第579話 外には言えない話

 貴族社会というものは、どこか平民のそれとは違うのではないかと思っていた。

 しかし蓋を開ければその中にあるのは人間の感情そのものだ。

 そこに金や権力などが追加されただけに過ぎないと最近思うようになった。


 貴き青い血などというものは幻想にすぎない。

 同じように生きている人間なのだ。

 悩みもすれば嫉妬もする。利権に近いがゆえに平民よりも力を合わせることが難しい。

 純粋に生きるための苦労はあまりしていないので視野は狭いと思う。


 ある意味、平民の方がよほど気楽なのかもしれないな。

 何もかも嫌になれば畑でも耕せば食うには困らない。


 次の日、王女から部屋に来るように申し付けられた。

 考えがまとまったのだろう。

 ノックをしてから返事を待ち、部屋に入る。


「来たわね。話が漏れないように魔法でどうにかしてちょうだい」


 頷いてアレクシアに魔法を頼む。

 静寂の魔法の効果で部屋内の会話は外に漏れることはない。

 ティアニス王女はどのような時であっても覇気のある顔つきをしているのに、今日に限っては少し憂鬱そうだった。

 服装は動きやすい外行きの服装をしている。


「これで大丈夫です」

「そう。ご苦労さま。今から話すことは他言無用にして。例えアナティア姉さんであってもよ。絶対に死ぬまで喋らないと約束してくれる?」

「分かりました。約束します」

「そそ。即答してくれるのが頼もしいわね。内容も聞いてないのに」

「そもそもこの立場にいたら喋れることの方が少ないので今更です。アナティア嬢にまで秘密とは珍しいですが」

「そうだったわね……」


 アナティア嬢の立場はバロバ公爵の代理であり、王都においてティアニス王女の最大後見人だ。

 派閥的にも重要な位置にいる。

 王が不在の今、ティアニス王女よりも強い権限があると言ってもよい。

 そんな人物にも話せないようなことといえば……王家にまつわる話だろうか。


「昨日見つけてもらったこれなんだけど、あて先は都市タズーラになっているわ」

「横領された資金の行き先ですね。そこに連中に指示した相手がいる」

「その可能性が高いというだけよ。まだ決まったわけではないわ。もしかしたらそこから更に資金を移動した可能性もある」

「そこまでしますかね。金貨二十枚は小さくはありませんが、巨額というほどではないし」

「かもね。可能性の話をしただけよ。都市タズーラは自然豊かな土地で、昔から静養地として人気があるわ。王室直轄領として今現在管理されている」

「たしか、ユーペ第一王女が怪我の静養のためにそこへ移動したとか。……まさか」

「分からない。そうなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。ただ王家が不安定な今の状態でこれを誰かに知られるのはまずいのだけは分かる。私が直接確認しにいく必要があるわ」

「確かにこれは……ちょっと誰にも言えないですね」


 王女が国民のための炊き出しを横領させていたなんて知れたら、間違いなく暴動が起きる。

 下手したらあの隕石騒ぎすらこういうことをするための自作自演だった、なんて言い出すやつも現れるかもしれない。

 もしそんなことになったら確実に対立が起きてその溝はそう簡単には埋まらないぞ。


 ティアニス王女と近しい位置にいない貴族たちはその状況を利用する。

 その先にあるのは……王都だけではなく国が荒廃する未来だ。


 内側に敵を抱えた状態で太陽神教との戦争なんて継続できるわけがない。

 帝国だって王国が今はかろうじて安定しているから静観しているだけだ。

 条約があっても弱った姿を見せたらどう動くか分からない。


「なんというか、一気に悪い未来が見えてきたんですが」

「私は昨日の時点で全く同じことを思ったわ。今王国は復興に向けて動いてるけど、貴族も国民も心の中で強い不安があるはずよ。大きな悪いニュースが広まるのは避けたい。タズーラは王都から近いから、ポータルは設置されてないけど今から向かえば夕方には到着できるはずよ」

「なるべく早く解決したいですね」

「馬は城のものを使えばいいわ。……乗れるわよね?」

「私は乗れますが。アズたちはどうだ?」


 聞いてみたところ、アズとオルレアン以外は馬に乗れるようだ。

 アズはエルザと。オルレアンはアレクシアの後ろにいれば問題ないだろう。

 何があるのか分からないので、うちのメンバーは全員連れて行きたい。


 厩舎に到着すると、王国軍の立派な馬たちが並んでいた。

 どれも素晴らしい毛並みで、体格がいい軍用馬だ。


 ティアニス王女に懐いている馬がいるようで、彼女は慣れた様子で背中に乗る。

 ヨハネも早速乗ろうとしたが、馬が首を反らして拒否する。

 まずいな。立派な馬だけに気位が高いらしい。

 エルザやフィンは問題なく乗れているのに。


「仕方ないわね」


 アレクシアがこっちにくると、馬の背中を叩いて視線を向けさせる。

 しばらく見つめ合った後、馬は頭を下げた。


「乗せてくれるって。よかったわね」

「慣れてるな。助かったよ」

「一応私は騎士だったからこのくらい当然よ。いい馬ほど認めた相手しか乗せたがらないものだから。この子は素直でよかったわ。他所の馬に躾はしたくなかったし」


 アレクシアも馬に乗り込んだ。

 少し怯えているオルレアンの首根っこを掴み、強引に後ろへと乗せている。


「私たちが馬を借りたことはすぐに知れ渡るわ。行き先までは分からないけど、急ぐわよ」


 ティアニス王女の合図で一気に馬たちが走る。

 凄まじい加速だ。

 その分振動が凄くてしがみ付かないと振り落とされる。


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