第575話 所属が別だと分からないことも多い

 令状とティアニス王女を目の当たりにした横領グループと思わしき集団は、態度を変えて一気に警戒した顔になる。


 周辺にいた人たちにも動揺が広がっていく。

 だがティアニス王女は気にする様子はない。

 ここぞという時に肝が据わっている。


「ティアニス王女殿下……本物か?」

「王女殿下、横領などと人聞きの悪いことをおっしゃらないでください。我々はそのようなことをしておりません」

「あっそう。ならもう一度言うわ。荷物を調べさせなさい。これは命令よ」

「それは……」

「何の非もないというのならできるはずよね?」


 さらに一押しすると、相手は返答に困っているようだった。

 この反応からして間違いあるまい。

 認めれば荷物を調べられる。

 拒否すれば怪しいと疑惑を増す。

 これはやられる方は堪ったものではないだろう。


「おい、あの安売りしてたやつら炊き出しの横領だってよ」

「本当か? 道理で安いと思ったよ」

「もしそうなら許せない。食うに困ってる人たちが頼りにしているってのに」


 周囲には騒ぎを聞きつけて人々が集まってきていた。

 これで相手の不正を暴けば証人も多く確保できる。


「うちは真っ当な商売をしております。そんな私たちの荷物を調査するなんて王国の信用にも関わるのではありませんか?」

「そうね。あんたたちが本当に真っ当ならそうなるわ。でもそれが嫌だからといって不正まで一緒に見逃せば、それこそこの王都市場の信用は地に落ちるのよ。侮らないでちょうだい。もし本当に潔白なら頭を下げるわ」


 おおっ、と周囲から声が上がる。

 王族が頭を下げるなど民衆からすれば聞いたこともない。

 珍しいものが見れるかもしれないという好奇の目がティアニス王女へと集中する。

 そしてさっさと検査を受け入れろという圧力が相手へと降り掛かる。

 王族にここまで言わせた以上、もう言い逃れはできないと判断したのか相手は頷く。


「分かりました。そのお言葉を忘れなきように」

「我が家名にかけて嘘は言わないわよ。ほら、行きましょう」


 ティアニス王女と共に荷が積まれた馬車へと移動する。

 アズたちに指示して箱ごと全て地面に下ろした。

 その際に箱の全面をチェックする。

 目録はないようなので、簡易的なものをオルレアンに用意してもらう。

 こうやってなるべく証拠を残さないようにしているのだろう。


 数量を数えて、炊き出しの仕入れリストと照らし合わせる。

 若干の誤差はあるものの、ほぼリストと一致した。

 この物資は炊き出しの横領品とみて間違いないだろう。


「ティアニス王女。ほぼ仕入れリスト通りです」

「なるほど。貴方たち。今日売る予定だったこの荷物はどこで仕入れたものかしら?」

「そ、それは……我々は特別に安く仕入れるルートがありまして」

「ふぅん。でもおかしいわね。いくら薄利多売だからって、貴方たちが売っている値段は市場より遥かに安いと聞いたのだけど」

「買ってくれる人に喜んで欲しくてつい安くしてしまうんですよ」


 へへへ、とリーダーらしき人物が媚びた笑いをする。

 まるで気前のいい料理人のようなことを言う。

 だが料理人と商人は別物だ。

 飢えた村に食料を届けに行くくらいのことをするならともかく、こんな市場で普通なら足が出るような値段で売る人間はいない。

 彼らが売っているのは定番の食品ばかりで売れ残りの心配もしなくていい。

 やむなく安売りをする必要はないわけだ。

 早く売る目的以外で過剰な安売りをする理由が見当たらない。


「それは殊勝な心掛けね。ところで、この小麦粉一袋は市場ではいくらで取引されてるのかしら?」

「その量なら銀貨二枚ほどですね」


 周囲の人たちも頷く。

 主食の小麦粉は取引量も多く価格は安定している。


「あなたたちが売ろうとした値段は……銀貨一枚。すごい、破格ね」

「ええ、まあ」

「それでヨハネ。一袋の仕入れ値はいくらになるかしら?」

「銀貨一枚に銅貨五枚ほどでしょう。今の相場では農家でも銀貨一枚では売りません」

「貴方たちが市場にきて店を開くとあっという間に商品が売れると聞いたのだけど、当然よね。仕入れるより安く買えるなんてどう考えてもおかしい」


 正直、ごく普通の値段で売りに出されていれば目立つこともなく見つけるのは難しかっただろう。

 すぐに現金化しようとして極端な安売りが目立ったのだ。

 脇が甘いと言わざるを得ない。


「と、特別なルートがありまして」

「じゃあその特別なルートとやらを教えてちょうだい?」

「こんな場所では言えませんよ。ご理解のほどをお願いします、王女殿下」

「聞き方を変えるわ。ならこれは正真正銘正規の方法で手に入れたと言うのね?」

「もちろんです、殿下」

「王家に誓って言える?」

「誓います。誓いますとも」

「ならなぜ荷物を入れている箱にこの印があるのか教えてもらえる?」

「え?」


 相手は呆けた顔をした。


 ティアニス王女は箱の隅の部分に手を添える。

 シルクの手袋を身に着けた右手がゆっくりと小さな模様をなぞった。


「知らないみたいだから言うけど、王国の予算で購入した物資には確認した時にこうして印をする決まりがあるの。これを押さないと予算委員会の承認が降りないことになってる。まあ目録作りのついでね」

「そ、そんなこと聞いてない」

「あなたたちが盗んだのはそれが終わってからだから、知らないのも無理ないわ。配分を担当する人間を抱き込んで上手くいくと思ってたのでしょうけど……」


 実は物資の箱を見つけた時点でこっちの勝ちだった。

 積み替えられている可能性もあったのだが、その手間を惜しんだらしい。

 それに連中の協力者だった物資を配分する担当者は昨日の夜に拘束されており、この事実を知らないのは確認済みだ。

 印をつけるのは財務の役割であり、配分は輸送の役割なのでその事実が共有されていなかったのが有利に働いた。

 縦割りの弊害ともいえるが、今回は感謝したい。


 半日で急いで色々と準備したが思ったよりも上手くいった。


「これ以上言う必要はないわね。この荷物は炊き出しの物資を盗んだものに違いないわ。よって貴方たちを逮捕します」

「クソ、楽な仕事じゃなかったのかよ」


 相手は一斉に逃げようとする。

 だが周囲の人々が壁となって思うように逃げられない。

 それどころか袋叩きにされていた。


 当然だ。

 炊き出しの食料を盗むなんて民衆に喧嘩を売るようなもの。

 あっという間にボロボロになった連中が地面に転がされる。


「皆、協力ありがとう。私は国民の皆のことをきちんと考えてるわ。明日からはおなかをすかせた人は王都からいなくなると約束します」


 ティアニス王女は周囲に手を振る。

 民衆はその美貌と言葉に熱狂していくのが肌で分かった。

 王女のお披露目としては大成功だろう。


「何事だ!」


 王女殿下万歳なんて声が聞こえ始めた頃、兵士たちが集まってきた。

 その中にはアンから売り上げをせしめようとした兵士もいる。

 どうやら騒ぎを聞きつけてきたらしい。


「あいつらやっぱりグルかも」


 フィンがそっと耳打ちしてくる。

 地面に転がっている男たちを見て何人かが顔色を変えたらしい。


「少し騒がしかったかしら」

「貴女は……ティアニス王女殿下。どうしてこのようなところに」

「ちょっと野暮用よ。もう終わったから安心して。こいつらを逮捕して色々と聞くことがあるの」

「なら我々が牢屋に連れて行きましょう」

「結構よ」

「は? ごほん。犯罪者の移送も我々の任務の一つです。どうかお気遣いなく」

「信用できないって言わないと分からない?」


 ティアニス王女が手を叩くと、人混みの奥から衛兵隊が出てくる。

 彼らは兵士たちと対峙するようにティアニス王女の前に立った。

 そうしてすぐに険悪な空気が漂いはじめ、周囲の人々は蜘蛛の子を散らすように去っていった。

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