第587話 ユーペ王女のおまけつき
このような事態に陥ったことは初めてではない。
魔物に囲まれたこともあるし、太陽神教や帝国軍にも包囲された経験がある。
だがまさか自国の騎士に剣を向けられたのは初めてだ。
こっちには第一第二王女がいるというのに、躊躇する様子が一切ない。
この国は大丈夫なのだろうかという不安を抱えながら、アズたちに導かれるまま走った。
こうなっては今信じられるのは権威ではなく個人の力だ。
ヨハネにはなくても、アズたちにはそれがある。
馬を待たせている場所へと向かう。
「ちょっと待って……身体は治ったけどずっと寝たきりだったから体力が」
ユーペ王女が真っ先に息を切らす。
さっきまではアズたちも苦しめるほどの能力を見せていたというのに。
力を完全に奪われてしまったようだ。
こうなってはお荷物なのだが、見捨てる訳にもいかない。
「置いていこうかしら」
ぽつりとティアニス王女が呟くと、ユーペ王女が全力でしがみつく。
「ちょっと待ってよ! 今置いていかれたら私どうなるか全くわからないじゃないの!?」
「あの方あの方ってずっと言ってたでしょう姉さん。迎えに来てくれたんだからあっちにいったらどうなの」
「だってそう言うと喜ぶから言ってただけで! 後ろ盾になってくれるって言うから私もサービスしてあげたというか……」
「我が姉ながら最低だわ」
「そんなこと言わないでよ。私も連れてってよ。血を分けた姉妹でしょう」
「アナティア姉さんと交換できないかな……」
ティアニス王女は心底いやそうな顔で空へと視線を向ける。
だが最後まで見捨てるという言葉は出なかった。
親族への情はやはり捨てきれないのだろう。
エルザが肩を貸すことでなんとか速度を保つ。
「エルザはいいのか? さっきまではあまりいい顔をしてなかったが」
「ユーペ王女に個人的な感情は持ってませんから平気ですよ。忌々しい力は抜けきっちゃったみたいですし。できればあれは破壊したかったのですけど、今は難しいですね」
先頭のアズとフィンが武器を持った騎士たちと接触する。
フィンは鎧の繋ぎ目へとナイフを突き刺し、無力化した。
全身に鎧を着こんだ相手は短剣では分が悪い。
あれが一番効率がいいのだろう。
アズは剣をそのまま振り抜く。
封剣グルンガウスの力を発揮しなければ、鎧に対しては鈍器のようなものだ。
重い打撃音がして騎士が倒れ込む。
思いっきり凹んでいるが……アズの前に立った不運を恨んでくれ。
囲んでいた騎士の数は多いが、立ちふさがる騎士はそれほどではない。
並の騎士ではアズとフィンは止められず、次々と突破していった。
「ちょっと、矢が来るわよ!」
「耳元で叫ばないでくださーい!」
ユーペ王女の声が響く。
弓を引いた騎士たちがこっちを狙って矢を放ったのだ。
風切り音と共に弓矢が弧を描いて振ってくる。
「こっちは任せて」
アレクシアが右手の人差し指を向かってくる矢群へと向ける。
すると風の魔法が発動し、矢の軌道が大きく乱れていった。
「あら、凄いのね」
「いいから足を動かしてくださいってば。追いつかれますよ」
「わ、分かったわよ。司祭なのに優しくないわね」
そんなことがありつつも、もう少しで目的地にたどり着く。
馬の姿が見えてきた。
もしかしたら足を奪うために殺されているかもしれないと思ったが、無事なようだ。
軍馬は貴重な財産でおいそれと金で買えるものではない。
もしかしたら惜しかったのかもしれないが、助かった。
だが、そこへ大柄の騎士が立ちふさがる。
今までの騎士とは明らかに風格が異なり、アズとフィンの足を止めさせた。
「こいつの相手は私たちがやるから、馬の用意をして」
「分かった」
フィンの言う通りに進む。
大柄の騎士は剣を振って進路を妨害しようとしたが、アズがそれを弾き返した。
よほど自信があったのか、子供のアズに防がれたことで驚いたのが見える。
アズをただの子供だと思うと痛い目を見るぞ。
「アズ、フィン。そんな奴すぐに倒してこい」
「はい!」
「言われなくても!」
大柄の騎士が最後の障害だった。
次々に馬へと乗り込む。
もたもたしていたユーペ王女の尻を押し込み、後はアズとフィンだけだ。
「こっちはいつでも出れるぞ!」
二人に声をかける。
大柄の騎士は見た目によらず俊敏で、アズとフィンの動きに対応していた。
相当な実力者だ。
だがそれはあくまで正攻法での話である。
目の前で煙玉が爆発し、視界が奪われた瞬間アズが両膝の裏へと思いっきり剣を当てる。
「ぐっ、なんて力だ」
相手は体勢が崩れてガクンと膝が地に付く。
すぐに立ち上がろうとしたが、その前にアズの一撃が脳天に直撃した。
よほどいい鎧だったようで、アズの一撃にも凹むことなく耐えたがその分衝撃は内部に伝わり気絶する。
それからすぐにアズとフィンが残った最後の馬へと乗馬して全員で駆け出した。
正直拍子抜けした。
もっと絶望的な包囲網かと思ったが、思ったより簡単に抜けられたからだ。
おかげでこっちはほぼ犠牲なく脱出できた。
ユーペ王女というおまけつきでだ。
彼女をどうするのかは……ティアニス王女に一任するとしよう。
やったことはそれなりに悪辣ではあるのだが、どこか憎めない部分がある。
「問題はこれからよ。クリスプス軍務卿の派閥は巨大なの。一体どれほどの人間が内通していたのか考えたくもないわ。それにバロバ公爵にもこのことを知らせないと」
「下手すると離反した軍務卿が後ろから挟み撃ちにしてしまうからですか。それはまずいですね」
軍務卿という王国軍の柱の一つが敵国と内通などと、今までのことが吹き飛ぶ大事件だ。
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