第574話 この令状が目に入らぬか!

 王都市場。

 関係者にはただ単に市場とも呼ばれることも多い。

 王都の名を関したこの市場では、王都に入ってきた物の半分がここに集まると言っても過言ではない。

 食べ物だけではなく、鉱石や魔石、魔道具まで売られている場所だ。

 ここで買えないものは奴隷ぐらいのものだろう。


 何代も前の王が定めた場所代さえ払えば売り買い自由というルールが人を呼び、王都を大陸有数の大都市に成長させた。

 今でこそ時代の流れで都市アーサルムや帝都に比べると見劣りするものの、それでも盛況であることは変わりない。


 アンのようなその日の分を安く仕入れて手数料を乗せて売る人たちにとっては生命線のような場所だ。

 大きな商会も仕入れに利用している。

 ヨハネの店もここから仕入れることも多い。


 そんなわけで市場は日が昇る頃にはもう売り買いが始まっており、辺りを賑わせていた。

 ティアニス王女とアズたちを引き連れて市場を訪れている。

 ここからは王女殿下ではなくお嬢様と呼ぶことにした。


「ティアニスお嬢様は王都市場に来たことは?」

「昔麻薬が広まった頃に来たことがあるけど、あの時は取り締まりのために臨時閉鎖させてたから全く別物よ」

「じゃあ驚くかもしれませんね。ここは多分王国で一番喧しい場所なので」

「それはどういう意味? わっ」


 ティアニス王女が聞いてきたと同時に近くで競りが始まった。

 突然の大声に彼女がビクつく。ちょっと可愛いな。

 持ち込まれた大量の羊の競りのようだ。

 これは横領のものとは関係なさそうだな。

 ティアニス王女は珍しそうに見入っている。

 競りなど見たこともないだろう。

 目的の横領グループはまだ姿を見せていないし、少しだけ見学させるか。


「ねえ、ヨハネ。彼らが何言ってるのか全く分からないんだけど。あれはどこの言葉なの?」

「はは。あれは競り用の符丁ですよ。見て下さい。買おうとしてる人が右手を挙げて手を動かしてるでしょう?」

「本当だ。手を動かす度に何か言ってるのね」

「あれは値段の提示です。いちいちそのまま言ってたら処理が追いつかないので言葉を省略してるんですよ。だから知らない人は何を言ってるのか分かりません。ほら、あの肉屋が落札したようです」


 白いエプロンをつけた大男が一番高値を提示し、特に立派に育った数匹の羊の権利を勝ち取った。肉屋だと分かったのはルーイド絡みで顔を見たことがあるからだ。

 ホクホクとした顔で部下に指示を出し、競り落とした羊たちを連れて行く。

 あの羊たちは解体されて肉になり、食卓へと売られていくのだろう。

 目玉の羊はいなくなったが、まだ羊そのものは残っている。

 競りは改めて開始された。


「こういう風に流通してるのね。競りをすることで売り手は買い手に高く売れる。そして買い手は欲しいものを手に入れて、加工したり他所に運んで売る」

「そうです。競りとは限りませんが、売り手に渡ったお金は新しい羊の餌や何かしらで消費されます。経済はこうして循環していくんです」

「なるほど。そしてその循環の中で一部が税金となって国庫に入ると。だから経済を成長させると税金も増えるのか」

「はい。その歳でそれだけ分かっていれば十分ですよ」

「ちょっと、またバカにしてるんじゃないでしょうね? 貴方の言葉はたまに嫌味に聞こえてくるわ」

「それは心外だ。それなら、なぜ被害を受けていた王都の景気が今はむしろ良いのか分かりますか?」


 良い機会だ。

 為政者としての自覚をよりもってもらおう。

 この少女の意思一つで今ここにいる大勢の人たちが生かされたり、あるいは死ぬのだ。


「えっと、人が増えたから?」

「それはそうなんですが、ちょっと違いますね。人が増えるだけではダメです」

「なら……仕事が増えたからか」

「そうですね。それも国が発注してる仕事が増えたのが大きいです」

「仕事なんてどこでも同じでしょう? 今回は国のためにも急ぎだから王国が発注したけど」

「違います。国が提示した賃金をケチったり、支払わないことなんてありません。言うなれば信頼のある発注者なんです。だからたくさんの職人が王都の再建のために集まってるんですよ」


 これは王国の信頼そのものだ。

 いくら為替が落ち目だと言われていても、国として破綻してはいない証拠だろう。

 職人からは出稼ぎする価値のある国と評価されているのだ。

 まだまだ捨てたもんじゃない。


「仕事した分のお金を払わないって嘘でしょう? そんなの横暴よ」

「ティアニスお嬢様は働いた経験がないからそう思うんです。仕事中に働いた分だけの賃金を必ずもらえるか心配しなくていいというのは大切なことなんですよ。あ、うちはもちろんちゃんと払ってますよ」

「奴隷でもないのに働いた分も貰えないなんて……信じられないわ」


 アズがあははと苦笑いした。

 別に奴隷であっても使い捨てていいわけではないとだけ言っておく。


「国がお金を使うことで市場によりお金が回って、それが国中を循環して税金として戻っていく。少しずつその規模が大きくなるのが健全な国というものです。貴族様はそれを理解してくれないことが多いのですが」

「これも何度も言っているけど、私も貴族なのよ?」

「そうでしたね。でもお嬢様やアナティア嬢は不必要に溜め込んだり贅沢のために過剰に税金を取ったりはしない。これからもそうであって欲しいものです」

「まぁ、努力はするわ。私の在位は何事もなければ長くなるでしょうし」


 何事もなければ。その言葉は重い。

 都市の発展についてはジェイコブが良い例だろう。

 彼のおかげで都市カソッドは大復活を遂げている。

 ルーイドも衛星都市ながら効率よく稼げるようになって上手くやっていると思う。


「ご主人様、彼らじゃありません?」

「どれだ?」

「ほら、あれ」


 アレクシアが指さす方向に大きな荷馬車を連れてきた集団がいる。

 明らかに荷物の量が多い。

 彼らがきた瞬間に周囲の人たちが集まり始めた。

 安売りが始まるのが分かっているからか。


「お嬢様、打ち合わせの通りに」

「分かってる。あんたもミスしないでよ」

「もちろん。口が上手くなければ商人として生きていけませんから」


 全員で集団の方へ歩き、人混みをかき分ける。

 ヨハネたちの横入りに周囲の人々は非難を上げるが無視する。

 今回は諦めてくれ。これは本来炊き出しに当てられる物資なんだ。


「売るのを止めなさい。その荷物を検めさせてもらうわ」

「突然なんだ? ここは自由で開かれた市場だろう? 何の権限があってそんなことを言うんだい、お嬢ちゃん」


 突然のティアニス王女の言葉に、子供だとバカにしたような言い方であしらってくる。

 そういう反応になるだろう。だが、ティアニス王女が掲げた令状を見て表情を変えた。


「何の権限かですって? 教えてあげるわ。デイアンクル王国王族であるティアニス・デイアンクルの権限でその荷物を検めると言っているのよ。あんたたちには炊き出しの物資を横領した容疑が掛かっているわ」


 正式な手続きのために令状を用意した。

 ティアニス王女が書いてティアニス王女が承認したというなんともあれなものだが、しかし誰にも止める権利はない。

 それができるのが王族だからだ。

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