第573話 悪い連中を捕まえよう
エルザの治療のおかげでアンのおじさんへ好意的な印象を与えることができた。
さすがエルザだ。
彼は治療した足を床につけ、軽く何度か足踏みする。
特に問題ない様子だった。
「すごいな。ほとんど痛みも無くなった……」
「しばらくは安静にしてよく食べてよく眠って下さいね」
「ええ、そうします。それで私に話が聞きたいとのことでしたが、一体何を聞きにきたんですか? 司祭様と、あんたのその身なりは商人か。そっちのお嬢ちゃんたちは……」
「どうも。ヨハネと言います。この二人はうちの護衛と、その友達です」
「なるほど。よく見ると冒険者タグを持ってるな。私はマイクだ。よろしく」
マイクと握手をかわした。
ティアニス王女の正体は伏せる。
いくら友好的な関係になったとはいえ、役人のトップである王族相手には口をつむぐ可能性もある。
エルザ相手にだけやや畏まっているのはやはり司祭だからか。
「聞きたいのは最近の市場についてですね。具体的には物流の流れといいますか」
「はぁ」
「一度に物資が市場に流れたことはありませんか? 例えばアンの言っていた大量の卵のように」
「まあ市場には毎日たくさんの商品が集まってくるが、そういう意味じゃなさそうだな」
「ええ。実は……」
言ってもいいかどうか。チラリとティアニス王女の方を見る。
アイコンタクトが伝わり頷いたので、喋ることにする。
「広場で炊き出しを行っているのはご存知ですよね?」
「ああ。王様がやっているあれだろう? ただあんまり評判はよくないみたいだな。あるだけマシだが、あまりにも内容がひどいってな」
ティアニス王女の顔が不機嫌になる。
そりゃそうだろう。
議会相手に奮闘して十分な予算を用意したはずなのに食材の横流し……いや、もはや横領といってもいいそれのせいで悪評が立っているのだから。
「その炊き出しなんですが、どうも食材が横領されてるようなんです。そのせいで満足な食事になっていない。私は内密にそれを調べるように命令を受けてここに来ました」
「何だってあんたが? そういうのは役人の仕事だろう」
「その役人が関わっている可能性が高いからです。下手すると貴族も」
「お、おい。滅多なことはいうな」
マイクは周囲を見渡す。
誰かに聞かれでもしたら大事だ。その気持ちは分かる。
しかしその心配は必要ない。
実はフィンとアレクシアにこっそりついてきて貰っており、アレクシアには魔法で声が外に漏れないようにしてもらっている。
フィンには怪しい連中がいないか見張りを頼んだ。
なのでこの部屋の会話が外に漏れる心配はない。
「なので内密に調査しているんです。何か知っていることはありませんか? なんでもいいんです」
「そう言われてもな……だが確かに最近やけに食材が安く手に入るとは思っていた。安売りで大量の食材を売り切る連中が現れたのは、そういえば炊き出しが始まってからだ」
「その人たちが売っていたのはこういう食材じゃないですか?」
炊き出しのために仕入れた食材のリストを見せた。
マイクはそれをざっと見てこっちに戻す。
「ほぼ一致してるな。連中が売っていたのはその紙に書かれた食材ばかりだ」
「なるほど。その人たちがどういう人たちか教えてもらえますか?」
どうやら割と目立っていたらしい。
まあ国の金で買ったのだから原価はただみたいなものだ。
安くしてとっとと売りさばいて金に代えたかったのだろう。
その食材は汗水流して皆が税金として納めた金で買われたものだ。
納税者の一人として見逃すことはできない。
マイクから特徴や現れる曜日などを確認する。
どうやら炊き出しの仕入れの次の日にはもう市場で売り始めているようだ。
完全に味をしめている。
人数はそれほど多くはないようだ。
これは人数を増やすと分け前が減るからだろう。
マイクから聞ける話はこんなところだった。
思った以上の収穫だ。
これは相手が無警戒なだけだと思うが。
バレるとは一切思っていない大胆さだ。
「ありがとうございます。知りたかったことは大体わかりました」
「この程度で治療のお礼になったならよかった。アン! この人たちが次なにか買いに来たらサービスしてあげなさい」
「うん、分かった。おじさんを治してくれてありがとうございました」
「いえいえ。お大事にしてくださいね」
アンに見送られてマイクの家から出る。
まさかこんなに早く相手の尻尾を掴むことができるとは。
人気のないところに移動すると、ティアニス王女は立ち止まってひどく疲れたような顔をした。
「市場は誰にでも開かれている。経済の活発化を促すためにそう決められた。そこを利用されたわね。危険なものを流通させないためにいくつかのルールもあるけど、それを取り締まる兵士は賄賂集めに夢中ときた。これは明らかに汚職よ。もしかしたら王国全体が腐敗しているかもしれない」
「課題が見つかれましたね」
「他人事みたいに言って。まだまだあんたにも協力してもらうんだから」
「分かりました。王女殿下」
ふん、とティアニス王女は鼻を鳴らす。
「それはそれでなんとかするけど、今はこの件に集中しましょう。次の炊き出しの仕入れは今日行われるはずよ。つまり今日確保した食材は」
「明日の市場に売りに出されると。そこを捕まえましょう」
「そうね。それがいいわ。ただ市場を担当している兵士は信用できないわね……念のため衛兵隊に要請しておくわ」
一つ問題があるとすれば、ここからどうやって相手に罪を認めさせるかだ。
自白頼りでは心許ないな。
ただ安く売っているだけだと白を切る可能性は高いだろう。
言い逃れできない何か決定的な証拠が必要だ。
犯人の目星はある程度ついている。
炊き出しの仕入れ担当はきちんと仕事をしており、報告書も提出していた。
予算委員会の監査も通っている。
仕入れた食材を受け取り、それを運ぶ人間が犯人なのは間違いない。
なので、ティアニス王女にあることを相談した。
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