第569話 悪人は弱者から物をかすめ取る
ティアニス王女はすぐにでも現地に行って募集を開始しようと言ったのだが、さすがに待ったをかけた。
いくら急ぎとはいっても準備の時間くらいは欲しい。
渋々とはいえ納得してくれたので、明日の昼間に王女の従者や下働きを雇うことにした。
行動力があるというのは悪いことではないが、考え無しに動くと痛い目を見る。
ただこれは年齢的なものだろう。経験を積んで成熟していけばより思慮深くなっていくと思う。
そして迎えた当日。
面接官としてカノンも参加する。
まだ万全ではないはずだが、ティアニス王女の身の回りの世話をする人物の面接ならなんとしてでも参加すると言い張ったので仕方なく認めた。
それに後からどうこうされるよりはよほどいい。
ただ病院から合流することになっているのだがまだ姿が見えない。
場所は大規模な炊き出しを行っている広場を選択した。
この時間からパンとスープを配っているはずだ。
ちなみにティアニス王女には普段の高級なドレスから余所行きの服に着替えてもらっている。
これなら良家のお嬢様と思われるくらいだろう。
「ところでこれはなに?」
「お土産ですよ。手ぶらで行くより好印象なので」
「そういえばあんたよく何かしら持ってくるわよね……マメだこと」
物を貰って嬉しくない人はいない。
ただその塩梅が難しい。
いきなり親しくない人から宝石なんかを貰っても困惑するだけだ。
むしろ恐ろしいとすら思うだろう。
相手の心理も考えてものを選ばなければならない。
わずかな時間で準備できて、炊き出しなどの支援を必要としている人たちが喜ぶものといえば……。
まあ無難に食料を持ってきた。
王都周辺で採れる魔物の干し肉をアズたちに運んでもらっている。
塩気もあって腹も膨れるので即物的だが良いお土産になると思う。
「ここが王都で一番大きな炊き出し会場?」
「そう聞いてます」
大きめの広場に仮設テントが立てられ、その下でおばさんたちが炊き出しに向けた準備をしていた。
運び込まれたパンを積み上げたり、大きめの鍋に水を注ぎ、スープを作っている。
とても忙しそうだ。
「あの、すみません」
「炊き出しならまだですよ。もう少し経ってから来てくださいね」
「いえ、炊き出しを貰いにきたのではなくて。差し入れを持ってきたんです」
「差し入れかい? 気持ちはありがたいけどものによっては受け取れないよ。例えば生ものとか、火を通してないのは痛むからね」
「大丈夫です。これなら問題ないでしょう」
「これは……干し肉だね。よく乾燥させてあるじゃないか。これなら大丈夫だ。刻んでスープに入れれば皆喜ぶよ。予算が減ってきて水みたいになってきたからね」
「予算が減った? 聞き捨てならんな、詳しく聞かせてくれ」
「あ、ああ。なんでもないんだ。貴族様のすることだからね」
後ろで大人しくしていたティアニス王女が割り込んでくる。
おばさんはしまったという顔をしたが、すぐに切り替えてごまかそうとする。
たがティアニス王女は引き下がらなかった。
「私はそんな指示を出した覚えはない。むしろ増額まで指示したはずだ。何があったのか聞かせてくれ」
「指示したって、お嬢ちゃんが? そんなわけないだろう。あんまり変なことを言うもんじゃないよ」
おばさんが悪戯だと思ったのだろう。
そう言いながらこっちに視線を向けてきた。
「いえ、彼女が言うなら事実です。なぜならティアニス・デイアンクル王女殿下その人ですから」
「そういうわけだ。詳しく話せ」
おばさんは信じられないという顔をする。
だが冗談ではないと分かったのか、ティアニス王女に頭を下げる。
「お、王女殿下とはつい知らず」
「別に気にしていない。それよりさっきのことだ。炊き出しなどは私が責任者として命令したことで、まだ規模を縮小するとは指示していない」
「それは……私は雇われただけなので詳しくは分かりません。ただ、毎日炊き出しの仕事をしていると分かるんです。段々と用意されている食材が減っていったり、パンの質が悪くなるのが」
「見せてみろ」
ティアニス王女は仮設テントの中に入る。
一見するとそれなりの量があるように見えた。
だがこの炊き出しで賄うのは百を超える規模であり、どう考えても一人当たりに配分される量は少ない。
パンも焼きたてのものではなく、カチカチに乾燥しきったものばかりだ。
下手するとカビが生えていてもおかしくない。
「他の場所もそうか?」
「聞く限りではそのようです」
「そうか……。手を止めさせて悪かった。作業に戻ってくれ。大変な作業を続けてくれて感謝している」
「は、はい」
おばさんは何度もティアニス王女に頭を下げてスープ作りに戻った。
渡した干し肉も刻んで入れている。
ここでは邪魔になるということで少し離れた場所に移動した。
ティアニス王女は明らかに不機嫌になっており、険悪な雰囲気を放っていた。
普通の子供ではこうはいかない。
こういうところが王族であると感じさせる。
「私が指示したことが、末端まで綺麗に伝わることはないというのは分かっている」
「そうですね。命令なんて経由する人間が多いほど伝言ゲームのように移り変わっていきますから」
小さな商店を営むヨハネですら感じることだ。
王女という立場ならなおさらだろう。
「だがこれは違うよな。明らかに私の指示を曲解した奴がいる。お前はどう思う?」
「中抜きされてますね。しかもバレないと思ったのか相当派手に」
「そうか。私が国民のために勝ち取った予算を懐に、か」
くくく、と笑った。
だがこれは怒りのあまり漏れでたのだろう。
ティアニス王女の目は一切笑っていない。
どれだけ人を経由したとしても、変化はしても本質はそう簡単には変わらないものだ。
意図した通りでなくても少なくとも面影くらいは残るもの。
しかし今回のことは明らかに違う。
王都で苦しい思いをする人たちを支えるための炊き出しを、誰かが私腹を肥やすために利用しているのだ。
ティアニス王女の意思を無視して。
そしてこの炊き出しを見た人はこう思うだろう。
やっぱり王家は私たちのことを大して見ていないのだろうと。
「いつからこの国は弱者から物を巻き上げる者がのさばるようになった?」
「それを正すのが貴女の仕事です。王女殿下。貴女以外にそれをできる人はもういなくなりました」
アナティア嬢ならもしかしたらできるかもしれない。
だが彼女のホームはアーサルムであり、王都はティアニス王女の領分だ。
なにより王国の最高権力者である。
「力を貸してくれヨハネ。こういう時のためにお前がいる。私一人なら多分うまく解決できない」
「私も思うところがあるので、喜んで協力します」
この行いは絶対に許せない。
食べ物の恨みは恐ろしいということを思い知らせてやる。
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