第561話 一番恐ろしいのは人間

 裏稼業にいるやつはどいつもこいつも普通じゃない。

 まともな人間のいない世界だと思われがちだ。

 たしかに普通ではない面も多いが、実際のところフィンのようにただ金を稼ぐためにやっている人間が大半だ。

 向いているのは畑を耕したり、服を縫ったり、家を建てたりすることではなく後ろ暗いことだったに過ぎない。


 まぁ、そうはいっても後ろ暗い商売で非難されるべきなのは変わらないのだが。


 しかし極まれに、本当に危険な人物も存在する。

 他人を傷つけることに楽しみを見出したり、異常な性癖を持っていたりと。

 目の前の少年からはそういった連中と同じ匂いがする。


「演技だなんてひどいですね。私は見た目通り、目の不自由な人間ですよ」

「ただの目が不自由な少年はこういう時もう少し怯えるものよ。それに、血の匂いを隠す努力もしてない」


 付き添いの女が近くにあったナイフを掴んで襲い掛かってくる。

 フィンは右足を女の顎に向かって蹴り上げた。

 派手に吹っ飛んで動かなくなる。

 止めを刺したいところだが、少年から視線を外すのは得策ではない。

 パチパチと少年は拍手をする。


「素晴らしい。相当な実力をお持ちのようだ」

「で、あんたはなんなの? この家の主なのは間違いなさそうだけど」

「ああ、申し遅れました。パーズ男爵家の当主、ポリント・パーズと申します」

「そんなのはどうでもいい。名前を聞いてるんじゃない分かってるでしょ?」

「せっかく名乗ったのに返してくれないんですね。寂しいなぁ。まあでも構いません。貴女の手足を落としたら、塩に漬けて死ぬまで一緒に過ごしましょう。はく製にするのも良さそうだ」


 背筋に悪寒が走った。気持ち悪い。

 この年齢で快楽殺人の常習者か。

 野放しにしておけば、大きな禍になる。


「貴族には変わった趣味を持つやつも多いけど、あんたのは飛びっきりね。あの半端な連中を集めたのは暗殺者ギルドでも立ち上げようとしてた?」

「色々と訓練などもさせたのですが、残念ながら貴女のような本物には勝てなかったようですね。あーあ、また集め直しだ。結構大変なんですよ? そうだ、お金を払えば寝返ってくれませんか?」

「生憎、いつ背中を刺されるか分からない職場はごめんだわ。そしてあんたには次なんてない。よりにもよって王女に手を出すなんて大胆な真似したわね」


 ククっとポリントは押し殺した笑いをする。

 見た目と内面がこんなに違う人間を初めて見たかもしれない。

 弱者と油断させておいて、後ろからぐさりとやるのにはうってつけだ。


 ヨハネのようなお人好しが引っかかりそうだ。そういう意味でもここで排除しておきたい。


「実は私とティアニス王女殿下は同じ年齢なんですよ。まだ目が見えていた頃にお見掛けしましたが、本当に美しかった。裸にしてずっと私の部屋に飾っておきたい。目が見えなくても手で触れば形が分かりますからね」

「うわっ」


 まさか、王族に手を出した理由が劣情とは。

 暗殺者という仕事を完全に割り切っているフィンからすれば、もはや呆れてものも言えない。


「酷いな。聞かれたから答えたのに」

「喋りたくてうずうずしてたのによく言うわ。あんたと話してると頭がおかしくなりそう。最後に一つだけ聞くわ。あんたを支援してるのは誰?」


 いくら目の前の少年が異常だとしても、視力を失った後に誰かが訓練などを手助けしたはずだ。

 そうでなければ動くこともままならないはず。

 もしかしたらそいつが王女を襲うように誘導した可能性もある。


「そんなことまで分かるんですか? 凄いなぁ。確かに絶望していた私を世話してくれた人はいますよ。ですが一通りの訓練を終えたら姿を消してしまいました。好きなようにやりなさいと言って」


 目の不自由になった貴族の跡継ぎを暗殺者に仕立てて後は関知せず、か。

 目的は社会的な混乱か、あるいは王国に対する恨みか。

 これ以上話していてもひたすら不愉快になりそうだ。

 まさか自分が悪党退治をするなんて、と苦笑する。


「良いことを教えてあげる。好きなように生きる代償はとっても高くつくの」


 両手に短剣を持ち、一歩踏み出す。

 こいつは他の雑魚とは明らかに違う。

 なにかしらの戦闘手段があるはずだ。


 ピッ、と前髪が切れる。

 その瞬間一瞬で地面に身を伏せた。

 後ろの家具や扉がバラバラになり、吹き飛ぶ。


「今の、どうやってかわしたんですか? もしかして見えてから回避を? だとしたら尊敬しますよ」

「さあ? あんたがトロイからじゃないの」


 目を凝らして見れば、ポリントの両手から薄っすらと細い線が伸びているのが見える。灯かりに反射しているのだろう。

 これは鋼糸術だ。

 特殊な加工で細長くした鋼の糸を両手に装備し、それを振り回す。

 扱いが難しく、下手すると自分を切り刻むこともあるのでこれを使う人間は珍しい。

 だが効果は凄まじく、熟練したものが扱えば鎧の上からでも相手を斬れるという。


 少なくともポリントはちゃんと扱えているようだ。

 強敵だ。思わず舌打ちする。ヨハネにはたっぷりと報酬を要求するとしよう。


「獲物と遊ぶのは初めてかもしれません。私を楽しませてくださいね」


 ポリントは両腕を横に振る。

 そうすることで部屋の灯かりが鋼糸によって消されてしまった。

 ついでにのびている女が巻き込まれたのだが、気にもしていないようだ。


 部屋が真っ暗になり、視界が閉ざされた。

 こうなると普段から目の見えない相手の方が有利な状況だ。

 フィンは目を閉じて耳に神経を集中させる。

 暗闇に目が慣れるまでは相手の衣擦れの音、そして鋼糸の風を切る音が頼りだ。

 鼻は女の血の匂いのせいであまり期待できない。


 わずかでも予兆を察知したら移動して鋼糸を回避する。

 触れただけで致命傷だ。


「いつまで持つか楽しみですね」

「獲物を前に舌なめずりをする狩人は三流ってこと教えてあげるわ」

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