第578話 待遇はそのままで肩書だけが立派になる

 結局なぜ拷問に付き合わされたのかは分からず仕舞いだった。

 嫌がらせではなさそうだが……一蓮托生ということか?

 ティアニス王女は衛兵に何かを言うと、一度部屋に移動することになった。


 ユーペ王女はあまりいい趣味とはいえないな。


 ティアニス王女と共に部屋に戻ると、いきなり服を脱ぎだす。

 慌てたアズに引っ張られて部屋から追い出された。


「さっきの水責めで服が汚れて気持ち悪かったから。露出狂なわけじゃないわよ。別にあんたに見られてもなんとも思わないし」

「私が気にするんですが」

「美しすぎるのも罪かしら」

「礼節の問題だと思います……。女の子なんだから男の人の前で肌を晒すのはダメです!」


 その割にはアズたちは普段家だと無防備な気がするのだが。

 着替えた後に改めて奥にある書斎に通された。


「ドアを開けておいて。いちいちノックに返事したくないから」


 言われた通り開けたままにする。

 ここに入るのは初めてだが、どうやら本ではなく決裁書や資料を詰め込む場所になっているようだ。

 本など読む暇もないだろうから仕方あるまい。


 ティアニス王女は書類をかき分けて奥に進むと、屈んで書類を取り出している。

 手を伸ばして苦労して取ったそれをこっちに投げてきた。


「その辺が炊き出しに関する書類をまとめたものよ。調査に使うでしょ?」

「私が調査するんですか?」

「あんた以外に誰がいるのよ。私もいい加減仕事をしないとアナティア姉さんに申し訳ないし。それにメイドも結局雇えなかったから身の回りの世話をしてくれる人間も必要だし?」

「むしろそっちの方が本命では?」

「どうかしら」


 彼女はニッと笑う。

 上手く使われているなと思いつつも、ここまで来たら付き合う他ないか。

 幸いうちは女所帯だ。

 アズたちには悪いがティアニス王女の手伝いをしてもらおう。


「しかしこれは部外者が読むのはまずいのでは? そんなことで捕まりたくはないのですが」

「安心して。あんたは今日から一時的に正式な政務官の役職を与えたから。少なくともこの件が解決するまで」

「それって私の意志は反映されてませんよね。でも新しいポストなんて貴族の人が反対しそうなものですが」

「限定的な権限なら私の独断でも大丈夫よ。どうせあんたの命令を聞く人はいないのだし。内政に直接関わることもない。それに無給だから」

「予算を通さなくていいから、ですか」

「よく分かってるわね。周囲から見たら役に立たない役職でタダ働きしながら私の我儘に付き合わされているってところかしら。貴族たちは誰も炊き出しのことなんて気にしてないわ。宰相もね」


 権力を振りかざすとはまさにこのことだ。

 訴え出ようにも相手は最高権力者候補である。

 パワハラというやつではないだろうか。


 ため息をつきながら書類をめくる。

 この書類はいくつもの機関のチェックを経た正式なものだ。

 書かれている内容は正しいと思っていいだろう。


「今使いを出して衛兵にさっきの連中のアジトを探させてるわ。分け前を半分にしてたならなにかしら残っているはずよ」

「証拠を隠滅するような危機感はなさそうでしたし、そうかもしれませんね」


 関係書類は読み終えた。

 許可を得てオルレアンにも読んでもらう。

 こうなったらさっさと片付けた方がよさそうだ。


 炊き出しに使われた金額は今まで合計で金貨五十枚にのぼる。

 一食の単価は安くても人数が人数だけに結構な額だな。

 途中からは殆ど横領されていたので金貨二十枚は黒幕に送金されていたと見るべきか。


 うーん、これだけでは犯人を絞るのには役立ちそうにないな。

 金持ちの貴族からしたらはした金だが、法衣貴族や借金のある貴族なら喉から手が出るほど欲しいだろうし。


 送金の手段が分からないと調べる対象も多すぎる。


「王女殿下、やつらのアジトから怪しいものを没収してきました」

「ご苦労さま。そこに置いておいて。周囲に怪しいやつはいなかった?」

「我々は確認しておりませんが、何者かが侵入を試みた形跡はありました」

「そう。急がせて正解だったわね。下がっていいわよ」

「はっ!」


 衛兵がやってきて箱を置いていく。

 このためにドアを開けっぱなしにしていたのか。


「ほら、調べて調べて」

「分かりましたよ」


 どうやら監督に徹するようだ。

 邪魔されないだけマシか。


 箱を開けて中のものを確認する。

 どうやら片っ端から詰め込んだようだ。

 王女の命令ということで時間を優先したのだろう。

 一応硬貨や紙は除けてあるのが救いだ。


「ひとまずゴミを捨てよう」

「そうですね……」


 こっちで整理し直して、関係のありそうなものを取り出した。

 金目の物は回収されて炊き出しの予算に補填されるらしい。

 一応それで犯人の罪も少しだけ軽くなるとのこと。

 鉱山に送られた時点で多少短くなっても辛さは変わらないだろうが……。


「旦那様、これじゃないですか?」

「ああ。間違いない」


 手形の送金書をオルレアンが見つけた。

 堂々と正式な銀行から手形にして送金し、しかもその控えを保存していたのか……。

 彼らには本当に犯罪をしていたという意識はなかったようだ。

 黒幕もこれにはびっくりしたのではないだろうか?

 これだと証拠がしっかりと残る。


 送り先も書かれていた。

 さすがに個人宛にはなっていないが、場所は記されている。


「殿下、この場所はご存知ですか?」

「見せてちょうだい……」


 ティアニス王女は書かれている場所を見た瞬間、送金書を握りつぶした。

 必要以上に力がこもっているのが伝わってくる。

 顔色がさっきよりも悪い。


「ここを出て右の突き当たりの部屋を好きに使っていいわ。少し一人にして」

「……分かりました」

「悪いわね」


 それは深く聞かなかったことに対する言葉だろうか。

 言われた通り部屋を出て、突き当たりの部屋に入る。

 客室……というよりは予備の部屋のようだ。

 ベッドは複数置かれているもののろくなものがない。


「皆で同じ部屋で寝るのは久しぶりじゃないですか?」

「冒険してた頃は一緒の部屋になったりしましたねー」

「人数が増えてからは分かれるのが普通になってたわね」


 ティアニス王女から解放され、思い思いに羽を伸ばす。

 だがヨハネはそういう気分にはなれなかった。

 ティアニス王女のあの表情。

 きっと心当たりがあるということだ。

 厄介事になるだろう。


「ご主人様、とにかく休みましょう。体が持ちませんよ」

「そうだな……」

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