第590話 どっちもダメならせめて得する選択肢を
伝令の報告からもう間もなく。
慌ただしい中、帝国からの使者を応接室へと案内する。
近くと伝令は言っていたがもう目と鼻の先だったようだ。
本来ならば他国の使者が国境を超える際に何の連絡もないなどとあり得ない。
だが今回は相手が王都にたどり着いてからようやく来ているのが判明した。
帝国の使者はアナティア嬢とティアニス王女が対応することになった。
できれば最高権力者である王族が出てくる前に閣僚か外務卿を出したかったのだが、この騒ぎの対応に忙殺されて動けないとのことだ。
「いやはや……驚きました。王国へ来てみれば国境を守る軍も王都を守護する兵士もいないのですから。あまりにも不用心というもの。連絡する手段もなく仕方なくこうして無許可で王城まで訪れましたが、許していただけますかな」
「ええ。こちらの不手際ですので今回に限ってはお気になさらぬよう」
「そう言って頂けると私もホッとするというものです」
一切悪びれることなく使者の男は笑う。
今回に限ってと強調したものの、国としては失態もいいところだ。
帝国の騎士たちを従えた使者を名乗る男は、細身で眼鏡をかけたインテリ風の人物だ。
「申し遅れました、私イーデリーと申します。ケルベス皇帝閣下のお言葉を伝えるために参上いたしました」
「なるほど。イーデリー殿。帝国とは隣国同士、手と手を合わせて協力する間柄です。それで本日はどのようなご用件でしょうか?」
使者の一団はそれほど多くはない。
護衛らしき騎士と合わせて六人ほどだろうか。
イーデリーの護衛は部屋の外でアズたちと共に待機している。
ヨハネは何故か同室するように言われてアナティア嬢の隣に座っていた。
「少し前に王国の王都を襲ったあの光。あれの被害についてケルベス皇帝陛下はいたく心配されておりました。帝国内の情勢も落ち着き、中から外を見る余裕がようやくできた、ということです。友人たり得る王国が困っているのではないか、そう考え支援の申し出に訪れた次第であります。実際にこの目で確認しましたが、ひどいものですな」
見られたか、という呟きが聞こえた。
案内もなく王都へときた彼らは十分にその目で被害の有様を視察できただろう。
王国からすれば弱みをただで見せたようなものである。
「支援ですか。その申し出は大変ありがたいとケルベス皇帝陛下にお伝えください。自力で建て直せるという言葉と共に」
「断ると? 我々が協力すれば復興はかなり早まりますよ。我々の建築技術はかなりのものだと自負しておりますゆえ」
「困ったときに自力で立ち上がれない者は、一生一人では立ち上がれなくなります。困難にあるからこそ助けを借りずにおくべきなのです」
「立派な考えだ。しかしですな、アナティア大公……おっと失礼、代理と呼ぶべきでしたか」
「今の私は戦争中の父に代わり全権を引き継いでいます。ですので構いません」
「結構。では続きを。まことに言いにくいですが、王国は混乱状態にあると推測します。それも国としての活動に支障が出るようなレベルで……。その原因は分かりかねますが、もし我々が侵略を目的とした集団であれば、今王城には帝国の旗が立っていてもおかしくはなかったのですよ」
国境や砦の兵士がいなかったせいで大軍の発見すらままならない。
もしそうなっていたら、きっと戦いにすらならないだろう。
王国の名前は消えていたかもしれない。
ティアニス王女が苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
アナティア嬢が肘でつつき、改めるように伝えている。
事実は事実だ。何を言ったところで否定するのは難しい。
「ケルベス皇帝率いる帝国はそのような無法をする国ではないと信じていますので」
「おや、これはずいぶんと信頼されていたものだ。ならば支援も受け取って頂きたいものですが」
意外に粘る。
はいそうですかと帰る気は一切ないようだ。
何事もなければそれでも追い返すことは難しくなかったはずだが、この状態ではあれこれと口実を見つけるのも難しくないだろう。
「確かに困ってはいます。ですがそれは全てコントロールできる範囲内です。よければ使者のイーデリー殿には復興の様子を見て頂き、納得して帰っていただければと」
「ふむ。滞在するのは構いませんが」
すぐに追い返せないならば、納得してもらうしかない。
この大変な時に使者の相手までしなければならないとは。
イーデリーがこっちを見る。
「それとヨハネ殿とはそのお方ですか?」
「ええ、私ですが」
「これを陛下から渡すようにと」
手紙を受け取る。
「確認しても」
「ええ。もちろん」
手紙の封をあけ、中を確認する。
内容を要約すると、この前は世話になった。借りばかり作るのもあれだ。一つくらいは返しておこう。
といった内容が書かれていた。
どうやらヨハネの援護の為にこの申し出を用意したらしい。
だから簡単には引っ込まないのか。
ケルベス皇帝の面子が彼らにはかかっている。
何の問題もないのならともかく、困っている様子なのに何もせず帰れないのだ。
これをアナティア嬢へと見せる。
「……なるほど。友という言葉はそっちに向けられたものでしたか」
「ええ。陛下からの善意の申し出ですよ。なので受け入れていただきたいのですがね」
もちろんそれだけではないはずだ。
この機会に王国の内情を探ることも目的には入っているはず。
何かあったことはもうバレている。
その内容までバレるわけにはいかないが、これでは強引に追い返すわけにもいかなくなった。
関係悪化の方がまずい。
「……分かりました。王都の復興は急務ですので支援は受け入れます。ですが、護衛を除き軍隊などの駐留は認められません。それはお伝えしておきます」
「それはよかった。早速職人たちを呼び寄せましょう。良い技術交流になるはずです」
イーデリーは眼鏡をクイッと上げて笑顔を崩さずそう告げた。
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