第586話 話が通じない
クリスプス軍務卿。
王国の軍事において最高位の地位にいる人物であり、戦争になれば元帥としての役割も持つ。
そんな人物が騎士たちを率いてやってきた。
剣呑な雰囲気が場を支配する。
助けに来たというわけではなさそうだ。
「私を助けに来たって雰囲気じゃなさそうね」
「おや、どうしてですか? 王女殿下の危機を聞きつけ急いで駆け付けたという可能性もあると思いますが……」
「じゃあどうして騎士たちに館を囲ませているのかしら?」
そう。
現在周囲は騎士たちによって囲まれている。
しかも剣を抜いた状態で、だ。
「いやはや、驚きましたよ。調査ごっこを始めたと思ったら、すぐにタズーラに馬を飛ばすのですから。その行動力は立派なものです。正直侮っていました。おかげでこうして姿を現す羽目に……ユーペからこれを回収する必要もありましたからね」
「そう。褒めてくれてありがとう。私も驚いたわ。国の重要な要職についた人間が王女に剣を向けるなんてね」
ティアニス王女の近くへ移動し、円陣を組む。
ユーペ王女は気絶しているようなのでそのままにしておいた。
「いつからなの? いつからあんたは王国を見限ったのかしら」
「……最初からですよ。そもそも太陽神教がこの国に根を張ったのはずいぶん昔のこと。いくらでも時間がありましたからね。もっとも、あの隕石を見るまでは本当に大陸を支配するほどの力があるかは疑問でしたが。事前に聞いていたよりも凄まじかった」
「あれがくるのを知ってたの!? 知っていたなら防ごうと思えば防げたじゃない!」
ティアニス王女は激昂する。
王都には結界がある。
事前に分かっていたなら結界を強化して備えることができた。
十分に強化された結界ならあの世界の終りのような攻撃でも耐えることができただろう。
例え破られたとしても被害は今よりもっと少なかったはずだ。
「なぜ防ぐ必要が? 何もせずとも王権を引き継ぐような無能を排除でき、将来の敵の戦力が削れるというのに。ティアニス王女、貴女が無傷というのは計算外でしたが」
「あの隕石で何人死んだと思ってるの……。どれだけの人たちが家を失って、怪我をして、苦しんだと思ってるのよ! そういえば貴方たちの派閥は誰一人として被害を受けてなかったわ。それも計画のうちか。だって相対的に派閥が大きくなったものね」
「ふふ。痛ましいですね。ああ、救ってあげねばなりません。太陽神教の手で」
クリスプス軍務卿は次々と衝撃の内容を話す。
本来言わなければ分からないことばかりだ。
それをペラペラ話すということは、生かして帰す気がないということか。
騎士の包囲網はアズたちなら破れると思う。
だがもしクリスプス軍務卿が使徒の力を持っているとしたら……。
「ティアニス王女殿下、どうにかして逃げる必要があります。王都に戻れば対抗できますか?」
「クリスプス軍務卿の派閥は軍隊の中枢を担っているけど、全てを掌握してるわけじゃない。それに敵対している派閥だってあるわ。どれだけ裏切っているのかは分からないけど、王都に戻れば対抗するだけの戦力はあるはずよ。もし軍隊そのものが裏切ったなら終わりだけどね」
クーデターという言葉がよぎる。
一番クーデターを成功させやすい立場といえばまさに軍務卿だ。
まさか計画では王族を全滅させるつもりだったのでは……。
だから生き残ったティアニス王女の足を引っ張ることばかりしていたのか。
予定と違って生き残ったので力を削ぐために。
冷や汗がほほを伝う。
包囲網はジリジリと狭くなってきている。
ここにいたままではどうにもならない。無理にでも包囲網を突破し、味方の所へ行かねば。
「私の代で終わらせるつもりはないわ。太陽神教が今までしてきたことは貴方も知っているはずよ。信仰は揺らがなかったの?」
「全ては些事です。最後には太陽神様の炎で、皆を楽園へと連れて行っていただける。過程などどうでもいいではありませんか」
「過程が信用できないのに結果を信用するバカはいないわ。それを間抜けって言うのよ」
他人を騙す人間がはたして約束を守るだろうか。
太陽神教はもはやなりふり構っていない。
とても信用できる相手ではなかった。
「ティアニス王女。貴女は可哀想だ。我らが神にお会いしてないからそう思うのです。あの圧倒的な力、権能! 一目見れば理解するでしょう。神にお仕えすることが最適なのだと」
「……話が通じないわ。どうしようヨハネ」
信仰というよりは狂信だ。
あるいは洗脳とでも言った方がいいのかもしれない。
言葉でどうこうできる段階はとうに過ぎている。
「うーん……」
ユーペ王女が目を覚ます。
寝惚けた状態で立ち上がると、状況が飲みこめておらず鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
そんな中、クリスプス軍務卿の姿を見てパッと顔を輝かせる。
「クリスプス、私を助けに来てくれたのね!? 待ってたわ。早くティアニスをなんとかして頂戴!」
「……止めを刺してなかったんですか? ああ、相変わらずうるさくて頭が痛くなる。ようやくこの声を聴かずに済むと思ったのに」
「どうしてそんなことを言うの? わ、わたしを助けに来たんじゃ」
「そんな理由で来るわけないでしょう。もう貴女は用済みなんですよ。用済み。騙しやすくて見た目はいいから近づいて利用してあげたんですが、もう要りません」
ユーペ王女が信じられないという顔をする。
心の底からクリスプス軍務卿のことを信じ切っていたようだ。
正直男を見る目がないというか、もう少し疑ってかかるべきだと思う。
「ティアニス、あいつあんなこと言うんだけど。酷いと思わない?」
「そこで私に縋りついてくるの本当に姉さん良い度胸してるわね……。昔から調子がいいというか」
ティアニス王女は苦笑していた。
緊張が思わず抜けてしまうようなコントを見せられた気分だ。
「ねぇ、あんたたちは騎士だけなら倒せる?」
「今いるだけならいけますよ。ご主人様だけは絶対に逃がします」
「私たちも逃がしてほしいんだけど……。とにかく馬のいる場所に行くために力を貸して」
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