第570話 犯人探し
面接の予定を切り上げ、炊き出し費用の中抜きに関して調査することにした。
一度ティアニス王女の自室に戻り計画を練り直す。
カノンには連絡して病院に戻って貰った。
あの人は完治するまで病院にいて欲しいのだが。
王女の権限で議会に調査の命令をしてもらうことも考えたのだが、今の議会は無条件にティアニス王女に反対する勢力がいて動きが鈍い。
しかもその議会のメンバーの誰かが中抜きに関係している可能性もあり、情報が筒抜けになる恐れがあった。
証拠の隠滅などをされては解決が困難になる。
今回捕まえられなければ、裏金作りに熱心な貴族はほとぼりが冷めたらまた必ずやるだろう。
膿は確実に出しておきたい。
見せしめにもなるはずだ。
「今は私たちで解決するのが一番早くて確実だわ」
「そうみたいですね。誰が味方で誰が敵かはっきりすると助かるんですが」
「見極めるのは難しいわね。貴族同士の婚姻で家ごとの繋がりがあったり、派閥で立場を決めたりするから昨日は味方でも今日は敵なんてよくあることよ。宰相はこの件には関係していないと思いたいけど……」
「振り回されるのは私たち民衆なんですが」
「そこは王族として申し訳ないと思ってる」
別にティアニス王女が悪いわけではない。むしろよくやっていると思う。
悪いのはやはり悪事を行う連中だ。
今回は王女が味方にいるのだ。貴族相手でも言い逃れできない。
「それでどうするの? アイデアがあれば聞かせて」
「そうですねぇ……」
まずは考えられる手口をまず紙に書きだす。
アズたちにも意見を言ってもらった。
その中から不適切だったり可能性の低いものを除外していく。
「降りた予算をそのまま中抜きはしてないと思います。予算委員会が使い道をチェックしているはずですし」
「うん。トップの財務卿はその辺しっかりしているから私もそう思う。何にどれだけ使ったかは記録されてるはずだわ。私も報告書を読んだ覚えがある」
だからこそ発見が遅れたのだろう。
財務卿の爺さんを思い出す。
話しているだけで背筋が冷たくなるような人物だった。
王国の財布を握っており、ハニートラップに金にと、相手を意のままにするため使える手は何でも使う老獪さはティアニス王女にとっては一番の難敵だ。
同じようなやり方で貴族たちも取り込んでいるに違いない。
派閥としては軍務卿や宰相が大きいらしいが、表に出てこないだけで下手すると財務卿が一番影響力を持っている可能性すらある。
だが今回は恐らく彼は関係ない。
このような小遣い稼ぎで彼が疵瑕をつくるとは思えない。
もっと複雑で分かりにくく、バレても問題ないような方法をとるはずだ。
ある意味金を扱うからこそ、その部分は信用できた。
「じゃあ予算を使って炊き出しの材料は購入したのよね?」
「そうなります。さっき言ってた報告書はまだ残ってますか?」
「えっと……これとこれね」
こっちにお尻を向けて、ティアニス王女は整理された書類の中から二枚取り出す。
それを見せてもらって確認した。
一枚目に書かれているのは純粋に炊き出しのためにだけ使われる予算が書かれており、半年分が承認されている。
半年分なら期間的にはまだ十分残っているようだ。
予算額も炊き出しの想定人数が算出されており十分な額が用意されていた。
この予算なら、少なくともあんな古びたパンと水のようなスープだけになるはずがない。
もう一枚はその予算を何に使用したかの書類だ。
塩に肉に野菜、魚も買ってある。それから大量のパンや大麦が購入されている。
値段もおかしな部分は見当たらない。
ここに書かれている食材がそのまま炊き出しに使われれば、十分に食うに困っている民衆の腹は満たされるはずだ。
ティアニス王女の頑張りが伺える。
これだけ頑張って民衆からは悪しざまに思われるのはあまりにも可哀想だ。
それだけにその予算が中抜きされていることに怒りを覚えた。
「予算を受け取った担当者が必要な分の食材を購入したのは間違いない。なら中抜きはその次で行われたのでしょう」
「食材を受け取って、それを実際に炊き出しへ届ける間に何かしたのね」
「ええ。食材を横流ししたんじゃないかと。多分最初は少量だったんだと思います。それなら誰にもわかりませんからね。ただこれをやった奴は大胆というか、考え無しのようです。歯止めを知らずに受け取った食料をほぼ丸ごと売り払っている」
ティアニス王女がため息をついた。
まさか良かれと思ってやった炊き出しがそのようなことになるとは思いもしなかったのだろう。
これを思いついた奴には人の心がない。
「担当者を罰すれば解決するかしら?」
「いえ、現場を抑えないとダメです。矛盾はいくらでも出るでしょうが、やってないと言い張られると状況証拠しか出せない。もし裏に誰かいたらまたやりますよ」
「そうか、誰かが手引きしている可能性もあるか」
商店から万引きがあった時のことを思い出す。
疑わしきは罰せずという言葉があるように、有罪だろうという憶測だけではだめなのだ。
王族であるティアニス王女ならそれでも罰せることはできるが、今の時期に証拠もなしにそんなことをすれば味方が減るだけだ。
それは禍根として残るだろう。
格好の攻撃材料だ。貴族たちがそれを見逃すはずがない。
「ティアニス王女殿下のイメージを損なうなら対処しない方がマシです。かといって私にはそんな権限はありませんし。やはり中抜きの現場を抑えて現行犯で捕まえましょう」
「そうね。……ちゃんとした肩書も用意しておくわ。次はどうする?」
「どこに売っているか調べる必要があります。多分証拠が残らない市場を使っていると思いますが、この量を売るとなるとそれなりに顔が広い相手でないと」
王都の市場は場所代だけを国が徴収し中での取引には一切税金がかからない。
だからこそ安く仕入れることができて大いににぎわっている。
規模も大きく出入りする業者も大変な数で、調べるとなると難しい。
せめて市場に詳しい知り合いでもいれば別なのだが。
ヨハネの知り合いにそういった人物はいない。
どうしたものかと思っていると、アズが何やら閃いた。
「あの子に聞いてみたらどうですか? ほら、串焼きや赤瓜を売っていた女の子」
「そういえば市場に詳しそうだったな。雇い主もいるようだし、手始めに少し聞いてみるか。それでいいですか?」
「あなたに任せるって言ったでしょ。決まったならさっさと行くわよ」
「分かりました。王女殿下」
鼻息の荒いティアニス王女を宥めつつ、あの元気な少女を探しに向かった。
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