第584話 自己愛の行きついた先

 これだけ館が燃えているというのに都市の人間は誰も見にくる様子がない。

 普通は火事が起きればひとまず確認くらいはするはずだ。

 この都市そのものがもしかすればユーペ王女の意のままになっているのか。


 館の火はエルザの結界とオルレアンの火の精霊のおかげで、こっちまで被害は出ていない。

 戦っているアズたちはエルザの祝福やアレクシアの魔法で普通の火程度ではダメージは負わないようだ。

 問題があるとすれば酸素と建物が持たなくなることか。

 とりあえず近くの窓を全て開けて酸素を確保する。


 外ではフィンがティアニス王女を守りながら周囲を警戒している。

 館に残っていた王家の影がつけ狙っているらしく、こっちには来るのは難しい。


「そっちは任せたぞ!」

「分かった。あんたたちの方は大丈夫なの?」

「なんとかなりそうだ!」


 大声で声を掛け合う。

 フィンがいればあっちは大丈夫だろう。


 それでこっちの戦況はどうなっているかと言えば、優勢なのはアズたちだ。

 ユーペ王女の剣技は素人丸出しのへっぴり腰で、ヨハネですら軌道が読める。

 冷静さを失っているので大振りばかり。

 訓練を受けたアレクシアや、そのアレクシアやフィンと剣の腕を磨いているアズからすれば赤子の手をひねる様なものだろう。

 だがそれでも押し切れないのはユーペ王女の能力の異常さがあるからだ。


 あのアレクシアが剣を防御したら吹き飛ばされ、アズよりも早く動く。

 完全に基礎スペックのみで不利を覆していた。

 ユーペ王女は剣を大きく上へ振りかぶり、アレクシアへと振り下ろす。

 アレクシアはあえて避けずにその剣を戦斧の柄で受けた。


 鈍い金属が衝突する音がして、アレクシアは立っていられず床に膝を付く。

 ゆっくりと剣がアレクシアの顔へと近づいていった。


「よく見るとずいぶんと奇麗な顔をしてるのね。私よりは劣るけど、お前の顔を焼いたらどんな悲鳴が聞けるのかしら。私に聞かせてちょうだいよ」

「聞きしに勝る拷問好きね......! あいにく、あんたと違って私は見せる男がいるからごめんよ!」

「わ、私にだってあの方がいるんだから」


 激昂したユーペ王女の両腕に筋肉がせり上がる。

 アレクシアは思わず苦悶の声を漏らすほどの力で抑えつけられていた。


「ずいぶんと気が短いわね。そんなんで王族としてやっていけてたのかしら」

「当然よ! あの襲撃が来るまで私は正当な王家の……」


 ユーペ王女の声が止まる。

 胸から剣が突き出ていた。

 アズが後ろから刺しこんだのだ。


「ごほっ、この……無礼者」


 ユーペ王女が吐血する。

 アレクシアは腕当てで燃える血を防御した。

 熱さで顔をしかめている。


「良かった。別に不死身ではなさそうですね。これなら殺せる」


 アズの右目の色彩が輝く。

 封剣グルンガウスはそれに呼応して剣身に魔力が満ちていった。


「や、やめて」

「貴女は誰かにそう言われた時、止めたんですか?」


 アズは言い終わると同時に剣を引き抜き、封剣グルンガウスの効果を発動させた。

 刺した場所を中心にいくつもの裂傷が発生する。


 アレクシアはユーペ王女の力が抜けた瞬間剣を横に反らし、思いっきりユーペ王女の膝を蹴り飛ばした。

 骨が折れる音がする。

 どうやら足の関節を破壊したようだ。


「外見は良いのに中身はとっても脆いのね。簡単に砕けちゃった」

「う、美しい私の足が……なんてことを。逆賊め。万死に値するわよ」

「逆賊なんていたわれたのは初めてだわ。帝国に裏切られた時ですら言われなかったのに」


 アレクシアは苦笑すると両手を肩まで上げると首を左右に振った。

 ユーペ王女の身体は強制的に回復しようとする。

 だが立てるようになる前にアレクシアが足を砕いていった。

 その痛みたるや、ユーペ王女の目から涙が流れるほどだ。


 女の涙を見てこれほど何も思わない日がくるとは思わなかった。

 同情の気持ちが全く湧かない。


「首を落とせば死ぬのかしら?」

「試せばわかりますよ。……もし人のままならここまでする必要はなかったんですが、今の貴女は危険すぎます。ご主人様を害するような人は、私が許さないと決めているので。恨んでくれても構いません。そのくらいの覚悟はありますから」

「嘘、嘘よね? そんなことしないわよね? わ、分かったわ。私が悪かった。なんでもする。お金ならあげるし、この身体が欲しいなら触らせてあげてもいい。私には利用価値があるわ」


 ユーペ王女は俺がこの場の主導権を持っていると判断し、手だけではってこっちに来ようとした。

 先ほどまでの嘲りの表情から、憐れみを誘うような男に媚びた顔をしている。

 ……ティアニス王女やアナティア嬢なら例え命の危機であっても絶対にしない表情だった。


「ティアニス王女が王位を継ぎたいなら認めてあげる。ほら、私は奇麗でしょう?」

「それ以上近寄らないでくれますか? あなたからは卑しい匂いがしますので」


 エルザがメイスを振り上げ、ユーペ王女へと振り下ろす。

 悲鳴を上げてアズの方へと引き戻された。


 エルザはエルザで容赦がない。

 太陽神に関わりがあるからだろうか。


 もちろん少しでも油断すればこっちが全滅するような危険な相手だから、これくらいはやらないといけない相手なのだが。

 あれは人の姿をした怪物だ。

 言っていることも一つも本心ではない。

 今だけ助かればいい。助かった後で絶対に復讐するという考えが透けている。


 アズが火と水の精霊の力を引き出し、全力で首を斬った。

 まるで太く硬いゴムを斬るかのようにゆっくりと刃が進み、ついに首を落とす。


「私の顔、私の首!」


 驚くべきことに、首と胴体が離れてもユーペ王女は喋った。

 それだけではなく、落ちた首を拾い上げて元の位置に戻そうとする。


「あああ! 繋がれ、繋がって。私は王女なのよ。あの方の寵愛を受けて、王国の光になる運命なのよ。こんな、血の色すら分からない人間なんかにいいようにされていいわけがない」


 首を押さえたまま錯乱し、燃える血を撒き散らしながらふらふらと歩く。

 アズが介錯のために剣を構えると、悲鳴を上げて窓へと走った。

 そのまま外へと飛び出す。


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