第568話 第三身分とは何か?全てである。

 フィンは部屋に入ってきたヨハネに気付くと、睨むような眼つきでこっちを見た。

 早く何とかしろという意思を感じる。


「そこもっと強くして~」

「はぁ……」


 フィンはため息をつきながらも言われた通り腰のあたりを強く揉んでいる。

 ティアニス王女は完全に無防備な姿になっており、年頃の少女としてはいかがなものかと思う。


「一体何をしているんですか?」


 皿を机に置いて二人に尋ねる。

 ティアニス王女はベッドに横になったまま気の抜けた声で返事をした。


「ん~。ほら、私の部屋に勝手に入ったっていうじゃない。目的は分かったけどただで許すのもなんだか面白くないから、ちょっとマッサージしてもらうことにしたの」

「そういうことですか」


 通りでフィンが言われるままにしていると思った。

 助けるためとはいえ、無断で侵入したのは事実だ。

 それを盾にされると立場上弱い。

 しかし度胸があるというべきか。


「でもこの子とってもマッサージが上手くて……気持ち良くて寝ちゃいそう」

「寝ないでください」


 王女の乱れたスカートを元に戻してやる。

 机仕事で身体が固くなっていたのか、とても効果があったようだ。


「ほら、おやつを作ってきたから食べましょう」

「なら持ってきて」

「行儀が悪いですよ……」

「仕方ないわねぇ。頂くわよ」


 ティアニス王女はようやく立ち上がり、椅子に座って用意したクレープを一つ手に取る。

 そして一口食べると、満面の笑みになった。


「これ美味しいわ」

「お口に合ってなによりです。王女殿下」

「茶化さないで」

「やっと解放された……」

「またお願いしたいのだけど」

「お金とるわよ」


 やはりこの年頃の女の子は甘いものが好きなんだな。

 上機嫌になってくれた。

 解放されたフィンと共に一緒に食べる。

 数は多めに用意したが一つ一つは小さいのであっという間に完食した。


「ありがとう。美味しかったわ。体も軽くなったし、今なら仕事も頑張れそう」

「それはよかった。では早速人材募集について話をしましょうか」

「うげ」


 心底嫌そうな声が王女の口から聞こえた。

 藪蛇だったと思っているのが表情で分かる。


「人の上に立つ者、これは避けられませんよ。私だって苦労して人を雇ってるんです」

「そうだったわね。分かってるわよ。ただ少し気持ちが零れただけ」

「ならいいんですが」


 最初は何を考えているか分からない少女だったが、こうしてみると可愛げのある部分も多い。

 かなり打ち解けてきたと思ってもいいかもしれない。


「でも具体的にどうするの? 普通に募集する?」

「いえ。それが正攻法ですが、今回はそうしません」

「なんで?」

「せっかくいなくなった間者をまた招き入れる気ですか?」

「それはそうね」


 今一般から募集したら誰が来るか分かったものではない。

 防諜の観点からもお勧めしかねる。

 フィンが頑張って追い出したのにその努力が無駄になってしまう。


 今後を考えるとできれば相手の経歴を調べるための組織も欲しい。

 事前にある程度弾けるようになったら普通に募集しても問題ないだろう。

 どうだろうかと聞いてみることにした。


「面白いじゃない。アナティア姉さんのところはそうしているって聞いたことがあるわ」

「それはいいことを聞いた。落ち着いたら色々と協力してもらいましょう」

「でも今からは間に合わないのよね」

「ええ。ですから今回は調べなくてもいい相手を雇います」


 王都を行き来する途中で実は閃いたことが一つある。

 多くの店が被害にあい、その復興自体は進んでいるものの仕事を失った人たちはたくさんいる。

 景気が良いのはあくまで一部で、まだ王都全体をみれば苦しい財政事情の人が多い。

 あの活発な少女のように自分から仕事を見つけて日銭を稼ぐ人もいるだろうが、皆が皆そうするのは難しい。

 そういった人たちの中で若くてしっかりした女性を選べば、間者が紛れ込みにくいし身元も分かりやすく雇い主である王女の株も上がるのではないかと。


「炊き出しや仮設住宅なんかの支援は続けているけど、たしかに女性の仕事は問題の一つになっているわ。復興関係の仕事は力仕事ばかりでとてもじゃないけど不向きだし」

「悪くないと思うんですよね」

「悪くないどころか、かなりいいアイデアだと思うわ。歳費で賄えて雇用対策にもなるし、なによりちゃんと働いてくれそう」


 方針が決まった。

 このやり方なら貴族たちも表立って反対はしないだろう。

 むしろ王家の力を少しでも削げると考えるかもしれない。


 多くの貴族と相容れないのはもう仕方ないのかもしれない。

 それならいっそ諦めて違う方面からティアニス王女の基盤を確かなものにした方が良い気がする。


「貴族が味方にならないなら国民を味方にすれば良い。私を含めて国民には権力はありませんが、国を形作っているのは貴族ではなく国民ですから」

「私も一応貴族なんだけど」

「王女と公爵はまた別です」


 二人してクスリと笑った。

 例えば貴族の兵士だって国民である。

 国民感情がティアニス王女に好意的になれば、色々と違ってくるだろう。


「いちいち嫌味を言ってくる連中の顔色を窺う一生なんて死んでも嫌だわ。お父様はそうやって雁字搦めになって何もできずにいたもの。どうせなら国民と一緒に頑張っていきたい」

「いいと思います。高慢ちきな王女じゃなくて本当によかったと思いました」

「あんたは商人の割に口が軽いわね……」


 帝国に比べて王国は明らかに活気がない。

 それは多分国民が王を見ているかどうかが大きいと思う。

 帝都ではケルベス皇帝の名と顔を知らぬものは一切いなかった。

 だからこそ戴冠式のパレードであれほどまでの盛り上がりがあったのだと思う。


 あれと同じことはティアニス王女にはできない。

 だが、目指すことはできると思う。

 そうすることで王家が力を取り戻せば、きっと王国も今よりずっと繫栄するはずだ。


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