第598話 私は王となる

 王国の資源は帝国に比べてずっと小さい。

 それに加えて王都の隕石事件や軍務卿派閥の離反など、大きな事件が立て続けに起きたため国の最大の催事ともいえる戴冠式もその煽りを受けている。


 そのため本来は二日間行われる日程を一日に縮め、いくつかの工程も無くした。

 予算もマンパワーも足りないので、苦渋の決断だ。

 ほぼティアニス女王のお披露目で終わる。


 帝国の戴冠式のようにはいかないのが残念だが、それでもできることをやるしかない。

 朝から王城の庭を解放し、誰でも入れるようにしたところ新しい王を一目見ようと多くの人が駆け付けた。

 トラブルが起きないようにマニが険しい顔つきで警備を指揮している。


 幸い、待機している人たちの雰囲気はかなり良い。

 野次なども一切ない。

 これはティアニス王女とアナティア嬢が頑張ったおかげだろう。

 むしろその人たちを目当てに屋台なども集まってきて、計らずともある意味お祭りのような形になっている。


「庭を埋め尽くすほどの人が集まってます。準備はいいですか。ティアニス女王陛下」

「そう呼ぶのはまだよ。気が早いわ」

「おっと、失礼しました」


 どうやら雰囲気に当てられて少し緊張しているらしい。

 ティアニス王女はメイドたちの手によってドレスを着せられ、女王らしい飾り付けをされていた。

 年齢こそ幼いものの、間違いなく王の貫禄がある。


「行きましょう」


 アナティア嬢がティアニス王女の手を引き、王城のバルコニーへと先導する。

 アズとオルレアンはドレスが床につかないように後ろで裾を持って付いていっている。

 その後ろにヨハネとユーペ王女が並び、警備としてアレクシアとエルザが奥に控えていた。

 フィンは王家の影と共に付近の監視役をしてもらっている。


 ティアニス王女が姿を現すと、大きな歓声が出迎えた。

 空気が振動するほどだ。

 ケルベス皇帝の時と比べても熱気は負けていないと思う。


「罵声でも飛んで来たらどうしようかと思った」

「自分がやってきたことを信じて。国民の為になることをしてきた証拠よ」

「うん……」

「私じゃなくてよかった。やっぱり表に出るより後ろで気楽にやっていた方が楽そう」

「あなたはそうでしょうね……。ティアニス王女が無事で本当によかった」


 ユーペ王女が女王として君臨したらどうなっていただろう。

 間違いなく軍務卿の傀儡となっていただろう。

 今度こそ国を捨てることになったかもしれない。


「ちょっとおふざけしただけじゃない」

「あれはおふざけで済むレベルではありませんでしたよ。死ぬかと思った」

「はぁ。あの力も結局取られちゃったし。まあ火傷が治ったからいいか。ティアニスの後ろで適当にしていればお金も困らないし」


 ユーペ王女の気楽さが羨ましい。

 この人くらい割り切っていれば人生はかなり楽しいだろうな。

 常に何かしら頭を悩ませているヨハネにはとても真似できない。

 だがこういう人物が一人居てもいいだろう。裏切らない前提で。


 ティアニス王女は国旗を振る民衆に向かって手を振る。

 すると更に拍手喝采が帰ってきてその反応に少し戸惑っているようだ。


 本来、ティアニス王女が継承権的にこの場に立つことはありえなかった。

 有能な王太子が王位を引き継ぐことはほぼ確定しており、ティアニス王女はいずれどこかに嫁いでいるだろう。

 しかし運命の悪戯が彼女を王にすることを選んだのだ。


 ティアニス王女は咳払いをし、一歩前に出る。

 魔法により彼女の声は拡張され、周辺の誰もが聞くことができる。

 帝国を含む各国の使者と民衆が見守る中、彼女はゆっくりと喋りはじめた。

 歓声と拍手は止み、誰もが彼女の声に耳を傾けた。


「よく集まってくれた。今日この日を迎えられて嬉しく思う。我らが王は、残念ながら命を落とした。あの日、太陽神教による突然の王都への攻撃の日だ。あれほど卑怯で残忍な行動は私は見たことがない。多くの者が命を落とし、家を焼かれた。しかし安心して欲しい。もう二度とあのようなことはさせない。私がやらせない。そのために今日、王族の一人として義務を果たす。私がこの場で王になる」


 一瞬の静まりの後、爆発したかのような歓声が響いた。

 ティアニス女王万歳という声が広く聞こえてくる。


 これはやはり、軍務卿派閥の妨害が無くなり、民のために財政出動する足かせがなくなったことで短時間に多くの施政が行えたことが大きい。

 帝国の協力で建物の再建も進み、災害キャンプもほぼ無人となっている。

 王都の民はティアニス王女の行動を肌身で理解しているのだ。

 だからこそ、この応援へと繋がっている。


 バロバ公爵が現れ、その手には王冠がある。

 偽物の王冠ではなく、由緒正しきイザード王の王冠だ。

 デイアンクル王家に伝わる国宝。


「あれがそうなんだ。見た目は奇麗だけど」

「あの王冠の真価は見ただけじゃ分かりませんよ」

「なによそれ、まるで見てきたみたいに」


 見てきたのだ。

 王冠を黄金の剣へと変え、あの赤い夜を消し去ったイザード王の背中を未だに覚えている。

 あれこそ王という存在だ。

 圧倒的な力。全てを率いるに足る信頼。


 ティアニス王女は頭を下げ、バロバ公爵がその頭に王冠を乗せる。

 帝国とは違い、司祭がその役目を行うわけではないようだ。


 これで、王位継承は果たされた。

 民衆と各国の使者がその生き証人となる。


 民衆が沸く中で、後ろから誰かが走ってくる音がした。


「敵襲、敵襲です!」


 マニの声が聞こえる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る