第580話 嵐の前の静けさ?
馬に揺られること数時間。
夕方に差し掛かる頃、都市タズーラに無事到着した。
軍馬というのは凄まじい体力を持っていることを実感する。
乗り潰さないように合間合間にわずかな時間の休憩だけで、これほどの距離を走るとは。
うちで飼っているラバとはえらい違いだ。
その代わり彼らはたくさんの荷物を運んでくれるからいいのだが。
馬から降りると、腰から砕けそうになった。
慌ててアズが支えてくれる。
「大丈夫ですか?」
「ああ、悪いな。腰と足が痺れて力が抜けちまった」
「若いのに情けない。もうちょっと運動なさいな」
「一応運動はしてるんですがね……」
長時間の乗馬にも拘らず、ヨハネとオルレアン以外はいつも通りだった。
ティアニス王女も汗こそ流しているもののまだ体力に余裕がありそうだ。
「ここが王室直轄地のタズーラですか。なるほど、初めて来ましたが静養地に選ばれるのも分かる」
「ここは景色の良さだけはどこにも負けないからね。私も何度か来たことがあるわ」
都市タズーラを見た感想としては、快適な暮らしを徹底した都市だ。
適度に発展しており、適度に緑がある。
近くにある湖が一望でき、山も見える。
王都が近いので王国軍の巡回によって魔物なども排除されており、安全が確保されていた。
一応柵はあるが景観を邪魔しないように配置されている。
「ユーペ姉さんが使っているのとは別に王家が持っている別荘があるわ。今日はそこに泊りましょう」
「そうですね。この時間に会うのは難しいでしょうし」
「少し心の整理もしておきたいから……」
ティアニス王女について行くと、大きな館があった。
これがどうやら王家の別荘らしい。
さすが王家、スケールもデカい。
厩舎も備え付けられているので馬を移動させる。
水と食べ物を用意してやると馬たちはがっつき始めた。
屋敷の中も普段から管理されているのか掃除も行き届いており、ベッドメイキングも済まされている。
食材も保存が効くものばかりだが用意されていた。
いつ王族が来ても使えるようにしてあるのだろう。
「汗もかいたしお風呂に入ろうかしら。そこの二人、手伝って」
「は、はい」
「分かりました」
アズとオルレアンがティアニス王女に連れて行かれる。
部下の部下は自分の部下と考えているのかもしれない。
ここにはヨハネたちしかいないのだ。
誰かが彼女の世話をしなければならない。
ティアニス王女たちが風呂に入っている間に何か食べるものを用意するか。
「三人とも手伝ってくれ」
手持ち無沙汰にしていたエルザたちを呼ぶ。
七人分ともなると結構な量だが、手分けすればそれほど時間はかからない。
芋に玉ねぎなど保存の利く野菜はあったので、エルザとフィンに皮むきとカットを頼む。
「フィンちゃん、これ涙が止まらないんだけど」
「年上なのに情けない声を出さないで。切れ味の悪い包丁を使うからよ。私のナイフを使いなさい」
「あ、本当にマシになった。ありがとうね」
あっちは任せてアレクシアと一緒に棚から保存食を取り出す。
「ピクルスにチーズに、干し肉。お、バターもあるな。それからこれは……コーンミールか。この辺はトウモロコシが採れるのかね」
「それで、私はどうしようかしら?」
「あまり凝ったものは難しいな。さっと作れるメニューにしよう。アレクシアは湯を沸かしたらバターとコーンミールを入れて練ってくれ。少し硬めがいいな。練れたら塩とハーブを入れてくれ」
「粥にでもするの?」
「ああ。パンにすると焼くのに時間がかかるからな。これなら火が通ればすぐ完成だ」
「なるほど。似たようなのは行軍中に作ったことがあるから任せて」
「頼むぞ。俺はこっちに取り掛かる」
まずチーズを降ろし器を使って細かくしていく。
保存用のチーズなので水分が少なくて固いが、頑張っていくうちに粉々になっていった。
同じ要領で干し肉も細かくする。
カチカチに固まっているので、これを普通に煮たら食べられるようになるのは夜中になってしまうからな。
鍋にチーズと干し肉を入れて、焦げ付かないように浸るくらいの水を入れて火にかける。
ピクルスはみじん切りにしておいた。
「野菜切れたわよ」
「頑張りましたー」
「よし、その鍋に全部入れてくれ」
「はーい」
エルザたちが切ってくれた野菜をチーズと干し肉の入った鍋に入れる。
野菜から出る水分でチーズがちょうどよく緩くなるはずだ。
蓋をして少し待つと、チーズが熱で溶けてきてふつふつとしてきたので焦げないようにかき混ぜる。
野菜に火が通ったら完成だ。
合間にフィンが肩を揉んでくれて助かる。
「こっちもできたわ。懐かしいわね」
「なにこれ? 黄色くてドロッとしてるけど」
「トウモロコシの粥だ。コーンミールを煮ればできる。素朴だが美味いぞ。このチーズ鍋と合うと思う」
「ふーん?」
フィンは興味が勝ったのかスプーンで粥を掬って口に入れる。
それほどでもないな、と顔に出ていたのでみじん切りにしたピクルスをフィンの前に置いた。
食べてみろ、と勧める。
ピクルスを口に入れると、フィンの口角が上がった。
「これだけだとほのかに甘いだけって感じたけど、ピクルスと一緒に食べると甘しょっぱくていいかも。食感も面白いし」
「だろう。子供の頃よく食べたんだよな、これ」
「教会の食事にもよく出てましたよ。豊作の年は一年中食べてたくらいで」
「それはちょっと飽きるわ……」
鍋を食卓机の上に置いて皿を準備していると、ドタバタと奥から物音がした。
「王女殿下、待ってください。髪がまだ。それに下着も」
「ダメです。旦那様だっているんですから」
「良い匂いがするわね! お腹が空いたわ!」
風呂上がりの三人が現れた。
三人とも下着姿だ。
髪もまだ濡れている。
どうやら風呂を上がってからすぐにここに来たらしい。
アズとオルレアンはこっちとティアニス王女を何度も見て困り果てていた。
「はぁ、エルザ、アレクシア。頼む」
「はいはい。分かりました。まさか子守りまでやらされることになるなんて」
「王女殿下、はしたないからこっちに来ましょうねー」
「ちょ、ちょっと。なによ……力つよ!? 分かった、分かったから手を放して」
ティアニス王女は奥へと連行されていった。
アズたちも追いかける。
部屋に残ったのはフィンとヨハネのみ。
「すぐ食べれるように盛り付けていくか」
「そうね。これ以上騒がれたら疲れちゃうわ」
身支度を整えたティアニス王女と共に夕食を食べ、疲れからかすぐに横になった。
ただし、ティアニス王女以外は交代で寝ることにした。
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