、あと少しで触れる位置だ。
偽装していた落とし穴に一瞬足を取られそうになったが、体勢を崩しながらも強引に勢いで乗り越えてくる。
だがアレクシアはそれも予測していたようで、一瞬の隙を見逃さなかった。
体勢が崩れた瞬間に全力の蹴りをボンファムの胸に打ち込む。
その一撃はエルザの加護と魔法による補助。
そしてボンファムと同じように火の魔法によって推進力を確保していた。
一瞬ではあるが、ボンファムの突進の勢いを止める。
その一瞬で十分だった。
勢いが削がれ、ボンファムは落とし穴を乗り越えられずに落下する。
咄嗟にアレクシアの足を掴もうとしたが、もう片方の足で蹴とばされる。
ドレスの裾が舞う。
火で浮こうとしたらエルザがメイスで叩き落とした。
落とし穴の壁は磨かれたように突起がなく、ボンファムの手は何もつかめずに落ちていった。
「ただ水をぶつけてもダメだったみたいだけど、これならどうかしら?」
アレクシアはアズを呼んで肩を抱き、水の精霊の力を借りて落とし穴に向かって膨大な水を落とし込む。
まるで滝のような勢いで水が流れていった。
爆発するような音が何度も聞こえて、その度に落とし穴の中から水が吹き飛んでくる。
だがアレクシアは一切怯まずに水を流し続けた。
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