第564話 商売繁盛

 フィンはアズと共に興味深そうにラバの装蹄作業を見終わった後、一言寝るとだけ告げて部屋に戻っていった。

 足取りはしっかりしていたが、疲れているのだろう。


「フィンさんなんだか嬉しそうでしたね」

「そうだな。いつもより機嫌がよかった気がする」


 帰ってきた時は普段に比べて元気が無さそうだなと思ったが、しかし途中からなぜか元気になっていった。

 それほど作業が面白かったのだろうか?

 意外な一面を見た。


 ティアニス王女の部屋がどうなったかは起きてから話を聞けばいいだろう。

 フィンが無事戻ってきたということは、仕事を完遂したということだろうし。


 アズに道具の片付けを任せ、店の改装を手掛ける職人たちと話す。

 規模が大きいからか人数も多く、気合が入っていた。

 元々改装を計画していたこともあり、図面も何度も打ち合わせしているので後はやるだけだ。


「普通はこういう時は店を閉めるもんだけど」

「周囲に便利な店がありませんからね。うちが閉めると困る人が多いんです」

「なるほどね。そういうことなら俺らが頑張って早く終わらせないとな」

「お願いします」


 今回の改装は非常に大掛かりなものだ。

 店だけではなく家も含めて手を入れる。

 店の面積がおよそ五割り増しになり、倉庫はなんと三倍近くの広さになる。

 オルレアンの部屋も用意できるし、アズたちも念願の個室だ。


 フィンはともかく、他の皆は奴隷なのだから大きめの部屋に皆住まわせればいいだろうと思っていた。

 だがちゃんと働いてくれるし、もううちにとってなくてはならない存在だ。

 個室くらい用意しても罰は当たらないだろう。


 最近事業が好調に推移しているとはいえ、かなり冒険したなという気持ちだ。

 完成した暁には名実ともに都市カソッドでも有数の商店となるだろう。


 だが、もちろん成功する見込みがあるから着手した。

 領主のジェイコブは徴税官だったこともあり、どうすれば人が集まる都市になるかを熟知していた。

 経済面にも強く、最近のカソッドは著しく発展している。

 領主が変わる前に比べて売り上げはなんと三割以上増えているのだ。


 この調子で数年経てば王国で第三の都市になるのも不可能ではないだろう。

 都市が発展してから慌てて店を大きくしても間に合わないわけではない。

 だが、波が来ているのが分かっているなら素直に乗るのが一番儲かる。


 店を大きくすることのメリットはいくつかあるが、やはり商品の数と種類が増やせることだろう。

 買い物に来たお客はついでに何かを買うという行動が多い。

 意外とそれが馬鹿にならない量になる。

 問屋から仕入れる際も規模が大きくなれば割引も大きくなるのだ。

 純粋に来客数の増加も見込める。


 ちなみにカズサの提案で、うちの店で買い物をすると猫の手亭で少し割り引きを受けられるクーポンを配っている。

 逆に猫の手亭ではうちの店で少しだけお得になるクーポンを配る。

 こうすることでお客さんにまた来店してもらうシステムを考えた。


 ちなみに実はクーポンを使っても両方とも損はしない。

 商店の方は試供品として原価が安く利益率の良いミニサイズの石鹸を渡しており、リピーターが爆増した。

 特に冒険者たちに大人気だ。

 迷宮探索や魔物討伐で風呂に入れず、水浴びするしかない時などで役に立つらしい。

 アズたちも必ず石鹸は持っていってたし、死活問題なのだろう。

 店が大きくなったら専用コーナーを設置するつもりだ。

 心待ちにするお客も多い。

 ラミザさんに発注する量が増えるが、あの人はどうせ妖精に働かせるので問題ないだろう。


 カズサの猫の手亭はクーポンの効果でロスがほぼなくなったらしい。

 元々回転率がよかったので食材のロスは少なかったのだが、ついにそこまでいった。

 ロスがなくなるということは原価率が下がるということだ。

 クーポン分を余裕でペイできる。

 中古の魔道具を利用してチケット制を導入したらしく、ますます勢いが増した。


 こんな感じで効果は上々だった。

 昔から色々とやりたかったが小さな店一つでは限界があった。

 協業相手を探しても断られることが多く、ここまできてようやく実現できている。


 店の運営と管理は問題ない。

 改装も職人たちの腕は確かなので任せっきりでいい。


 問題があるとすればそれ以外だろう。


 直近ではやはりティアニス王女の戴冠式に関すること。

 呼ばれる頻度が増えてきており、この調子だと戴冠式直前には泊まり込みになる。

 ティアニス王女とアナティア嬢の補佐という立場だったが、愚痴と相談を聞きながら書類仕事まで一緒にやっている。

 戴冠式が終われば落ち着くだろうが、それまでは拘束されそうだ。

 フィンの報告次第で色々とやることも増えるだろう。

 忙しくなる前にラバたちの手入れができてよかった。


 バロバ公爵のことも気になる。

 あれから続報もなく、太陽神教との戦争はどうなっているのだろうか。

 なるべく早く決着するといいのだが……。


 風の精霊石は相変わらず何の反応もない。ただの置物と化している。

 手元にあるのだからどうにかしたいのだが、今は忙しすぎた。


 今はとにかく戴冠式を無事こなすこと。

 これが一番だ。

 帝国からはどうやら戴冠式に合わせて使者が来る予定になっている。

 スパルティアや近隣の小国からも来賓が訪れるので、絶対に失敗できない。

 アナティア嬢に頼りにされているし、成功するかどうかで、女王となるティアニス王女のこれからが掛かっているのだ。

 ティアニス王女がこければヨハネにも影響がくる。

 何としてでも成功させねば。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る