第597話 戴冠式前夜

 つかの間の平和な時が流れ、アーサルム軍がいよいよ王都へと到着した。

 結局軍務卿たちの姿はあれから一度も確認されていない。

 恐らくアーサルム軍とは異なるルートを通って太陽神連合国へと移動したのだと推定されている。


 王都の人たちはアーサルム軍を歓迎した。

 なんせ王国最強の軍と名高く、居るだけで頼もしい。

 マニが司令塔となり、再編中の王都軍では心許ないと考える人が多かったのだろう。

 彼女も頑張って治安も良くなっているのでしばらくすれば評判も戻っていくはず。


 ヨハネたちも出迎えるために王都でティアニス王女のところへ移動していた。

 ユーペ王女とアナティア嬢も傍にいる。


「凄い歓声だ。まるでパレードですね」

「人気があるというよりは、やはり頼りになるというのが大きいんでしょう。王も不在、軍務卿も不在。民だって馬鹿じゃない。それとなくそのことに気付いてるはず」

「でもまあアーサルム軍がいる間は安全が保障されるようなもんよね。助かるわぁ」

「ユーペ。貴女にはお父様からもしっかり叱って頂く予定です。ティアニスからあらましを聞いた時はさすがに驚きました。王族としての自覚をですね」

「またアナティアの小言が始まった……」


 うんざりしたような顔でユーペ王女は耳を伏せる。

 なんとなくこの三人の関係性が見えてきた気がする。


 太陽神連合国に攻め入っていたアーサルム軍は隊列こそ乱していないもののかなり疲れている様子だった。

 そのため王城へと入城した後は休息のため休みをとるそうだ。


 バロバ公爵はすぐにこっちに合流してくる。


「お父様!」

「無事で何よりだ」


 アナティア嬢がバロバ公爵に抱き着く。

 直接顔を合わせたのは久しぶりだろうし、その間にお互い色々あって心配していたのだろう。

 バロバ公爵もそっと頭を撫でている。


「ティアニス王女殿下。それとユーペ王女殿下。陛下のことは誠に残念です」

「バロバ公爵、貴方のせいじゃないわ。王国のためによく戦ってきてくれました。最新の状況を聞きたいのだけど」

「報告した時とあまり変わっておりません。あれから三つの砦を落とし、二つの都市を攻め落としましたが……それから先を攻めあぐねている間に帰還命令を受けたのです」

「あと少しで向こうの首都だったわね。でもこれで相手もかなり被害を受けたし時間は稼げたでしょう」

「ダメージは与えられましたが、奴らの動きは普通ではありません。都市はいずれも焦土作戦を実行され長く足止めされました。攻めあぐねていたのも、使徒を名乗る連中が立ちふさがっていたからです。奴らの主力は軍ではなく、この使徒を名乗る連中と見ていいでしょう」


 太陽神教の使徒。

 恐るべき力を持つ信者だ。

 ただ本当の意味での使徒は少ないはず。


「とにかく、兵も疲れたでしょう。今はとにかくバロバ公爵も休んでください。色々と決めるのはそれからでも遅くはありません」

「では失礼して。……娘を支えてくれたようだな」

「いえ、多少協力しただけです」


 去り際にバロバ公爵に話しかけられる。

 現地でずっと指揮をしていたはずだが、まるで疲れている様子がない。

 王国を支える重石のような人だ。


「これから娘に力を貸してやってくれ。あれは頭は良いがまだ経験が足りん。思わぬところで足を掬われるだろう」

「できる限りのことはします」


 うむ、と頷きバロバ公爵は去っていった。


「緊張した〜。てっきりお説教が始まるかと思って身構えちゃったわよ。それじゃあ私は部屋に戻って一休みするからー」

「仕事してからにしてよ」


 聞こえたか聞こえてないのか。ユーペ王女もさっさと居なくなった。


「あんなのでもいた方が助かるのは複雑だわ……我が姉ながら。特に社交界では未だに人気が高いのよね。見た目は王族のお姫様って感じだから」

「大分マシになったけどね。以前なら顔すら出さなかっただろうし」

「そうかもしれないけど……。継承権を戻すのは止めて正解だったかな。私に何かあったらユーペ姉さんよりアナティア姉さんに王位が行った方が安心できるよ」

「私は向いてないってば」


 アナティア嬢は苦笑しつつ否定する。

 裏方で支えるつもりなのだろう。


「バロバ公爵が戻ったということは、いよいよ戴冠式を行うんですね」

「そうね。……緊張して手汗が出てきちゃった。アーサルム軍に三日ほど休息をしてもらうから、その次の日から開始するわ」

「一応準備は終わってます」


 すでに帝国やスパルティアといった大陸の有力な国に招待状を送っている。

 内輪でやると考えていた。その意見も強かったが、ティアニス王女が最終的に決断した。

 その理由の一つとして、太陽神教に明確に対抗するためだ。

 それに賛同する国を直接見極める機会にしたい。

 同時に多少なりとも協力体制が作れれば、といったところだろう。

 今のところ招待した国は出席の方向で調整されている。


「ティアニス女王のお披露目になりますね」

「ええ。新しい王国というイメージを与えられたらいいんだけど」

「難しいけど、成功すれば利益は大きいと思う。頑張ろうね、ティアニス」

「……うん」


 そして迎えた戴冠式の日。

 各国の使者も見ている中で王国の戴冠式が始まった。


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