第591話 王都を守る兵士たち

 王国側が承諾する前提だったとしか思えない速度で準備が進んでいく。

 次の日には帝国側の職人たちが王都に到着し、崩壊後まだ手つかずだったエリアに手を付け始めた。

 始めはどうしたものかと考えていたが、実際これは渡りに船だった。

 折衝の負担があるとはいえ、仕事の大部分を肩代わりしてくれたようなものだ。

 これで避難生活を余儀なくされている人たちの家が一気に建てられる。

 材料費などは王国持ちで、職人の給金は帝国側が負担してくれることになってる。

 ただし期間限定だ。


 問題は彼らが機密に触れないように注意しなければならないことだ。

 その人手すら足りてないのが現状だが。


「もし軍務卿やその派閥が残っていたら、帝国側の提案を受けるかどうかで議論するだけで一ヵ月は必要だったわ。賛成を勝ち取るのは無理だったでしょうし、即決できたのは相手の心証を考えてもよかったかな」

「その部分だけで色々と察せられてしまうからね。もうある程度は想定されてるかもしれないけど」


 王都の復興という大事業にリソースを取られて、その上王国の機構そのものが破綻しかけていた。

 帝国は最高のタイミングで手助けしてくれた形だ。


「帝国が来たことで一時的にだけど、兵士たちの動揺も紛れたみたい。混乱しているうちに説明してしまいましょう」


 アナティア嬢の提案で兵士たちが一ヵ所に集められる。

 帝国側の人間にもある程度漏れてしまうが、そもそも兵士全てに箝口令を敷くのは不可能だ。

 割り切るしかないだろう。


 難民キャンプにもなった王城の広場で、王都の騎士や兵士たちが集められる。

 全員を集めるのは難しいので、隊長格や役職持ちのものだけだ。

 彼らに説明し、それから下へと伝えてもらう。


 集められた兵士たちは皆どこか不安そうにしており、集まってすぐに周囲のものと情報を共有していた。

 彼らも強い危機感を覚えているに違いない。


 ティアニス王女はあれから少しやつれてしまっていた。

 忙しいのもあるが、色んな事が一度にあり過ぎたのだ。

 ユーペ王女を手にかけなくて良かった。

 これ以上心労があれば、倒れていたかもしれない。


「静まれ」


 アナティア嬢の一声が広場に響き、ざわついていた声がやがて消える。

 完全に静かになったことを確認し、アナティア嬢は小さく頷いた。


「これよりティアニス王女殿下の御言葉を頂戴する。心して聞くように」

「皆、ご苦労だった」


 ティアニス王女が喋りはじめると、兵士たちが姿勢を正す。


「一度に色々なことが起きた。状況の把握もできず不安に思っている者も多いだろう。中には事実無根の噂話を真に受けた者もいるかもしれない。だが、それでも皆ここにいる。まずはそれを感謝したい」


 兵士たちは少し動揺しつつも、話を聞いていた。


「王都の、いや。王国の平和は皆の忠誠と尽力により保たれている。例え離反者がいたとしても、ここにいる皆がいるからこそ大きな混乱は起きなかった」


 離反者という言葉が出た瞬間、ざわめき始めた。

 軍務卿を中心とした派閥が丸ごといなくなっているのだ。

 やはり、と思ったものは多いだろう。

 アナティア嬢が手を叩くと再び静かになっていった。


「このまま何もせず手をこまねているつもりはない。もうじきバロバ公爵率いるアーサルム軍が王都に到着する。そうなれば王都の防備は以前にも増して強固なものとなるだろう。まずはそれまで耐えて欲しい」


 王国で最も精強な軍と言われるアーサルム軍が来ると聞き、少し兵士たちは少し緊張が解けたようだ。

 今もし王都に何かあれば、弱体化した王都軍でことに当たらなければならない。

 兵士たちが一番不安に思っていたのはそこだろう。


「これは軍務卿によるクーデターではないのですか!」


 兵士の一人……女が声を上げた。

 年齢は若いが堂々としており風格がある。

 警備や周囲の兵士は嗜めようとするが、止まりそうもない。


 見学している帝国側の人間たちは傍観したままだ。

 ……やるならとことんやらないと現場の不満や不安は消えないか。

 為政者の都合だけで国は回らない。


「軍務卿が職務を放棄したのは事実だ。そして実際に私と第一王女を襲撃した」

「やはり......! なぜ軍務卿を放置しておくのですか。すぐに追っ手を出すべきです。いつ彼らが王都を襲撃してくるか分からないのに」


 ざわめきは一気に広がる。


「静粛に。静粛に!」


 もはやアナティア嬢の声でも収まらない。

 これではいつティアニス王女へと兵士たちが押し寄せてくるか分からないな。


 アレクシアにこっそりと耳打ちする。


「本気?」

「ああ、やってくれ」


 アレクシアは戦斧を右手に持ち、警備のために借りていた剣を左手に持った。

 そして魔力を両方に流し込み、頭上でぶつける。

 突然の大きな音に兵士たちは体をビクつかせ、動きを止める。


 訓練の賜物だ。何かあったらすぐに状況を確認しようとしている。

 そしてアレクシアに視線が集まった。


「あの女、なんでドレスを着ているんだ?」

「ティアニス王女殿下の護衛か?」


 色々と言われている。

 衆目に晒されてもアレクシアは堂々と立っていた。

 もう慣れたといったところだろう。


「これでいいかしら?」

「うむ。ご苦労だった」


 ティアニス王女は咳払いし、言葉を続ける。

 かなり無理して口調を変えている。


「そこの兵士。名前はなんと言う」

「マニです。王女殿下」

「マニか。覚えておこう。それで軍務卿をなぜ追わないのかだったな。奴らが連れて行ったのは王都にいた軍の三割だ。王都に残った軍で追撃するのは難しい。王都を空にするわけにはいかん」

「ですが、もし王都を包囲でもされたら」

「アーサルム軍が来るまで耐えればよい。それに、軍務卿たちは来ない」

「なぜそんなことがお分かりになるのですか?」

「太陽神教に寝返ったからだ。これは本人の口から聞いた」


 イーデリーが部下に耳打ちし、部下は立ち去っていった。

 この事実は帝国にもすぐに知れ渡ることになるだろう。

 隠しきれないならもうバラす方がマシか。

 だがまずは兵士たちを説得せねば。


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