第585話 姉妹の立場が変化する時
火によって館の全域に延焼が進んでいる。
これ以上中にいたら倒壊で生き埋めになりかねなかった。
崩れる柱をエルザやアレクシアが押し退け、アズが障害物を斬る。
ユーペ王女を追いかけるために入り口へと回ってようやく外に出た。
窓の下にはフィンとティアニス王女がいたので、もしかしたら危険な目に合っているかもしれない。
館をぐるっと回って、ユーペ王女が飛び出した場所を目指す。
そこでは王家の護衛に囲まれたフィンたちと、苦しそうに首を押さえているユーペ王女がいた。
フィンが倒したのか何人か地面に倒れている。
効果はあったようだが、まさか首を斬っても死なないとはなんという生命力だ。
首と胴体を繋げる再生は難しいらしく、地面でもがいている。
ティアニス王女を助けるために近づこうとすると、ティアニス王女からジェスチャーで止められた。
何か考えがあるようだ。
いざとなったらすぐに助けに行けるように、アズたちに頼んでおく。
ユーペ王女が片手を地面につけて立ち上がる。
どうやらアレクシアが砕いた関節はもう治りつつあるようだ。
ティアニス王女へとゆっくりと近づいていく。
「うぅ、痛い……。なんで私がこんな目に合うのよぉ。ティアニス、あいつらを止めなさい。あんたの子飼いなんでしょう?」
「あら、ユーペ姉さん。襲ってきたのは貴女からだと思うんですけど、もう忘れたの?」
「それはあんたが私を責めるからでしょ! ごほ、首が繋がらない。なんなのこの傷……ずっと痛めつけてくる」
「どう? 私の部下は優秀なのがよく分かった? なんでも他人任せにしていた姉さんには誰も付いてこなかったみたいだけど」
「そんなことない……。そんなことないんだから」
「王家の影だって正気を奪って操ってるみたいだし、世話をする人間もいないようだけど……」
ユーペ王女は再びへたり込む。
どうやらダメージが思いのほか大きいらしい。
「分かった、分かったわティアニス。貴女の勝ちよ。正式な王家の跡継ぎだって認めてあげる。だからもう許して。私は死にたくないの。せっかく顔も体も元通りになったのにこんなのってない」
ユーペ王女が弱るにつれて明確に立場が変化していくのが見てとれた。
ティアニス王女は髪を耳にかけながら、ドレスのスカートを押さえて座り込む。
ユーペ王女と目線を合わせるかのように。
「わぁ嬉しい。あのユーペ姉さんが私にそんなことを言うなんて」
「わ、私たちはもう二人しかいない家族じゃない? こんな殺し合いをするなんておかしいわ。そうに決まってる」
「そうね。血の繋がりはアナティア姉さんたちにもあるけど、家族という意味ではもう私たちだけになってしまった。ユーペ姉さんが生死の境目を彷徨ったと聞いた時は本当に心配したのよ?」
「ありがとう優しいティアニス。私も少し大人げなかった部分があったわ。反省する。だから……」
「その前に王家の影をどこかにやってくれない? ずっと私を狙ってきて怖いの。こんな状態じゃ姉さんと落ち着いて話ができないわ」
「もちろんよ。すぐに下がらせるわ」
ユーペ王女はティアニス王女が心を開いたと判断したのか、頷いてすぐさま王家の影たちを下がらせる。
遠くに下がるとフィンも武器を仕舞い、成り行きを見つめていた。
「ありがとう姉さん。これでゆっくり話ができるわ」
「私たちは姉妹だもの。ちゃんと話し合えば理解し合える。そうでしょう?」
二人は笑顔でそう言っているが、お互いがお互いを騙そうとしているのが分かる。
ティアニス王女はまるで凍り付いたような笑顔で、普段の無邪気さが混じるそれではないし、ユーペ王女はやはりどこか卑屈さを感じさせる。
「あんまり長引かせない方がいいんじゃないですか? せっかく付けた首の傷もゆっくりですが治ってるみたいですし、もしティアニス王女を人質にされたら」
「そうだな……だが何か考えがあるんだろう。もう少し見守ってみよう」
「分かりました。でも何かされそうになったら動きますからね」
「ああ、その時は頼む」
アズの意見に賛同しつつ、もう少しだけ様子を見る。
交渉ごとにおいてはティアニス王女は年齢からは信じられないほどしたたかな面がある。
もしかしたら有益な情報が手に入るかもしれない。
「本当に悪いのは姉さんじゃないのは分かってる。でも今のままだと私は姉さんを疑うしかないの。疑いたくなんかないのに」
「ティアニス……ああそうね。お前にも立場があるんだから当然だわ。落としどころが必要ね」
「さすが姉さん。私はたった一人の姉さんを守りたいの。だから教えて。あの方って誰?」
ティアニスが見せたのはゾッとするような奇麗な笑みだった。
相手の心の内を無遠慮に覗くような恐ろしさがある。
ユーペ王女は少しだけ気圧されたように見えた。
「それは……言えば私を助けてくれるってことかしら?」
「約束するわ。我が家名に懸けて」
しばらく迷った末に、言えば助かると判断を下した。
「クリスプス軍務卿よ。彼の言う通りにしたわ。だって傷ついた私を陰ながらずっと助けてくれてるの。あの薬だって彼から……」
「軍務卿が……?」
ティアニス王女は驚きを隠せず、顔色が少し悪くなった。
当然だ。
王国の軍隊のトップである軍務卿が第一王女を裏から操っていたなんて想像もしていなかった。
対立してはいたものの、まさかそこまでやるとは。
「私は悪くない。だから……」
「貴女にはガッカリですよユーペ王女殿下。所詮保身だけの王家の恥さらしか。そんな人間に太陽神様の力はもったいない。没収です」
いつの間に現れたのか。
男が一人そこに立っていた。
没収という言葉が聞こえた瞬間。
ユーペ王女の様子が豹変した。
泡を吹き、倒れ込む。
そしてその体から黒い煤のようなものが排出され、男の元へと移る。
どうやら首は繋がっていたようで、かろうじて息はしていた。
「王家の血筋ということもあって素体としては合格でしたが、やはり素体だけでは意味がないか。良い実験になりました」
黒い煤が集まり固まって石になる。
それを男は懐に仕舞い込んだ。
ティアニス王女は立ち上がり、その男の方を見る。
「クリスプス軍務卿。どうしてここにいるのかしら?」
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