第583話 駄々をこねる子供

 太陽神の使徒。

 ユーペ王女は使徒もどきらしいが、それでも並外れた存在となったのは嫌でも分かる。

 ドレスから惜しげもなく晒す肉体には全身火傷の傷痕は一つも残っておらず、なるほど王国で一番美しかったという言葉は決して嘘偽りではなかったようだ。

 しかし同時に人間ではなくなっている。


 燃える靴を履いて平然としており、髪の先からチリチリと火が燃えていた。

 まるで火そのものになったかのようだ。


「皆注意して。成りたてとはいえ何かしらの権能は持っているかもしれない」

「注意って言ってもね。ただ火の精霊が嫌っているところを見ると普通の火じゃなさそう」

「ご主人様に危害を加えるなら戦うだけです」


 アズが創世王の使徒の力を解放する。

 火と水の精霊の加護がアズを包み込んだ。


「アズちゃん、以前カタコンベで戦った使徒を覚えてる?」

「もちろん覚えてます」

「あれは使徒の残骸で権能は失っていたけれど、それでもあの強さだった。ここであの使徒を止めないと、もしかしたら本物になってもおかしくない。そうなったら天秤がまたあいつらに傾く。必ず倒すよ」


 エルザもいつになく真剣な表情だった。

 オルレアンと共に後ろへと下がる。

 近くにいるだけで昼間の砂漠のような熱さだ。


 先頭のアレクシアが戦斧の先端をユーペ王女に向ける。


「何だか知らないけど、さっきから聞いてると貴女ムカつくのよ。自分の都合ばかり言って。ちょっと頭にきたわ」

「……帝国の女が何を偉そうに。その様子じゃ、どうせ男に媚びて生きてきたんでしょう?」

「あんたは男に振り向いてすら貰えなさそうだけどね。性格が終わってるわよ!」


 アレクシアは戦斧を大きく振り回し、ユーペ王女へと斜めに振り下ろす。

 鎖骨を狙った一撃だ。

 戦斧の刃が当たる直前、ユーペはそれを手袋に包まれた手で受ける。

 風がユーペ王女の髪とドレスを揺らす。

 だが、それだけだった。


「素晴らしいわ。この身体! 今ならなんでもできそうな気がする」

「このっ」


 アレクシアは両手で戦斧に更に力を込めているが、それ以上進まない。

 掴まれた戦斧が熱によって赤く染まり始める。


「チッ」

「あら、もう終わり?」


 アレクシアは一度戦斧を引いた。

 並の一撃では効果的なダメージは与えられそうにない。

 アレクシアが引く代わりにアズが前に飛び出す。

 魔力をのせた封剣グルンガウスが輝きを帯びている。

 そのまま袈裟斬りにした。


 ユーペ王女はそれも同じように手で受けようとしたが、剣が触れた瞬間に慌てて手を引く。

 結果的に少し触れただけで空振りとなった。


 だが、ユーペ王女の手首には深い切り傷が生まれる。

 そこから流れ出る燃えた血は床に火をつけた。

 ユーペ王女は傷口を抑えよろめく。

 やがて傷は消えていった。


 そしてその元凶であるアズを睨む。


「痛い、痛い痛い! なんなの、なにをしたのよこの私に。無礼者! お前たちとは価値が違うのが分からないのか!」


 ユーペ王女は傷のない方の手から剣を生み出した。

 剣も柄も全てが真っ赤な剣だ。

 血のように美しい。


「貴女が誰かは関係ありません。敵を倒す。それが私の役目ですから」

「そうね。ムカつく相手なら尚更だわ」

「私はご主人様とオルレアンちゃんを守ってますから、頑張ってくださいねー」


 エルザは被害が及ばぬように結界を張ってくれた。

 こうなったらアズとアレクシアに任せるしかない。


「二人とも、頼むぞ!」

「誰に言ってんのよ。こんなの相手じゃないわ」

「頑張ります!」


 ユーペ王女はこっちへと歩く。

 あくまでも優雅に。

 自分が格上だと誇示したいかのようだ。


「帝国女よりその貧相な子の方が厄介ね。それに私に傷をつけるなんて許せない」


 アズに狙いを定めたのか、剣を構えてアズへと振る。

 距離は十分にあったが赤い剣の剣筋から火が発生し、アズを襲う。

 アズはステップで回避した。


 その隙にアレクシアがユーペ王女の後ろへ回り込み、今度は首を狙う。

 先ほどとは違い、戦斧に火を纏わせ魔力で自らも強化していた。

 すると分厚い鉄同士が接触したような鈍い音がした。


 グラリとユーペ王女の体勢が崩れる。

 だがすぐに持ち直し、首に戦斧が当たったまま押し返し始めた。


「あなた、その姿で本当に人間って言えるのかしら? どう見ても化け物よ」

「私が化け物ですって……! その顔と髪を焼いて二度と男の前に出られなくしてやる」


 アレクシアよりもユーペ王女の方が力が強いらしく、だんだんとアレクシアが押されていく。

 勝ちを確信したユーペ王女の口角が上がり始めた時、アズが戦斧を思いっきり蹴る。

 再びユーペ王女の体勢が崩れ、ついに床に転ぶ。

 慌てて落とした赤い剣を拾い構えた。

 殺気に比べて余裕がなくなり、動揺しているのが見える。

 決して無敵の存在ではない。


「力は強いけど中身はやっぱり箱入りのお姫様って感じ。ただ私の武器じゃ殴れても斬れなさそうね。とっても硬いわ」

「多分使徒ってそういうものなんだと思います。普通の武器じゃあまり効果がないのかも」

「とどめはアズに任せるから。私はなるべく動きを止めるわ」

「分かりました。私なら首を斬れると思います」

「誰の首を斬るかって? 私は王女なのよ? そしてあなたたちを皆殺してこの国の全てを手にするんだから。未来の女王に対してなんて口を利くのか」

「未来の女王は人のご飯を盗んで喜ぶんですか? 最低ですね」

「黙れ! 私の何が分かる」

「分かりませんよ。だってさっきからずっと我儘しか言ってないじゃありませんか」


 アズの一言がよほど気に障ったのだろう。

 なりふり構わず剣を振り回す。

 こっちにまで余波がくるほどだった。


 アズとアレクシアは飛んでくる剣波をかわしたり打ち消したりして前に進む。

 見事な館がどんどんと燃え崩れていった。

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