第599話 小さな光

「マニ千騎長、詳しい報告を」


 アナティア嬢が連絡を受ける。

 ティアニス女王はバルコニーで民衆に向かって手を振っている最中だ。

 今無理に呼び戻せば何かあったとパニックになり戴冠式は失敗になってしまう。

 だがマニの報告次第では皆を避難させる必要もあった。


「東の方角から、異様な集団が突然現れて防衛線を突破しました。数はおよそ二百。今警備のために散らばっている王国軍を招集しているところです。王都に来るまでには出られるかと。アーサルム軍も少し遅れて出撃できます」

「二百……いくら人が減ったとはいえ、普段ならそう簡単に突破されない数か。戴冠式を狙ってきたわね」

「すぐに避難と出撃のご命令を!」

「やむを得ないわね」


 アナティア嬢がティアニス女王の元に移動し、耳打ちする。

 ティアニス女王の表情は一瞬強張ったが、すぐに冷静さを取り戻した。

 突然のアナティア嬢の出現に少しずつどよめきが大きくなる。


 避難誘導のために動こうとしたところ、ティアニス女王は待てというジェスチャーを行う。

 何か考えがあるのだろうか。


「私が真に王になったことを皆に知らしめようと思う」


 ティアニス女王は被っていた王冠を両手で外し、持つ。

 そのまま目を瞑り、集中する。

 まさか、黄金の剣を使うつもりなのか。

 あれはイザード王の血を引き継いだバロバ公爵とアナティア嬢なら使えると言っていた気がする。

 ティアニス女王にも扱えるのだろうか。


 民衆や各国の使者が見守る中、王冠がゆっくりと輝きを放つ。


 それと時を同じくして、王都の外で爆発が起きた。

 かなり遠いが、目視で小さな煙が見える。

 あの煙の奥に敵がいるのだろう。


「あいつら、もうこんなところまで!」

「動きが早いわね」


 マニが焦っている。

 アレクシアは冷静に見ていた。


「王が弱くても良い時代は終わった。私は皆の精神的な柱にならなければいけない」


 王冠はその姿を黄金の小剣へと変える。

 イザード王のものとは形が違うのは持ち主の違いか。


「デイアンクル王家を、舐めるなー!」


 黄金の小剣を高らかに掲げる。

 眩い光が小剣へと集い、満たしていく。


 それは少女の怒りだったのかもしれない。

 ずっと溜め込んでいた理不尽に対するどうしようもない感情を乗せ、ティアニス女王は煙の方へと小剣を振った。

 小剣は光を放出し、煙へと一直線に向かう。

 そして当たった瞬間光が柱となる。


「王国の敵は、王である私が倒す!」


 高らかに叫ぶ少女へと、民衆は溢れんばかりの拍手を送った。

 ティアニス女王はゆっくりと舞台裏であるこっちへと歩む。

 そして完全に民衆から見えなくなった辺りで、倒れ込むようにして崩れ落ちた。

 慌てて駆け寄り、支える。


 呼吸が浅い。

 それに冷や汗が凄い。

 どうやらさきほどのことで消耗しきっているようだ。


「無茶をする。王族であるというその一点でギリギリの魔力で行使したか」

「良いパフォーマンスになったでしょ」

「無理に喋らないでください」


 どうやら先ほどの一撃はかなり無理をして放ったらしい。

 確かにあれでティアニス女王の正当性は示されたし、民衆は熱狂するかのように名前を叫んでいる。

 他国に対しても印象付けられただろう。

 だがここまで消耗してでもやるべきだったのだろうか。


「マニ、目立たない数で現地の様子を見に行って」

「分かりました!」


 呆然としていたマニが飛び出す。


「私たちも同行しましょう。ここは任せます」

「お願いします。ヨハネさん」


 これ以上ここにいてもやることはないだろう。

 ティアニス女王は見事にやりきった。

 その成果を確かなものにするべきだ。


 それに、少し嫌な予感もする。


 アズたちを連れてマニの小隊に追いつく。

 王都から東へと出て少し離れたところで、黄金の小剣の一撃が当たった場所へとたどり着いた。


「たいしたものですね」

「かなりの高位魔法並じゃないかしら」


 地面一面がえぐれるように隆起しており、それに巻き込まれた兵士たちがそこで死んでいた。

 旗はない。

 だが、マニの報告にあった異様という意味が分かった。


「これ、どうなってんの? 皆皮膚が焼かれてるじゃない」


 フィンの言う通り、転がっている兵が皆まるで火に炙られたかのように火傷をしていた。しかも治療の後もない。


「こんな酷い火傷をしていたら動くことすらままならないはずです。いえ、生きていたこと自体奇跡のようなもので……」


 若い兵士の中にはこの光景を見て思わず目を背ける者もいた。


「あの光でこうなったのか?」

「いいえ、違います」


 アズが前に出る。


「着ている鎧なんかは少し凹んでるけど熱くなったりしていません。なので、最初からかと思います」

「そんなことありえるのか……」

「それは……太陽神教がまた何かしたのかも」

「普通じゃないよな、これは」


 マニは伝令を出し、追加の兵士を呼んだ。

 どの道片付けなければならない。


 だがこれならついてくる必要はなかったかもしれない。


 兵士の一人が遺体の腕を掴み、地面から引きずり出そうとした。

 だが、逆に腕を掴まれて上半身を引きずり込まれる。

 悲鳴が響いた後、兵士は動かなくなった。


「生きてる奴がいる!」


 アレクシアの声でマニと兵士たちは慌てて剣を抜いた。

 アズたちはもう臨戦態勢に入っている。


 倒れていた敵の兵士のうち、三割ほどが立ち上がって剣を構える。

 だが見た目には生きているようには見えない。


「最悪ですね……魂を生贄としてささげた後、残った肉体が使われているんです。こんな惨いことを」

「アンデッドってことか?」

「近いものだと思ってください。こうなったらもう手の施しようが……」


 エルザの顔が悲痛で歪む。

 とにかく、対処せねばならない。


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