第588話 生贄の条件とは

 敵が追ってこない。

 しばらく移動した後、ようやくその事実に気付いた。

 クリスプス軍務卿たちも何かしら移動手段があったはず。

 十分な距離を取ったと判断し、ティアニス王女の指示で一度足を止める。


「一度止めて! アナティア姉さんに連絡するわ。もしかしたら危険が迫ってるかもしれない」


 魔道具を使用し、アナティア嬢との通信を開く。


「ティアニス、どうしたの? そっちで何かあった?」


 聞こえてきたのはいつも通りのアナティア嬢の声だった。

 少なくとも差し迫った危機にあるようには思えない。


「色々あったといえばあったけど……、とりあえずアナティア姉さん、身辺を固めて。出来れば私が戻るまでは誰とも会わないように。それから叔父様……バロバ公爵に軍を戻すように伝えて欲しいの。今すぐに」

「……分かったわ」


 深くは聞かず、アナティア嬢は頷いて通信を切る。

 一を聞いて十を知るというが、相変わらず判断が早い。


「これでよし、と。行きましょう。王都の事態を把握するのは早ければ早いほどいいわ」

「分かりました。アナティア嬢が無事でよかった。クーデターでも起きているのかとひやひやしましたよ」

「私もよ。ただそれにしては動きがおかしいわ。ユーペ姉さんも私も積極的に捕らえる気がないようだったし、王都でも特になにもない。これじゃあただ連中の正体がつまびらかになっただけよ」

「いくらめちゃくちゃなことをする相手とはいえ、ただ損をするでしょうか」


 合理性というものは獣であっても何もなければ優先するものだ。

 目的が分からないことがひたすら不気味に思える。


「ユーペ姉さんは何か知らないの? やり取りをしていたんでしょう?」

「どうかしら……。ただ約束の日は近いとはよく言ってたわね。その日のためにより多くの薪を集めなければって」

「薪……か」


 薪。太陽神教の言う薪とは人間の生贄のことだ。

 どうやら彼らが人を燃やすと太陽神への贄になるらしい。

 そのためにより多くの生贄を求めているということか。


「欲しいのは王国じゃなくて、王国に住む民なのかしら? でもそれだって乗っ取った方がきっと上手くいくはずだし」

「そもそも彼らは最初から自分から正体を現していますから。我々の都市カソッドが襲われるまでは太陽神教は王国に溶け込んでいましたし、中枢にも入り込んでいた」

「もしかして正体を明かさないといけないルールがある?」


 宗教における儀式とは、外から見ればどれほど無意味に見えてもその宗教にとって重要な意味を持つ。

 太陽神の復活に捧げるための生贄は、きっとただ燃やして殺すだけでは意味がないのかもしれない。

 敵。そう、敵として倒すとか、自らの意思で捧げるとか。

 そういった認識が生贄には必要なのではないだろうか。


「あり得なくもないわ。神の復活なんてことがそう簡単にできるとは思えない。そう考えると色々と辻褄が合う気がする」

「ここでティアニス王女が生き延びれば、太陽神教は王国の敵になる。いえもうなってはいますが、こうなってはアーサルム軍だけではなく、国を挙げて対処しなければならなくなった」

「太陽神教としては信徒と敵が一挙に生まれるというわけか。なんて迷惑なのかしら」


 エルザに近寄り、意見を求めてみた。

 宗教が違うとはいえ、司祭としての意見を聞いてみたい。

 しばし考えこんだ後にこっちを向く。


「生贄についてはあまり考えたこともなかったですが……。質という意味では変わりますね。神とは信仰によって定義される存在です。どれだけ力があっても、神として定義されれば信仰がなければいずれ存在が消えてしまう。名前が知られるだけでも意味があるので、効果はあるでしょう」

「鶏が先か卵が先かって感じだな」

「そうですね。恐らくどこかでこの方法に気付いて、復活の期間を大幅に短縮することにしたのでしょう。スラムの子供を攫ったり、身寄りのない信徒に命を捧げさせるよりもずっと早いから」


 思い返せば、太陽神教は目立つことを優先していた気がする。

 銅像を建てていたのもそうだし、隕石を降らせたのもそうだ。

 やろうと思えば王国を滅ぼすことだってできただろうに。


「なにそれ。私たちは料理される食材ってわけ?」

「ちょっと寒気がしたわ……」

「決めつけるのはまだ早いが、一つの考えとして持っておこう」

「私はそんな連中のところに行く予定だったの?」

「そうね。あのままなら連れて行かれたと思うわ。そそのかされたお姉さま」

「……」


 ユーペ王女はそれ以上何も言わず、うつむいて肩を抱きしめた。

 ことの重大さがようやく分かってきたのだろうか。


 それからは無言で王都を目指した。


「門番がいないわ」


 王都の門を守る門番がいない。

 必ず誰か一人は配置されているはずだ。


 フィンに忍び込んで貰い、門を開けてもらう。

 王都の景色はいつも通りだった。

 そのことにまずはホッとする。


「王城へ行くわ。すぐにでもアナティア姉さんと状況を共有しないと……。軍務卿の空いた穴もあるし、そもそも王国軍そのものがどうなっているのか分からない」


 全員で王城へと向かう。

 ……兵士の姿が普段に比べて少ない。少なすぎる。

 アナティア嬢の部屋へと移動し、ノックせずにドアを開けた。


 中では深刻な顔をしたアナティア嬢が待っていた。

 通信の後に何かあったのだろう。


「おかえり、ティアニス。無事で何よりだわ。ユーペも……どうやら火傷が治ったようね」

「またその顔を見ることになるなんて。最悪よ」

「ただいま、アナティア姉さん。それでなんだけど」

「事態はおおよそ把握したわ。迂闊だった。入念に準備されていて気付くのが遅れたわね」


 それからお互いの情報を交換することにした。


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