第596話 慌ただしい者たちに休息を
「我が家はやっぱりいいなぁ」
「落ち着きますねぇ……」
ヨハネはアズと共にゆったりとした時間を過ごしていた。
ティアニス王女の仕事を手伝わされる中で色々なトラブルが続き、住み込みを余儀なくされていた。
だがなんとか目処がついて自宅に帰ってこれたのだ。
ついでに三日ほど休暇を貰った。
山ほどあった仕事もユーペ王女が手伝ってくれたおかげで減ったし、助かる。
性格は終わっているのだが、王族ということもあり教養が深く仕事はできる。
見張り役がいればサボることもない。
ちなみに王都で拘束されていた間に店と自宅の改装は終了している。
なので改装した家に戻るのもこれが初めてだ。
「戴冠式以外の仕事は王城側で処理できるようになったからな。相談役とはいえ、本来は俺たちがあんなに手伝う方がおかしいんだ」
「私は結構面白かったですけど、でもご主人様とこうしてゆっくりできるのは嬉しいですよ」
「今だけだけどな。バロバ公爵が王都に来るタイミングに合わせて戴冠式をやるって方向で調整してるみたいだから、また忙しくなるぞ」
本来の仕事はそっちだ。
ティアニス王女とアナティア嬢の手となり足となりサポートし、戴冠式を成功させる。
その後は以前と同じく任された仕事をこなす関係に戻るだろう。
肩書も期間限定だし、そもそも商人が政治の場に立つのは無理がある。
たまに隣で助言をする程度が丁度いいのだ。
「今日は何もしたくないな。ずっとこうしてよう」
「私もそうします」
「ずいぶんと頭の悪い会話してるわね……」
アレクシアが部屋から出てくる。
荷物の整理が終わったのだろう。
「個室の感想はどうだ?」
「やっぱりありがたいわね。大部屋は大部屋で賑やかで良かったんだけど、プライベートがないのはちょっと」
「私は寝る前が寂しいですよー」
「アズはまだ子供だし、私かエルザの部屋に来てもいいのよ。毎日じゃなければ歓迎するわ」
「本当ですか!?」
アズたちには個室ができた。
オルレアンも猫の手亭からこっちに引っ越しを済ませている。
行きも帰りもバッグ一つでちょっと心配になるのだが、本人は必要な物は揃っていると言っていたので今度買い物に連れて行ってやろう。
「ただいま……。だらけてるわね」
「おかえり」
フィンが帰宅する。
王家の影に加えて王国軍の訓練の面倒も見ているらしく、休み中もちょくちょく王城に行っている。
フィンの給料は別扱いにしてもらったのでかなり稼いでいるはずだ。
「はい、お土産。あの子が売ってたけど余ってたから買い占めてきたわ」
「これは……ココアクッキーか」
「全部自作なんですって。器用よね」
フィンが袋を机に置くと、中から溢れんばかりのクッキーが出てきた。
あの子とはアンのことだろう。
一枚は小さい。ちょうど一口サイズになっている。
口の中に入れるとほど良い甘さとココアの風味がした。
カカオ豆は帝国産のものだろう。
通商条約が締結されたのは少し前なのに、もう色々な物が入ってきている。
締結前に比べると物の量も質も段違いだ。
王国産のスパイスや酒も評判がいいらしい。
後はルーイドの油が結構売れているようだ。
王国には主だった特産がないと思っていた時期があったが、意外とよその国にないものもある。
うちの商店も帝国に売りに行く人たちに結構な量の商品を卸しているので、かなり稼げていたりする。
太陽神連合国との取引がダメになってからは値上げが続いて苦しかったが、ようやく色々上向いてきたかもしれない。
「オルレアンとエルザを呼んでくるよ。ほっといたら無くなりそうだし」
「美味しくてつい手が伸びちゃいます」
「ついでに飲み物用意してちょうだい」
「私のもよろしくー」
「はいはい」
二階に上がってまずはエルザの部屋の扉を開ける。
中ではエルザが何か書き物をしていた。
「あら、どうしました?」
「フィンがおやつを買ってきたからな。なくならないうちにと思って呼びにきたんだ」
「そうなんですね。ならすぐ下に降ります」
「個室の具合はどうだ? アレクシアからは好評だったが」
「私は大勢で生活するのに慣れているので平気だったんですが……ああでも」
スッとエルザが身を寄せ体を密着させる。
「ご主人様に夜這いしやすくなっちゃいましたね。部屋の鍵を開けてもらえればいつでも行きますよ?」
「いや、音が漏れるだろう」
「それくらいは何とかなります」
「次の日に気まずいだろうし」
「もう。その気になったら教えて下さいね?」
エルザの身体が離れる。
熱が消え去り、少し名残惜しい気もした。
次はオルレアンだ。
扉を開けると、机の上で突っ伏していた。
どうやら仕事の手伝いをしていてくれたらしい。
だが眠気に勝てずこうなったか。
「ふぁ……?」
「おはよう。起こしたなら悪かった」
「あっあっ」
オルレアンはヨハネを見て震えている。
状況を理解できずにいるようだ。
ようやく自分が寝ていたことに気付き、口元を拭って真っ赤になりながら縮こまる。
「申し訳ありません、旦那様……大変お見苦しいものを」
「眠いなら寝ててもいいんだぞ。そんなことまでいちいち指図するつもりはない」
「いえ、私は旦那様に雇われているただの下働きのようなものなので!」
働いている内容も貢献度も下働きのレベルではないのだが……。
「腹は減っているか?」
「えと。少し?」
「ならおやつを食べに下に降りてこい」
「顔を洗ってすぐ行きます。ですから旦那様は先に降りててください」
分かったと返事をしてドアを閉める。
オルレアンも女の子だ。寝起きを見られて恥ずかしかったのだろう。
それから降りて鍋に牛乳を張ってお湯を沸かし、そこに紅茶の葉を入れる。
これに砂糖を入れると濃厚なミルクティーになるのだ。
降りてきたオルレアンと共に全員でココアクッキーを食べた。
久しぶりに平和な時間を過ごせたと思う。
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