第576話 王国において犯罪者に人権はない

 兵士たちはティアニス王女が呼び出した衛兵たちに驚いた様子だったが、それでも立ち去らず衛兵たちとにらみ合う。


「信用できないとはどういう意味でしょうか? 我々は与えられた役目通り王都市場の治安を守るために日々努力しております」

「評判は最悪だそうだけど?」


 ティアニス王女がアンから売り上げを集ろうとした兵士を見ると、その兵士はサッと顔をそらした。

 疚しいという自覚があるのだろう。


「……うちの隊に素行が悪い者がいるようです。後で罰しておきますが、それはこれとは話が別です。王都市場で出た犯罪者は我々が管理するというのがルールでは? これでは衛兵が我々の権利に干渉しているのではありませんか?」

「誤解しているようだけど……これは命令なの。それに同じ王国軍同士でそんなことを言って何の意味があるの? 貴方たち現場の勝手な認識で喋らないでちょうだい。だから信用できないと言っている」


 兵士は口をつむぐ。

 現場同士の衝突とはわけが違う。

 正論のように言おうとそもそも一兵士と王女では王女に勝てるはずがない。

 やろうと思えば黒であっても白にできるほど立場に差があるのだ。

 ティアニス王女に明確な非があるならまだしも、彼女は何も間違ったことは言っていない。


「言いたいことはそれだけ? 衛兵、彼らを牢獄に連れて行って。私以外の面会は禁止するわ。あとこの件が片付いたら貴方たちの隊に関しては正式に調査を行います。立場を利用して私服を肥やすことは許しません。お金が欲しいなら自分の能力で稼ぎを増やしなさい」


 ティアニス王女は兵士に背を向けて一歩踏み出す。

 逃げずに残っていた僅かな人々は拍手で王女を送る。

 あの兵士たちはよほど嫌われていたんだな。

 逆らえば市場で仕事ができなくなると脅され仕方なくお金を払っていた人が大勢いたのだろう。

 それがティアニス王女の目に触れて明日からなくなるかもしれないのだ。

 拍手する気持ちも分かる。


「王族だからってガキが!」


 兵士の一人が逆上して剣を抜いた。

 場所代を取ろうとした兵士の一人だ。

 見るからに頭に血が上っている。

 衛兵が慌てて王女を守ろうと前に立つが、剣がそこまで届くことはなかった。


 それより早くアレクシアの戦斧が兵士の腹へと直撃し、骨が砕ける音と共に鎮圧する。

 あれは痛い。地獄の苦しみだろう。


「ありがと。衛兵、そいつも一緒に連れて行って。反逆罪よ」

「はっ!」

「あなたたちはどうする? 私に剣を向ける?」

「滅相もない! そいつが勝手にやっただけです!」

「なら良かった。新しく兵士をたくさん募集しなきゃいけないところだったわ」


 ふふふ、と笑う王女に対し兵士たちは青ざめる。


「ああ、そうそう。あなたたち」

「は、はい。なんでしょうか。王女殿下」

「この荷物を炊き出しのところに届けておいてね。今日中に」

「今日中!?」


 馬車に満載となった食料は相当な量だ。

 炊き出しの場所もいくつかに分かれている。

 数人の兵士では相当な時間がかかるだろう。


「私の命令が聞けないのかしら? 王女の命令も聞けないほど忠誠心が低いのならこれからの扱いも考えないといけないわね」

「すぐに届けます。お任せください!」


 慌てて馬のハミのひもを引っ張り馬車を動かして市場からいなくなった。

 中々えげつないことをする。

 やはり王族は人の動かし方を心得ているのか。


「あれで処罰を軽くするのか?」

「そんなわけないじゃない。あれだけ目立つように市場で場所代を徴収していたんだから全員グルよ。ただ更生の機会くらいは与えるわ。剣を向けてきた奴以外はね」

「具体的には?」

「王領の採掘場で何年か王国に奉仕して貰うことになるかな」


 鉱石場送りか。過酷な労働にはなるだろうが、命まではとられないだろう。

 ひとまず騒ぎは収まっただろうか。

 人目を集めて入るものの、市場は再び元の状態に戻りつつある。


「それじゃあ今回の犯人に色々と聞きに行きましょうか。何が出てくるのか楽しみね」

「私としてはあんまり見たくないことばかりが続いていてしんどいですが」

「諦めなさい。私の傍にいるというのはそういうことよ」


 王女から見えないようにため息をついた。

 同情のようにアレクシアから肩をポンと叩かれる。

 そして首を横に振った。


 衛兵と共にティアニス王女と収容所へ移動する。

 ここでは王都の犯罪者が一時的に集められ、重罪人は牢獄へと送られる。

 一番奥の部屋をティアニス王女の命令で貸し切り、横領した犯人たちを拘束して閉じ込める。

 彼らは捕縛されてから一言も喋らず顔を俯けていた。


「さて、と」


 ティアニス王女だけが椅子に腰かけると足を組み、ひじ掛けに右腕を置いて顔を握った右手に預ける。

 いかにも偉そうな姿が様になっていた。


「言った通り、貴方たちは炊き出しの物資を盗んだ疑いが掛けられてるわ。疑いと言ってももう確定だけどね。だから具体的な内容について話してもらえないかしら ? 協力的な態度であれば情状酌量の余地もなくはないわ」

「……何も言うことはない」

「ふぅん。ヨハネ、その桶をとって」

「どうぞ」

「それからアレクシアだったわね。魔導士だから水は出せる? この桶一杯に注いで」

「分かったわ」


 アレクシアが手の平をかざすと桶が水で満たされた。

 ティアニス王女はくいっと顎だけ動かし衛兵に指示をする。

 どうするのかと思っていると、王女の横にいた衛兵がおもむろに犯人の一人の頭を掴み、そのまま桶へと落とした。

 頭を掴まれた犯人は息苦しさから全身を動かして抵抗するが、拘束された状態では何もできない。


「ん」


 王女の一言で桶から引き上げられる。

 その際に水滴が王女のストッキングを濡らした。


「汚いわね。もう一度」

「や、やめ」


 最後まで喋る間もなく再び桶に顔を沈められる。

 空気の泡が勢いよく水の中から溢れてくる。

 再び引き上げられた際には犯人は酸欠で弱り切っていた。


 ……怖すぎる。牢屋に閉じ込められたことはあるがこんな拷問はされなかった。

 何を見せられているのだろうか。

 俺たちが一緒に来る必要はなかったのではと思うヨハネだった。

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