第567話 意外と頼られている?
アナティア嬢の部屋から出てティアニス王女の部屋へと向かう。
円滑な説得のためにアナティア嬢にも一緒に付いて来てほしかったのだが、外せない用事があるとのことで断念した。
ドアをノックして許可を貰ってから入ると、ティアニス王女は椅子に座って足をぶらぶらとさせている。
どうやら一仕事終えて暇をしていたようだ。
「あなたから会いたいなんて珍しいわね。まぁアナティア姉さんのついでなんでしょうけど」
「そんなことはありませんよ」
「そうかしら? まあいいわ。それで何の用事?」
ティアニス王女が立ち上がって紅茶の準備をしようとしたので、慌てて交代する。
普段ならメイドが一人は待機しているはずなのだが、部屋にはいない。
香りがいい。良い茶葉を使っているな。
「慣れてるわね。良い香りだわ」
「私も趣味でよく淹れますから。身の回りの世話をするメイドはいないのですか?」
「いたんだけど急に辞めちゃったのよ。それも何人も。いきなりだったから人が足りなくてね。別に身の回りのことくらいできるからいいんだけど」
……よくない。王族は人を使う立場だ。
雇用のためにも人は雇わねばならない。
それくらいティアニス王女も分かっているはず。
他人を遠ざける口実にしているのかもしれないが、このままではよくないだろう。
これは重症だ。
どう切り出したものか迷っていたが、意を決して話を進めることにした。
「ティアニス王女」
「えっ、な、なに?」
思いのほか大きな声が出たので、ティアニス王女は少し驚いてしまった。
咳払いをしてフィンの報告書を取り出して見せる。
ティアニス王女には裸の王様にはなって欲しくはないので、包み隠さず報告することにした。
この際だ。こっちの安眠のためにも腹を割って貰おう。
「まずはこれを読んでください」
「なにこれ……」
報告書を手に持ったティアニス王女は、読み進めるうちに次第にわなわなと肩を揺らした。
最後には報告書を机に叩きつけるようにして置く。
知らないうちに暗殺されかけてました。なんて言われても受け入れられないだろう。
「説明してちょうだい。話の次第によっては許さないわよ」
「分かりました。では一から説明します」
一から順を追って説明する。
こういう時は変に端折ったり誤魔化さないことが大切だ。
誠実さとは積み重ねるものである。
商売も人間関係もそれは同じだ。
ティアニス王女はチラリとフィンを見る。
フィンは顔を逸らさずその視線を受け止めていた。
「次からは許可なく私室に入らないで。不快だわ」
「もちろんです。今回は緊急だったのでご理解いただければ」
「正直信じられないんだけど、アナティア姉さんのサインもあるのよね。まあ私を助けるためだったということにしておきましょう」
信憑性を高めるためにアナティア嬢に確認してもらった時にサインをしてもらった。
効果はあったようだ。
感情に任せて処罰される可能性もあったのでホッとした。
「でもなんでこれを私に言うの? 黙っておけば分からなかったはずよ。現に私は何も知らなかった」
「それを貴女が嫌いそうだからですよ、王女殿下」
「まあ、そうかもしれないわね。でも下級とはいえ貴族が暗殺者に身を墜としていたのはちょっと知りたくなかったかも……私を狙っていたなんてちょっと気分が悪いわ」
ティアニス王女は砂糖を追加して紅茶を飲み干した。
誰しも自分を飛び越えてことが進むのは嫌なものだ。
他人を信じることが難しくなってしまったティアニス王女にとってはなおさらだろう。
知らない方がいいこともあるというのは、教えたくない人間の常套句でもある。
優しい嘘は相手のためのものではない。
「それに、本題のためにもこれは知っておいてもらう必要がありましたので」
「本題……? まだなにかあるの?」
ティアニス王女が身構えた。
ショックが大きかったのかいつもより受け身になっている。
カノンがいなくてよかった。もしここにいたらこの時点で追い払われていたかもしれない。
「信用できる人を集めて下さい。そうしなければ貴女はいつ死んでもおかしくない。私も普段から殿下の心配をして過ごしたくはないのです」
「ハッキリ言うじゃないの。これを見る限り大げさ……とは言えないか」
「正直今までどうやって身を守っていたのか不思議です。身近なことならカノンさんが身を挺していたのでしょうが」
「ふふ。知ってるでしょ。ちょっと前までは暗殺する価値すらなかったこと。私が誰からも期待されていなかった。だから放っておいても大丈夫な農業部門と実体のほぼない麻薬対策部門だけが私の手元にあったの」
ティアニス王女は椅子の背に体重を預けた。
ある程度は自分の置かれている状況には気付いていたようだ。
暗殺までされるとは思っていなかったようだが、やはりただの子供ではない。
「まあどっちもあんたがやった方が良い結果になっちゃったけど」
「ダメでしたか?」
「ダメとは言ってないわ。正直助かったし、あの飴のことを知った時は安心したくらいよ。これでも頼りにしてるんだから。……それに人集め、手伝ってくれるのよね?」
「それが仕事なら喜んで」
アナティア嬢が言っていた通り思ったより信用されているようだ。
人間不信気味な王女の信頼を得ている平民。
文字にすると確かに貴族から見て邪魔だろうな。
なんせ貴族より平民の意見を重視する可能性が高い。
プライドの高い貴族ほど認められないだろう。
困ったな。ただ儲かりそうな商売をしていただけなんだが。
「色々考えたから少し疲れたわ」
「それなら失礼します」
「気が利かないわね。甘いものが欲しいと言ってるのよ」
「あ、なるほど」
分かりにくいが王女なりの甘えだったのかも。
しまったな。あいにく今日は手土産も持ってきてない。
「あんたは結構料理が上手いらしいわね。アナティア姉さんから聞いたわ」
「まあそれなりには」
作ったお菓子をお裾分けに行ったことがあるのでそれを聞いたのだろう。
「ちょっとした料理ができる厨房がすぐ近くにあるから何か作ってきて。材料は何を使ってもいいわ」
「私の手作りでいいんですか?」
「そうだって言ってるでしょ。ほら早く」
追い出されるようにして部屋を出る。
フィンと二人っきりなのは大丈夫なのだろうか。
まあ問題ないだろう。
ティアニス王女の言っていた小さな厨房を見つけた。
軽食を用意したりお湯を沸かすための場所だな。
スペースは小さいがそれなりの材料はある。
ざるで濾した小麦に卵と砂糖を混ぜ、牛乳で少しずつ溶いていく。
ダマができないように気を付けると滑らかな生地が仕上がる。
それをフライパンに薄く敷いて、焼き上がったらひっくり返す。
良い焼き色がついていた。
そこに泡立てた生クリームを塗って粉砂糖をまぶし、その上から砕いたナッツを多めに置く。
あとはそれをクルリと巻けば手軽に食べれるクレープの完成だ。
アズやカズサにも好評だったので近い年齢のティアニス王女にもきっと気に入って貰えるだろう。
いくつか作って部屋に戻ると、ティアニス王女はベッドに寝っ転がってフィンがマッサージをしていた。
ティアニス王女の表情は完全に蕩けている。
何があったらこうなるんだ……。
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